双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

10.水

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「本日はお越しくださり、ありがとうございます」
 フォンベルツ公爵家の応接室で、公爵レオナルドが客人にソファーを勧めてそう言った。
 公爵の隣に座ったシスティーアはまだ混乱が収まっておらず、辺りに視線を彷徨わせた。お米のことを聞くんだと息巻いていたのに、頭が回らなくて言葉が出てこない。
「その後、お身体の具合はどうですか?」
 ウ国の第二王子、レイダン・ウ・トリネスタが、優しい瞳でシスティーアを気遣うように見た。
 その優しい笑みがシスティーアの目に入った途端、頭の中がすっと彼の美しさで一杯になった。
 整った顔に艶やかな雰囲気、長い指も貴族令嬢と大差がない程に白く美しい。あまり背丈がないので、十三、四歳に見えるが、システィーアより十離れた十七歳なのだそうだ。以前、アービス先生に教えてもらった。
 少女だと言われてもすんなりと信じられる程に華奢で中性的。だが声は男の人のもので、聞けば性別を間違えることはない。
 肩につかない程度の長さの薄茶の髪は、動く度にサラサラと音が聞こえてきそうな程だ。
 システィーアはしばらくうっとりと見つめてしまってから、慌てて視線を逸らした。幼女の自分でも思わず見惚れてしまう程とは恐ろしい。
「はい、おかげ様で恙なく過ごせています。本当にありがとうございました」
 なんとか口を動かしたシスティーアは、大きく息を吐いて自分を取り戻し、頭を切り替えた。
 今最も大事なのは、お米⋯⋯おにぎりである。
 システィーアがレイダンに会うのは、これが二度目。
 一度目は、誘拐されるところを偶然助けてもらった。あの時、彼の祖国の食べ物であるおにぎりを頂き、システィーアは本当の意味で目覚めた。誘拐から助けてくれたのと、おにぎりを思い出すきっかけをくれた。二つの意味でレイダンはシスティーアにとって「大」が沢山つく程の大恩人だ。
 その大恩人に、心苦しいことだが、システィーアは今からお礼ではなくお願いをしなくてはならない。なんとか相手にも利となるような話が出来れば良いのだろうが、生憎、システィーアにそんな才はない。
 膝の上の手をきゅっと握りしめて、システィーアは顔を上げた。
「単刀直入にお聞きします。先日、家庭教師に、ウ国は貿易で成り立っていると教わりました。なのにどうして、米を売っていないのですか?」
 レイダンがきょとんとした顔をした後、少し困ったような表情を浮かべて微笑んだ。
「昔は他国に輸出していたそうです。ですが干ばつで⋯⋯あの品種は成長に水を多く必要とするため、作る者も少なく、ウ国の貴族でも滅多に口にできないのです。今は大半が魔法植物に品種改良した、成長に水をあまり必要としないものを作っています。元の品種に比べるとそのまま食すには適していないので売れず、お酒に加工して輸出しているのです」
「今はどこの国も厳しいですからな。小国は飲水でさえ確保が厳しいとか」
 頷きながら話す父を、システィーアは驚いた顔で見た。
「干ばつ? お父様、我が国も水が不足しているのですか?」
「残念ながら我が国も例外ではないよ。今は世界中どこにいっても水は貴重だ。我が家でも出費の半分以上が水だからね」
 システィーアは驚愕した。
 昨日だって、浴槽にたっぷりと湯を張ってもらい体を清めている。お茶だって好きなときに入れてもらっているし、服だって常に綺麗なものを着ている。だから水に困っている世界だとは、全く思ってもみなかった。
 でもよく思い出してみれば、蛇口を風呂場でも見ていない。使用人が足し湯をしてくれる時は、何処からか持ってきた桶から注がれていた。
 お金のある公爵家で生活していたシスティーアは今まで水に不自由したことがなく、それ故に気づかなかったのである。
「そういえば最近、隣国で、魔法を使わないで水を浄化する方法を発表したそうですよ。そのお陰で、南方で流行っていた病が終息したとか」
「ほう、レプリシア王国かね」
「はい。かの大国は、その浄化で得た水を買いたい者にお金ではなく、結晶と交換で渡しているそうです」
「結晶を? 他の者の結晶など
何の意味が⋯⋯」
 考え込む公爵から視線を外したレイダンが、システィーアを見る。
「とまあそう言うわけで、今後もコメ自体を輸出する予定はないのです。どうしてもと仰るのでしたら、大国の高位貴族のお申し出ですし、お酒に加工する前のコメでしたら少量お譲りすることは可能です」
 レイダンが自分の従者に目配せをすると、テーブルの上に二つの小さめの巾着がおかれた。薄茶の布地の巾着の紐の色だけが、緑色、黄色と違っていた。
「この間食されたのがきっかけと聞いています。あの時のコメは改良前の品種を使っていました。ですから実物を確認されてからの方が良いと思いましたので、今日はそれぞれのコメをお持ちしました。黄色の紐の方が加工用の品種で、緑色は従来の品種です」
 システィーアは感謝を述べてからその巾着に手を伸ばし、その途中でふと不思議に思ったことを口にした。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、お酒に加工するのにもお水を使いますよね? 何故加工にお酒を選んだのか不思議で。よっぽどお酒にするのに向いていた品種なのですか?」
「何を言ってるんだ、ティア。お酒を作るのには酒の実を使う。水を使うだなんておかしな知識、誰から聞いたんだ?」
 驚いた顔で父がそう言うので、システィーアも驚く。
「え?」
 レイダンの反応も確認しようとそちらの方を見ると、彼は目を細めて柔らかく笑っている。見惚れていると、ニューソスを知っているかと聞かれたので、システィーアは首を横に振った。
「ニューソスはあちこちに群生している木で、森のあるところには大抵生えています。成長に水をあまり必要とせず、大きなボール状の実ができるのです。その実を割ると中に酒の原液が入ってて、それを使用します」
「木の実に、お酒が入ってるの?」
 果実酒の素が果実水ということなのだろうか。なんだか少しややこしく思ったが、でも思い出してみれば、葡萄だって発酵でお酒になる。似たようなものなのだろう、多分。
「かなり度数⋯⋯濃いお酒が入っているので、それを加工するのです」
 システィーアはゆっくりと首を傾げた。
「さっき、魔法を使わないで水を浄化する方法がどうのって言ってたけど、お酒を浄化して水には出来ないのですか?」
 父とレイダンが驚きの顔でシスティーアを見る。
「お、お酒はお酒だ。水になど、ならないだろう⋯⋯?」
 そう言った父は、同意を求めるようにレイダンを見た。レイダンは驚きの顔を喜色に染めている。
「魔法を使わない浄化というのがどういうものかは知らないですが、水とお酒は同じ飲むものですよね?」
 首を傾げたままのシスティーアに、微笑みを浮かべたレイダンが頷く。
「試してみる価値はあります。水にはならなかったとしても、何か新しい発見があるかもしれません。フォンベルツ公爵家のお嬢様は、実に優秀な方ですね」
 そう言ったレイダンを、父が難しい顔をして見た。
「⋯⋯あぁ、自慢の娘だとも」

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