双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

39.怒気

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「システィーア」
 聞き覚えのある低い声と共に肩に手が置かれ、いきなり黒い魔力がシスティーアの中に押し入ろうとしてきた。
 慌ててシスティーアは、自分の魔力を纏うように動かして押し返す。
 それと同時に、辺りにいる全ての人の魔力が蔓状に視覚化される。
「サ、サーティス?」
 振り返ると、黒いフードを被ったサーティスがいた。フードがずいっとシスティーアに近づく。
 覗き込むようにして見ると、珍しく表情のあるサーティスが、険しい顔で目を細めてシスティーアを見ている。
「外出時にこそ、常に警戒しなければならないというのに、何故無防備な状態でいた?」
「え? 今日はその、午後から休暇で⋯⋯」
「残されている時間は少ないと、聞いていないのか? それに、安全の為に、常に警戒するようにと私は言ったはずだ。何を聞いていた?」
 サーティスを覆う蔓が、僅かに質量を増やすように膨れ上がる。
 システィーアは唇を尖らせながら俯いた。ちょっと息抜きがしたかっただけなのに、何故そんなに怒られないといけないのか。確かに言われていたことを守らなかったことは悪かった。でもずっと気を張り続けるなんて、システィーアには無理だ。
「⋯⋯ごめんなさい」
 取り敢えず謝ったシスティーアは、顔を上げて⋯⋯固まった。
 サーティスを覆う黒い蔓がさらに膨れ上がり、咲き誇っていた花が一つ闇の中に溶けた。
 一拍置いて、黒い蔓になり切れなかった魔力がモヤのように辺りに漂う。
「サーティス様!」
 辺りから悲鳴が聞こえると同時に、後ろにいたのだろうライガーが、青い顔で進み出るとシスティーアに背を向けて、サーティスの前に立った。
 ライガーを見たサーティスがハッとした顔をして、目を閉じる。
「⋯⋯悪い」
 サーティスが深呼吸をすると、彼の蔓が徐々にいつもの量へと戻っていく。黒い花も、何事もなかったかのように、元通りに咲き誇っている。
「システィーア様」
 くるりとライガーが振り返り、システィーアを見た。まだ若干青いその顔は、非難の表情でこちらを見ている。
「サーティス様はシスティーア様の指導の時間を確保する為に、寝る時間さえ減らしています。だと言うのに、システィーア様は」
「ライガー」
 サーティスが無表情でライガーの言葉を遮る。
 システィーアはサーティスから浴びせられるであろうきつい言葉を想像して、ぎゅっと目を閉じた。
「予定を変更する。商業区は後回しにして、監獄区へ行く。システィーアも来なさい」
 システィーアは驚きの顔でサーティスを見た後、目の前にある食べかけのスィーツを一瞥した。
「でも、私⋯⋯」
「システィーア様!」
 呼ばれて振り向くと、今にも倒れそうな顔色をしたフォトムが、立ち上がってこちらを窘めるような目で見ている。
「フォトム、その顔色⋯⋯!」
「システィーア様、サーティス様の言う通りになさって下さい。サーティス様、私は管理神官見習いを一度連れて帰ってきてもよろしいでしょうか?」
 え?
 システィーアが慌てて隣を見る。
 リプルは、椅子の背もたれに身を預けた状態で意識をなくしていた。
「何? どうしたの⋯⋯?」
「気づいていらっしゃらなかったのですか?」
 驚愕の顔でフォトムがシスティーアを見る。
「システィーア様がサーティス様を怒らせるからですよ」
 困ったような顔で軽くそう言うライガーを見てシスティーアは、サーティスのそばにいるだけで不快感を感じると言っていたことを思い出した。そして、先程のサーティスの異様に膨れ上がった闇の魔力。あれがライガーの言う、怒ったサーティスの状態だとしたら。
 こんなこと聞いていない。
 システィーアは唇を震わせながら、サーティスを見た。ライガーに割って入られたこの状態では、フードを被ったサーティスの表情を窺い見ることは出来ない。
「もしかして⋯⋯さっきの?」
 ふっと店内を見渡すと、かろうじて耐えた顔色の悪い人か、意識を無くして倒れている人しかいない。あちこちで顔色の悪い人達が、意識のない人達を助けている状態だ。
 かなりの大惨事だ。
 あまりのことに呆然としていると、行くぞと声をかけられた。
 慌てて動き出した時には、既にリプルとライガーの姿はない。
「え? あれ?」
「いつまで呆けている」
「あの、体調の悪い人達を手伝ってあげたりは⋯⋯」
「手助けより、原因がここを離れることが一番だろう」
 原因と言われて、システィーアは肩をびくりと跳ねらせた。
 せっかくもぎ取ったお休みだったが、誰かに迷惑をかけたかったわけではない。ただ心を休ませようとしただけなのに、何でこうなったのか。
 システィーアは溢れかけた涙を堪えた。そして項垂れたまま、サーティスの後に続いて店を出た。

 サーティスの後ろについて、ただ黙ってひたすら歩く。後ろはライガーだ。
 システィーアは、振り向きもしないサーティスの後ろ姿を見上げるように視線を上げた。彼の蔓の一本が、時折システィーアを気にかけるように少しこちら側へ伸びてくる。
 多分だが、もう怒ってはいないように感じられた。
 湖に沿うように続く道に人はなく、ただ自然があるのみだ。
 さらに少し進むと、遥か遠く、湖の向こう側に見えていた建物の数が急に増え、大きな街が小さく見えてきた。
 それをぼんやり見ながら歩いていると、いきなりサーティスが石畳の端で足を止めた。
 疑問符を浮かべながらサーティスを見ていると、システィーアとサーティスの前にライガーが立った。
 しゅるりと腰紐を外してライガーが構える。
 同時に、道の外れにある木々から、バラバラと数人が現れた。
「え?」
 システィーアは、驚いて硬直した。

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