双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

22.災害と浄化

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 魔物を包囲するため、最後の地点にぐるりと向かう途中で、一行は足を止めた。
「これは⋯⋯」
 高台になっている道へ登ると海の方が見えた。水のないひび割れた大地の向こうから川のような澱みが出来ており、それが桟橋付近一体に広がっていた。
 遠目から一見すると黒い水に見えないこともないそれは、魔物を吐き出しては拡大し、時計台の方へと移動しているように見える。
「あそこへ行くと、下手すると挟まれますね」
 長身の片方が大きく息を吐く。
「ここまで酷いとはな⋯⋯」
 ライガーも同じように溜息を吐いた。
「優先順位の変更要請を伝達」
 少年がそう言うと、返事をしたライガーが馬に乗ったまま、懐から大きなルビー色の宝石を取り出す。先程の結晶と同じようなサイズのその宝石は、綺麗な正方形をしていた。
 ライガーが掌に乗せて腕を前に突き出すと、その宝石はいきなり発火した。
 驚いたシスティーアを落ち着かせるように、少年の腕がきゅっと締まる。
「はい、こちらは中央情報管理室です」
 火の中から低い男の人の声がして、システィーアはぎょっとした。
「こちらは闇の管理者です。クラングラン王国の港街フリューシェルの浄化ですが、最優先の順位に変更をお願いします」
「了解です」
 ライガーが話終わると、何事もなかったように火はすぐに消え、宝石は彼の懐へと戻った。
「少し休憩ですね」
「すぐに来てくださるといいが」
 長身の人達が会話を始めたのを見て、システィーアは後ろを振り向いた。
「あの、私はもう板を作らなくても良くなった感じですか?」
「今のところは」
 肩の荷が降りたように感じて、システィーアはホッと息を吐いた。
「さっき中央って聞こえたんですが、ここで何日も待つのですか?」
「そんな時間はない」
「え? でも、さっき⋯⋯」
 システィーアが不思議に思って聞き返してすぐ、乗っていた馬が数歩前進した。後ろを振り向くと、少年はこちらではなく遠くを見ているようだ。
「イーギス、ライガー!」
 しばらくして少年がただならぬ様子で声を上げた。
 休憩していた長身の二人が同時に返事をする。
「あそこだ。援護を」
 少年が指を差したのは、最後に板で塞ごうとしていた場所付近の道から一つ逸れた道の辺りで、そこを誰かが、人を乗せた馬の手綱を引いて走っていた。魔物とは大分距離が離れてはいるが、このままの速度だと不味いだろうことがシスティーアでも見て取れる。
「護衛がいなくなりますよ?」
 イーギスと呼ばれた長身の男に少年は、構わないと返した。
「ディゼアが来るまで、どうせ動けない。いざとなればこの子がいる」
 軽く頭を振って頷いたイーギスとライガーは、馬を走らせた。風を切って、勢いよく駆けていく。
「何故、私を当てにされるのですか? 私、ご存知の通り、魔法はついさっき使うことができるようになったばかりですよ?」
 振り向いて問うと、フードから覗く少年の口がへの字になった。
「各魔法の種類や特性すら教わってないのか」
「⋯⋯すみません」
「君が悪いわけではない。闇の魔法は人を戒め、闇へと還す魔法。魔物は濁った闇から生まれた心を持たないものだから、闇へ還したところで濁りは⋯⋯あの水溜りみたいなものはなくならない。つまり、闇の魔法は魔物には効果がない」
「それでたまたまあの場にいた私が同行することになったのですね」
「この街はそれなりに大きいから、被害も大きくなりそうだし、助かった」
 そう言われると、悪い気はしない。訳もわからず連れて来られて、怖い思いをしたけれど、報われた気がしてくる。
 要救助者達がいる方を見ると、丁度イーギスとライガーが到着したところだった。馬には小さな子供も乗っていたらしく、それぞれバラバラに相乗りをしてもらっているのが見える。
「軍が来たな」
 違う方向を見ていた少年の視線の先を辿り、システィーアは口元を綻ばせた。街の端の方、建物と建物の隙間にちらっとだが国旗が見えたからだ。
 もしかしたら父が居るかもしれない。
 数日会えなかっただけだというのに、会いたくて仕方がない。顔見知りの居ない旅行は、システィーアには思っていたより負担が大きかったようだ。
 そちらをじっと見ていると、不意にコポリと音がした。
 何の音だろうかと辺りを見回すと、少し離れた地面に水溜りを見つけた。海すら干上がっているのに水溜り⋯⋯先程まではなかった筈だ。それがまるで溢れ出すみたいに、ゴポリゴポリと音を立てながら大きくなっていく。
 システィーアが不安になって少年を見上げると、彼は集中と言って手を取った。すると黒いモヤが手から侵入してくる。
 ぞわりとした感じを慌てて押し戻しながら、視界に入った水溜りにシスティーアは目を瞬かせた。
 水が薄ら青く光って円柱状に膨れ上がると、それを覆うように複雑に絡まった蔓が伸びていく。そして大人の身丈ほどに高くなると、一斉に音を立てて地面に流れ落ちた。
「何ヵ所だ?」
 中には、疲れた声と共に長身で目の下にクマがある細身の男が立っていた。細く切長で薄青の瞳、それに似た色の長めの前髪を片側だけ後ろに流している。黒いロングコートの下には白い襟付きのシャツと黒のトラウザーズ。腰には青い紐が幾重にも緩めに巻かれていて、そこから幾つもの宝石が吊り下げられている。
 その男を覆うように青い蔓状のモヤが絡みつき、同色の青い花を咲き誇らせていた。
「最低二カ所。一つは時計塔周辺、あの壁で囲いかけのとこ。もう一つは、海の向こうから来ているあれ」
 少年はそちらを指差すと、馬から降りた。その方向を見た男が馬の隣までやってくる。
「随分な数の壁だな」
「魔法を使うのは初めてらしい」
「有望だな。海の方は⋯⋯面倒だな。護衛は?」
「救助活動中」
 システィーアが少年に馬から降ろされると、かわりに男が馬に跨がった。
「二人は一緒にいろ」
 男は返事を待たずに馬を走らせると、あっという間に行ってしまった。
 成り行きを静かに見ていたシスティーアは、低くなった視界の中で座れるところはないかと、辺りを見回した。流石に、この重い身体で立ちっぱなしは辛い。
 先程まで馬で下を覗き見ていた道の片側は、落下防止の柵があるだけだ。反対側には小さめの石造りの民家が並んでいるが、前庭に腰をかけれそうな場所はない。
 システィーアは仕方なく、その場にしゃがみ込んだ。マリアナが見ていたらきっと、頭に角を生やしていただろう。そんな事を考えていたら、頭上から声がかかった。
「具合でも悪いのか?」
「体が重いのです。立っているのが辛くて」
 すると少年がシスティーアの脇の下に手を入れて、ひょいと持ち上げた。
 驚いたが、抵抗する体力もない。システィーアは有り難く受け入れることにした。
 左右を長身の人達に囲まれていたので気づかなかったが、少年の背は思いの外、高かった。
「あまり辛いようなら少し寝てもいい。でも、後学のために見ておく方がいいと思う」
 抱き上げてくれた彼の視線の先を見ると、下の方の道を走っていく馬の上の辺りに、青い蔓を絡ませた巨大な丸い球が浮いていた。
「あれは?」
「水の魔法。彼は水の管理者」
「水の管理者⋯⋯」
 システィーアは青い蔓のようなモヤを操る男を目で追った。
 男は馬上であげた片腕の上に、丸く巨大な水の玉を浮かせた状態で、そこから小さく小分けにした水玉を魔物へ飛ばしていく。水が当たった魔物はまるで溶けるように地面へ崩れ落ちる。
「あれが管理者の浄化。本来は水の神官が浄化しきれなかった場合のみ、彼に頼る。でも今は水不足のせいで浄化が間に合っていない。ここと同じような惨状が世界各地で度々起こる」
 世界のあちこちでこんなのが起きるなら、対処するには何人も必要だろう。でも、システィーアが知っている管理者の数は六人だ。
「管理者は六人しかいないと教わったのですけど⋯⋯」
「六人それぞれ、管理するものが違う。水の管理者は一人だけだ」
 男の頭上の水の玉が遠目から見てかなり小さくなった頃、システィーアが作った板の中へ残りの水玉をまとめて放つ。水は生き物のように板をぐるりと螺旋状に駆け上ると、一斉に飛び散り雨のように降り注ぐ。その水粒が大きな虹を作った。
 あまりの美しさに歓喜の声をあげようとしたシスティーアは、男が乗る馬を見つけて、思わず息を止めた。
 立ち止まった馬上で、縮こまるように上半身を丸めたまま、彼は動かない。
「どうしたのかしら?」
 落馬するのではないかと心配になったが、彼は少しすると姿勢を正してまた馬を操り出した。
「魔力切れだ。よくある」
「魔力、切れ⋯⋯?」
「君もさっき魔力切れを起こしていた。結晶から魔力を回復しただろう?」
 システィーアは息を呑んで、ゆっくりと少年を見た。
 魔法には血を使うとアービス先生に教わった。もし魔力が血なら、それは貧血ということになるのではないのだろうか。
「あの、もしかして、魔力って使いすぎると⋯⋯」
 少年はこくりと頷いた。
「死ぬ」
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