悪役令息は愛を知れば無敵なのです

柚鷹けせら

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第一章 王太子暗殺

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 四月七日、月曜日の朝一〇時。
 王城内の第三会議室にテオフィロとルキノが着くと、中には王太子とソルヴィーノ男爵令嬢以外の面々が揃っていた。

「……情報ギルドのギルド長も呼ばれたようですね」
「だな。同情するわ……」

 小声で会話する二人を、城勤めの文官の青年が左側の一番奥に案内する。
 この世界の、何処に在っても、最も高貴なのは主神様の加護を持つテオフィロだ。同じ加護持ちのソルヴィーノ男爵令嬢が居たとしても、ひよこ精霊を神獣に昇格させている彼が上位だ。
 しかしそれを知ってか知らずか、先に席に着いていた四人の内、宰相閣下と情報ギルドのギルド長を除いた二名がすごい顔でテオフィロを睨んでいる。
 宰相閣下の息子エドアルド・ザネッティと、魔導部隊近衛勤務のジュリアーノ・テスタである。
 と、先に声を掛けて来たのは宰相閣下だ。

「ご足労頂きありがとうございます」

 優雅に立ち上がり、穏やかな笑みと共に労ってくれる。

「宰相閣下。四日前にお会いした時よりはお元気そうで安心しました」
「恐れ入ります。本日は見届け人として同席させて頂きます、お許しください」
「許すも何も閣下が居てくださるだけで心強いです。今日はよろしくお願いいたします」

 互いに相手に礼を尽くしている間に、情報ギルドのギルド長も立ち上がっていた。

「高貴なるユグドラシル神の愛し子様に拝謁します。城下で情報ギルドのギルド長を務めておりますバジリオ・カステーラと申します。以後お見知り置きください」
「オルトラーニ侯爵家四男にして魔導部隊第二班班長のテオフィロ・オルトラーニです。急な呼び出しだったでしょうに来てくださって感謝します」
「っあ、いえ……!」

 物腰の柔らかなテオフィロに、ギルド長が気恥ずかしそうに目尻を赤くした。

「今日呼び出された理由はお聞きになりましたか?」
「ユグドラシル神の愛し子様が会いたがっているから来るように、と」

 なるほどとても簡潔に要点を纏めた内容だとは思うが、爵位を持たない一般市民を城に呼び出す理由としてはあまりにも不親切だ。
 ルキノの言葉ではないが心の底から同情する。

「生憎、貴方を呼び出した愛し子は私ではありませんので、本人が来るまでもうしばらくお待ちください」
「え」

 ギルド長の目が見開かれる。
 愛し子を理由に呼び出したのに、もう一人の加護持ちが現れたことは伝えられていなかったらしい。やらかしたかと不安になって宰相を見遣ると、軽く頷かれた。

(大丈夫そう、かな)

 ホッとしたのを面に出さないよう気を付けながら、相手を安心させるように微笑む。

「会議中に何か不安に思うことがあれば、会議が終わった後でも構いませんから気軽に聞いて下さい」
「承知いたしました、ありがとうございます」

 伊達に一ギルドのトップにいるわけではないらしく、バジリオ・カステーラはしっかりと顔を取り繕って席に戻った。
 宰相もいまはこれ以上のやり取りをするつもりがないようで、軽く会釈してから席に戻る。
 そうしてようやくこちらも席に着いたテオフィロとルキノは何気なく室内を見渡し、先ほどまで睨んできていた二人が小声で話しているのを見た。
 ちなみに攻略対象として呼ばれているルキノの席も用意されていたが、彼は自らテオフィロの後ろに立った。会議中も護衛騎士であり続けるためであり、隣に座るよりも後ろに立っている方が距離が近くて内緒話がし易いからだ。

「あの二人もどこまで知ってんだか」

 ルキノが身をかがめ、テオフィロの耳元に顔を寄せて囁く。

「……ソルヴィーノ男爵令嬢は彼らを集めて、何をどこまで話すつもりなんでしょうか」
「さぁな。俺が前世の記憶持ちだって知って無い頭を捻ったんだろうとは思うが」

 ルキノは面白くなさそうに言った後で、にやりと笑う。

「ただ、まぁ、連中が何を企んでいようと心配することはないぞ」
「……断言するんですね」
「当然。おまえ自身の魔力量もそうだけど、おまえを守るのは神獣ニョルズだ」

 嵐を支配し、果て無き大海原を制する巨鳥。
 夏の守護者。
 最初に出逢ったひよこ精霊の時には意思の疎通など不可能で単なる魔力の貯蔵庫みたいな存在だったが、テオフィロが知識を蓄え、魔力制御に磨きをかけるにつれ、テオフィロに興味を持った世界の意思がひよこ精霊に宿った。
 最初はその色からも分かる親和性の高い海の精霊意思
 次は水の精霊意思
 風の精霊意思
 火の精霊意思
 陽の精霊意思
 花の精霊意思――どんどん増えていくそこで主導権を握った強大な精霊意思がいまのニョルズだ。
 四季の一つを管理する精霊意思が、いまなお様々な精霊意思と混ざって強化されている事実を理解している人間がどれくらいいるかは不明だが、実際に目にしたら、その瞬間に敵わないことを悟るだろう。尤も、大き過ぎて日頃から連れ歩くのが非常に難しいため、実際に会わせること自体が大変なのだが。
 予言書では、テオフィロ・オルトラーニの精霊は良くない精霊意思が混ざって幽鬼のような見た目になり、使える魔術も他者を害するものが多かった。一方のヒロインは事件を解決する度にそこそこ強い精霊意思を得て、最終的には癒やしに特化した翼を持つ女性の姿に落ち着いている。

「よっぽどのバカでもなきゃ、おまえを敵に回そうなんて思わないさ」
「……よっぽどのバカだったら」
「……その時はまあ、痛い目ぇ見て反省してもらうしか」
「なんですかそれ」

 くすくすと小声で笑い合う二人は、傍目には睦言を交わしているようにしか見えないほどイチャついているのだが本人たちにその自覚はなく。
 その場に居合わせた彼らは四人四様の見方をした。
 四日前のテオフィロの言葉を直に聞いていた宰相閣下は、もしかして自分たちは王太子との婚約によってずっと二人の邪魔をしていたのでは……とほぼ正解の答えを導き出したし、情報ギルドのギルド長も集めた情報を精査している真っ最中だったから、少なからず深読みし過ぎの結論を出した。
 一方で、ずっと前から二人は交際していたに違いないと勘繰ったのが宰相閣下の息子エドアルド・ザネッティだ。
 何しろ彼もソルヴィーノ男爵令嬢に攻略されている。
 学園に在籍中にいろいろと知ってしまった彼は、テオフィロだって好きな相手といればそれを我慢出来るはずがないと思い込んだのだ。
 魔術師ジュリアーノ・テスタは、ある意味ではエドアルドよりも酷く、テオフィロとルキノが自分たちを貶めるために悪巧みしているのだと考えた。
 彼にとってテオフィロは悪。
 何故ならソルヴィーノ男爵令嬢がテオフィロ・オルトラーニこそ諸悪の根源だと断言しており、愛する女の言葉は真っ直ぐに、そして根強く彼の心を侵食していたからだ。彼もまたソルヴィーノ男爵令嬢に攻略されて、めくるめく桃色の世界を味わってしまった。
 ソルヴィーノ男爵令嬢が彼のすべてなのだ。


 その後、王太子殿下にエスコートされた ソルヴィーノ男爵令嬢が会議室に姿を現したのは約束の時間から優に三〇分は過ぎてからだった。
 誰もが誰かに仕事を任せて時間を捻出して来ていると言うのに、たった一言の謝罪さえなく自分の席に近付いた王太子殿下に、側近候補でありながら同じ女性に心奪われている二人が立ち上がって敬礼する。
 それに気を良くして鷹揚に振る舞うのが王太子だ。

「よく来た」

 偉そうに言い、隣の席にソルヴィーノ男爵令嬢を座らせる。

「さて、俺は忙しい。さっさと本題に入るぞ」

 おまえが言うなと良識人が思う中、彼はソルヴィーノ男爵令嬢に話すよう促した。
 美しいというよりも、ものすごく高そうなドレスに身を包んだ男爵令嬢は「はい!」と机を叩くようにして立ち上がると、あろうことかルキノを指差す。

「ルキノは裏切者なの! もう協力とか要らないから辺境に帰ってもらって!」
「は?」
「はい?」

 テオフィロと宰相閣下の声が重なる。
 一方、名指しされたルキノは好戦的な笑みで応じている。

「裏切ったってのは、具体的には?」
「攻略対象のくせにあたしじゃなくて悪役令息の味方してる!」
「それはおまえが知ってる「世界樹ユグドラシルの聖女」の話だろ? 俺たちにとってはここは現実だ。好きなヤツの味方するのは当然だろ」
「え」

 ソルヴィーノ男爵令嬢の目が丸くなる。

「好きって、え? テオフィロは男だよ?」
「それがどうした」
「ルキノは絶倫キャラじゃん! 朝まであたしのこと離さないで抱き潰すくらいの」
「それもあっちの話だろ! 俺がおまえらの仲間みたいな言い方しないでくれ!」

 本気で言い返すのはすぐ隣に絶対に誤解されたくない人がいるからだ。
 余計な情報まで与えないで欲しい。

「とにかく! 俺はテオフィロ・オルトラーニが破滅するのがイヤで、未来を変えるために行動した。現実のテオフィロは努力を厭わない優秀な魔術師になったし、予言書じゃ黒い幽鬼だった精霊も、綺麗な海色の神獣に昇格した。その力で、加護がある限り国のために尽くすと陛下に誓っている。つまり、テオフィロ・オルトラーニが悪役令息になることはない」

 そう。
 つまり。

「起こる災厄を未然に防いだという点で、俺は陛下の臣として胸を張れる」

 はっきりと断言したルキノに、テオフィロは目元を和らげた。
 宰相閣下は突如始まった二人の言い合いに困惑しつつもルキノの言葉を胸に留め置く。
 しかしソルヴィーノ男爵令嬢には逆効果。

「やっぱり裏切ったんじゃない! テオフィロが悪役にならないとイベント進まないんだよ?」
「もうそいつらとハーレム出来たんだから満足しろよ」
「無理でしょ! 世界樹とバジリオとルキノが入らないと完成しないんだから!」
「俺はフィ……テオフィロのもの。テオフィロが邪教徒と手を組まないなら世界樹は汚染されないから世界樹とのイベントも起きない。バジリオは既に妻子持ちだからハーレムに参加不可。ほら、諦めろ」
「な……っ、なん……バジリオが妻子持ちって何⁈ 誘拐された妹が見つかるまでは自分の幸せなんて」
「誘拐されたけど無事に戻ってきてるからな」
「は⁈」
「結末が判ってるのに放っておくわけないだろ」

 これに固まったのはソルヴィーノ男爵令嬢だけではない。
 話題のバジリオこと情報ギルドの彼もだ。

「え……ぇ、あ、……え?」
「幼児誘拐事件の犯人だった奴隷商の男もそのときに捕まえたぞ」
「……っ、何してくれてんのよ!」
「誘拐事件のせいで何人の子どもが犠牲になると思ってんだ!」

 二人の怒声がぶつかり合う。

「俺は救える命は救うって覚悟決めてこの人生を生きてんだ、おまえのハーレム計画なんて知ったことか!」
「……っ、ルキノのくせに生意気! 体力と性欲しか長所ないくせに!」
「黙れ性悪女!」
「二人とも黙りなさい」

 今にも殴り合いに発展しそうな怒りが満ちた室内に、低く、他者を圧倒する魔力を帯びた命令が響いた。
 テオフィロだ。

「ルキノは下がりなさい」
「……、はい」

 いつの間にか身を乗り出してテーブルに手を付いていたルキノは素直に引き下がり、テオフィロの後ろに戻る。
 彼が後方に落ち着くのを待ってソルヴィーノ男爵令嬢に目を向けた。

「ソルヴィーノ男爵令嬢」
「……なによ」
「幼児誘拐事件の主犯は四〇代の隣国の奴隷商人でした。当時、学園の騎士科に所属していたルキノ・ヴェルディ伯爵令息は城下町に暮らす八歳の少女が誘拐されたという情報を得て、騎士科の仲間たちと捜索を開始。二日後に隣国へ渡る船内に子どもたちが乗せられていることが判り、王城騎士団と共に救出を決行しました。船内に閉じ込めらていたのは少年少女合わせて三十七名。全員が無事に親元に返されました。――宰相閣下、以上の内容に相違ありませんか?」
「ありません。補足するならば奴隷商人の男はそれまでに百名以上の子どもたちを誘拐して隣国に売り飛ばしていました。隣国の協力を得て売られた子どもたちを探しましたが、いまだ四〇名以上の所在が不明なままです」
「では、もし一〇年前に奴隷商人が捕まっておらず誘拐事件が今日まで続いていたら、被害はどれほど大きくなっていたでしょう」
「考えたくもありませんが、半年で四〇人余りを攫っていたようですから一〇年となると八〇〇人前後でしょうか」
「ありがとうございます」

 八〇〇人の子どもが親元から攫われて隣国に売られていく。
 城下町だけでそれだけの数を攫うのはまず無理だろうから、奴隷商人の魔の手は近郊の村や町、近隣諸国にも被害を広げていただろう。

「いまの話を聞いてどう思われますか、ソルヴィーノ男爵令嬢」
「え……」
「ヴェルディ伯爵令息の行動は間違っていましたか?」
「……っ」

 まさかこの流れで「間違っている」とは言えまい。
 ソルヴィーノ男爵令嬢は悔しそうに唇を噛み締め、乱暴に席に着いた。王太子も何か言いたそうにしているがこの場に相応しい言葉は見つからないようだ。
 テオフィロはそんな二人を一瞥し、次いで情報ギルドのギルド長を見る。

「妹さんはお元気ですか?」
「えっ。あ、はい! 半年ほど前に成人し、昔から好き合っていた幼馴染と結婚しました」
「お幸せなのですね」
「おかげさまで妹も、私たち家族も……あの、事件当時、騎士団の方から学園の生徒さんたちが協力してくれたと伺っていました。ヴェルディ伯爵令息様のことだったのですね」

 ギルド長は真っ直ぐにルキノを見つめると、深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」
「いえ。俺が持っていた情報はひどく断片的で、船が用意されるまで騎士団を動かすだけの証拠も得られず、妹さんにはひどく怖い思いをさせてしまった」

 ルキノは申し訳なさそうに言うが、ギルド長は左右に首を振る。

「貴方のおかげで私たちは妹を失わずに済みました。一緒に助かった子どもたちの家族もです。本当に感謝しています」
「……お力になれたなら良かった」

 そうしてようやくルキノが笑むから、テオフィロもホッと胸を撫で下ろした。
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