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第24話 白狼族の双子
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それから30分くらい話した私達は、それなりに打ち解けられるようになった。
最初は笑顔を見せてくれなかった二人は、徐々に喜怒哀楽の表情を見せてくれるようになり、こちらもその変化を嬉しく思って笑顔になる。すると二人もそれにつられて、ふにゃりと顔を柔らかくさせるのだ。
──なんだこの可愛い生き物は。
と思ったのは、仕方のないことだろう。
色々と話をしているうちに、双子のことも知ることが出来た。
姉妹は双子で、姉の方がティア。妹がティナ。
双子と言っても姉の方が少しおっとりしていて、妹の方はどちらかと言えば活発だ。見た目こそ同じだが、こうして話していれば意外と違いがわかるものだな。
二人は『白狼族』という種族らしく、白い髪と毛並みが特徴的だ。肌もまつ毛も全てが白くて、綺麗にすれば見栄えする美しさになるだろうと、私は思った。
おそらく、他の白狼族も美しい見た目をしているのだろう。だから人攫いに目を付けられてしまったのだろうか。
……今思い返しても、本当にギリギリだった。
あの時、私が感じた小さな気配に気付いていなければ、この双子は一生笑うことをしなくなっていたかもしれない。だから助けることが出来て本当に良かったと思う。
双子は遥か遠くの地から連れ去られたらしく、家族は……残念なことになったと、ティナが教えてくれた。
それ以上は辛いだろうからと別の話題に移ったが、やはり親を失くすことの苦しさは小さな双子にとっては大きな問題となっていた。
話してしまったことで家族との最後の別れを思い出したのか、ティナが先程まで見せてくれていた笑顔は消えてしまった。目尻に涙を溜め込み、姉であるティアがそっと抱きしめる。
それが続いて沈黙が多くなってきた頃、ティナが静かに口を開いた。
「ねぇシェラローズさま……」
「……ん? なぁに?」
「私たち、これからどうなるの?」
二人は表情を暗くさせる。
きっと彼女達は、自分達の未来を想像しているのだろう。
「私には、ティアしかいない」
「私も、もうティナしか、いない」
「お父さんも、お母さんも……みんな、いなくなっちゃった……もどるところも、ない」
「お母さんが、言っていたの。生きるためにはおかねがいるって……。でもおかね、もってない」
「……おそとは、こわい」
「またこわい人たちに、つかまっちゃう」
「「私たちは、どうすればいいの?」」
二人は今にも泣き出しそうだった。
唯一残っているのは、お互いの存在のみ。そんな中で自由になっても、再び人攫いに捕まるのは時間の問題だろう。
姉妹はまだ若いが、馬鹿ではない。それくらいは理解している。だからどうすればいいのかわからなくなって、不安で押し潰されそうになっているのだ。
私は鬼ではない。人並みには感情を持っている。
この子達をこのまま放り出すつもりなんて、さらさら無かった。
──最後まで面倒を見る。
そのつもりで二人を助けた。
だから私は、事前に父親から許可を取ったのだ。
「もし良ければ、この屋敷に住まない?」
「「えっ……?」」
姉妹は目を丸くさせた。
「私が二人を保護してあげる。このまま自由になってもまた同じことになるだけ。……だったらここで色々お勉強して、自分達の力で生き抜く力を鍛えるの」
「おべんきょう?」
「……生きぬく、ちから?」
「そう、お勉強よ。それで強くなるの。十分なくらいに勉強出来たら、後は自由にしてもらって構わないわ。好きな場所へ行って、あなた達は本当の意味で自由になるの」
双子は顔を俯かせた。
考えが纏まらないのか、どちらも難しい表情を浮かべている。
「……その間のご飯や住む場所は提供してあげる。不自由な暮らしもさせない。二人が自立出来るまで、私が二人の親代わりになってあげる。絶対に守ってあげる。悪い提案ではないと思うけれど、どうかしら?」
それは長い沈黙だった。
今後の人生を左右する選択だ。
すぐに決めてもらっては、こちらも困る。
だから私も、いつまでも待つつもりでいた。
「「…………きめた」」
姉妹は同時に口を開き、私を見つめるその瞳には確かな決意が宿っていた。
「ティナはシェラローズさまに、ついていく」
「ティアも、シェラローズさまに、ついていく」
「勉強や特訓では容赦しないわよ。まだ幼い二人には厳しいかもしれない。これを聞いても考えは変わらない?」
二人は同時に頷く。
これがティアとティナの覚悟だというのなら、提案した私が責任を持って面倒を見てあげよう。
「そうと決まれば…………エルシア!」
「はい!」
扉がバァン! と開かれ、エルシアが入室する。
底の深い二枚の皿が彼女の手に握られ、驚いて目を丸くさせている双子の前にそれが差し出された。
漂う香ばしい匂いを嗅いだ姉妹は、皿を凝視する。
だが、それに食いつくことはしない。その代わりにチラチラと視線を感じた。
「お腹空いているでしょう? まだ完全に体調が治ったわけじゃないから、消化の良いスープを用意させたわ。熱いから火傷に気を付けて飲みなさい」
私が許可を出すと、ティナの方が先に動いてスプーンを持った。スープを掬い、恐る恐るといった様子でそれを口に運ぶ。
「──っ!!」
一口含んだ瞬間、飛び出そうなほど目を見開いたティナは、ガツガツとスープを次々と口に運んで行く。その様子に驚いていたティアだが、彼女も一口付けたら夢中になって食べ始めていた。
……余程、お腹が空いていたのだろう。
皿の中身はすぐに空になった。
「はいはーい。お代わりはいくらでもありますからねー」
どうやら鍋ごと持ってきたらしく、すぐにお代わりが運ばれてきた。
皿を受け取った姉妹は、またそれを夢中で食べる。
「どう? 美味しい?」
「……、……うんっ! おいし、い……!」
「おいし……うぅ……おいしい、よぉ……」
ティナは興奮したように。ティアは泣きながら。何度も美味しいと言ってくれた。
「こんなに感謝されると、こっちが照れますね」
エルシアはまんざらでもなさそうに、頬を掻きながらそう言った。
今も夢中になってスープを掻き込む二人を眺めるエルシアの視線は、とても優しいものだった。
最初は笑顔を見せてくれなかった二人は、徐々に喜怒哀楽の表情を見せてくれるようになり、こちらもその変化を嬉しく思って笑顔になる。すると二人もそれにつられて、ふにゃりと顔を柔らかくさせるのだ。
──なんだこの可愛い生き物は。
と思ったのは、仕方のないことだろう。
色々と話をしているうちに、双子のことも知ることが出来た。
姉妹は双子で、姉の方がティア。妹がティナ。
双子と言っても姉の方が少しおっとりしていて、妹の方はどちらかと言えば活発だ。見た目こそ同じだが、こうして話していれば意外と違いがわかるものだな。
二人は『白狼族』という種族らしく、白い髪と毛並みが特徴的だ。肌もまつ毛も全てが白くて、綺麗にすれば見栄えする美しさになるだろうと、私は思った。
おそらく、他の白狼族も美しい見た目をしているのだろう。だから人攫いに目を付けられてしまったのだろうか。
……今思い返しても、本当にギリギリだった。
あの時、私が感じた小さな気配に気付いていなければ、この双子は一生笑うことをしなくなっていたかもしれない。だから助けることが出来て本当に良かったと思う。
双子は遥か遠くの地から連れ去られたらしく、家族は……残念なことになったと、ティナが教えてくれた。
それ以上は辛いだろうからと別の話題に移ったが、やはり親を失くすことの苦しさは小さな双子にとっては大きな問題となっていた。
話してしまったことで家族との最後の別れを思い出したのか、ティナが先程まで見せてくれていた笑顔は消えてしまった。目尻に涙を溜め込み、姉であるティアがそっと抱きしめる。
それが続いて沈黙が多くなってきた頃、ティナが静かに口を開いた。
「ねぇシェラローズさま……」
「……ん? なぁに?」
「私たち、これからどうなるの?」
二人は表情を暗くさせる。
きっと彼女達は、自分達の未来を想像しているのだろう。
「私には、ティアしかいない」
「私も、もうティナしか、いない」
「お父さんも、お母さんも……みんな、いなくなっちゃった……もどるところも、ない」
「お母さんが、言っていたの。生きるためにはおかねがいるって……。でもおかね、もってない」
「……おそとは、こわい」
「またこわい人たちに、つかまっちゃう」
「「私たちは、どうすればいいの?」」
二人は今にも泣き出しそうだった。
唯一残っているのは、お互いの存在のみ。そんな中で自由になっても、再び人攫いに捕まるのは時間の問題だろう。
姉妹はまだ若いが、馬鹿ではない。それくらいは理解している。だからどうすればいいのかわからなくなって、不安で押し潰されそうになっているのだ。
私は鬼ではない。人並みには感情を持っている。
この子達をこのまま放り出すつもりなんて、さらさら無かった。
──最後まで面倒を見る。
そのつもりで二人を助けた。
だから私は、事前に父親から許可を取ったのだ。
「もし良ければ、この屋敷に住まない?」
「「えっ……?」」
姉妹は目を丸くさせた。
「私が二人を保護してあげる。このまま自由になってもまた同じことになるだけ。……だったらここで色々お勉強して、自分達の力で生き抜く力を鍛えるの」
「おべんきょう?」
「……生きぬく、ちから?」
「そう、お勉強よ。それで強くなるの。十分なくらいに勉強出来たら、後は自由にしてもらって構わないわ。好きな場所へ行って、あなた達は本当の意味で自由になるの」
双子は顔を俯かせた。
考えが纏まらないのか、どちらも難しい表情を浮かべている。
「……その間のご飯や住む場所は提供してあげる。不自由な暮らしもさせない。二人が自立出来るまで、私が二人の親代わりになってあげる。絶対に守ってあげる。悪い提案ではないと思うけれど、どうかしら?」
それは長い沈黙だった。
今後の人生を左右する選択だ。
すぐに決めてもらっては、こちらも困る。
だから私も、いつまでも待つつもりでいた。
「「…………きめた」」
姉妹は同時に口を開き、私を見つめるその瞳には確かな決意が宿っていた。
「ティナはシェラローズさまに、ついていく」
「ティアも、シェラローズさまに、ついていく」
「勉強や特訓では容赦しないわよ。まだ幼い二人には厳しいかもしれない。これを聞いても考えは変わらない?」
二人は同時に頷く。
これがティアとティナの覚悟だというのなら、提案した私が責任を持って面倒を見てあげよう。
「そうと決まれば…………エルシア!」
「はい!」
扉がバァン! と開かれ、エルシアが入室する。
底の深い二枚の皿が彼女の手に握られ、驚いて目を丸くさせている双子の前にそれが差し出された。
漂う香ばしい匂いを嗅いだ姉妹は、皿を凝視する。
だが、それに食いつくことはしない。その代わりにチラチラと視線を感じた。
「お腹空いているでしょう? まだ完全に体調が治ったわけじゃないから、消化の良いスープを用意させたわ。熱いから火傷に気を付けて飲みなさい」
私が許可を出すと、ティナの方が先に動いてスプーンを持った。スープを掬い、恐る恐るといった様子でそれを口に運ぶ。
「──っ!!」
一口含んだ瞬間、飛び出そうなほど目を見開いたティナは、ガツガツとスープを次々と口に運んで行く。その様子に驚いていたティアだが、彼女も一口付けたら夢中になって食べ始めていた。
……余程、お腹が空いていたのだろう。
皿の中身はすぐに空になった。
「はいはーい。お代わりはいくらでもありますからねー」
どうやら鍋ごと持ってきたらしく、すぐにお代わりが運ばれてきた。
皿を受け取った姉妹は、またそれを夢中で食べる。
「どう? 美味しい?」
「……、……うんっ! おいし、い……!」
「おいし……うぅ……おいしい、よぉ……」
ティナは興奮したように。ティアは泣きながら。何度も美味しいと言ってくれた。
「こんなに感謝されると、こっちが照れますね」
エルシアはまんざらでもなさそうに、頬を掻きながらそう言った。
今も夢中になってスープを掻き込む二人を眺めるエルシアの視線は、とても優しいものだった。
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