悪役令息は愛を知れば無敵なのです

柚鷹けせら

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第二章 絵画と幼児誘拐

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 やる、とは一体。
 意味が分からないまま、勝手知ったる何とやらでまるで自分の家のように何処に何があるかを知っているルキノの先導でヴェルディ親子とテオフィロ、アンジェリカ、ニョルズは侯爵邸の裏手にある訓練場へ移動した。
 幼い頃の彼らが一緒に剣や魔法の特訓をしていた場所であり、時には手合わせをすることもあった、今ではほとんど使われなくなった場所だ。それでも雑草一つなく整えられているのはテオフィロたちを子どもの頃から知っている使用人たちが昔と変わらずに管理してくれているからである。

「フィーとアンジェリカ嬢は、危ないからこっから先には入るなよ。ニョルズもフィーの肩に移動してくれ」

 ルキノが注意している間にヴェルディ伯爵は訓練場の中央に立って、侍従から差し出された剣を振っている。

「兄さま」

 テオフィロはルキノの袖を引く。
 ここまで来て剣を振っている人がいるのだから、やると言うのは一戦交えようという意味で間違いないだろう。伯爵は元近衛騎士だ。二年振りに辺境から戻って来た息子の実力を試したいという気持ちなら分からなくもないのだが本人たちを見る限りそういう雰囲気でもない。

「どうしてお越し頂いて早々に手合わせなんて」

 心配が顔に出てしまっているテオフィロに、ルキノは表情だけで笑うと腰に付いているタッセルを指先で弾いた。

「待ってて。遅れたけど、俺からの花祭りの贈り物を勝ち取って来るから」
「え……」

 ルキノも訓練場の中央へ移動し、父親とは程良い距離を取って立つと、剣を抜いた。鞘は戦闘の邪魔にならないよう地面に置かれる。
 仮釈放されて辺境から戻って来ると聞いた父親が侯爵家に預け、あの日からずっと本人の腰にあった剣だ。 

「真剣勝負? えっ、いまから試合が見れるってこと?」
『そのようだな』

 アンジェリカとニョルズが興奮気味に喋っているがテオフィロにはそちらを気にする余裕がなかった。
 なぜ。
 どうして。

(おじ様との勝負で勝ち取れる花祭りの贈り物なんて聞いたことがありませんが⁈)

 二人が戦うことになる理由も分からなければ、自分の父とルキノの父が揃って王城に向かう理由だって、……二家の当主が揃って城に向かう必要がある事柄は幾つか思い付く。共同で事業を起こす時や、どちらかが借金していて返済が出来なくなった場合、未成年当主に後見人がつく場合、それから――。

(まさか)

 一つ一つこれではないという理由を潰していけば残る可能性は、婚約。

(それはない。ルキノはまだ仮釈放中の身で、本人だってせめてちゃんと自由の身になるまではって)

 テオフィロが内心でひどく動揺している間にも訓練場の中央では二人の剣士が構えていた。
 ヴェルディ伯爵は近衛騎士団副団長時代そのままの、岩のように微動だにしない重厚な構え。ルキノは重心を低く落とし、爆発的な一瞬を狙う柔軟な体勢だ。二人を包む静寂は、親子の情を一切感じさせない研ぎ澄まされた闘気そのものだった。

「さあ、来い。遠慮は要らんぞ」
「言われなくとも」

 互いに睨み合うこと数秒。
 向こう端に移動していた侍従が空気を引き裂くように鋭い号令を放った。

「始め!」

 伯爵の初動は、まさに嵐のような勢いだった。低い唸りとともに伯爵の長剣が振り上げられると、それは重力をも味方につけたハンマーのように、ルキノの防御を叩き潰さんと襲いかかる。
 ゴッ! ガキン! キンッ!
 金属がぶつかり合う重い音が、訓練場全体を震わせた。ルキノは防戦一方。伯爵の剛剣に対し、体幹をきしませながらも、ひたすら攻撃の勢いを殺すことに徹する。顔面に汗が流れ、その吐息は荒い。ルキノは守りながらも冷静に父の剣筋を分析していた。父の剣は速く重いが、手数が多い分、一撃ごとにわずかな重心移動の遅れが生じる。
 十合を超えたあたりで、伯爵の攻撃にわずかな滞りが生まれた。呼吸の乱れではない。連撃による、体力と体力の差だ。
 ルキノの瞳が鋭く光る。
 伯爵が渾身の力で剣を振り下ろした瞬間、ルキノは一歩も引かず、自身の剣を盾のように構えて正面から受け止めた。そして、剣がぶつかり合った反動で伯爵の体がわずかに前のめりになった、そのコンマ数秒の隙を見逃さない。
 ルキノは受けた剣を滑らせて伯爵の剣を絡め取りながら、まるでバネのように低い体勢から踏み込んだ。伯爵の懐に飛び込み、最短距離を突く一撃。

 シュッ――

 伯爵は一瞬早くルキノの意図を読み取り、瞬時に剣を払い上げたものの、ルキノの剣の切っ先は既に伯爵の喉元に触れていた。

「そこまで!」

 侍従が制止の声を上げた。
 ルキノは肩で息をしながらも、剣を下げて深く頭を垂れた。伯爵はふっと笑みをこぼし、静かに自分の剣を鞘に納める。

「なるほど。伊達に二年も辺境で生き延びたわけではないようだ」
「あんたは五〇過ぎても元気だな」
「ふん、減らず口を」

 先ほどまでの、触れれば切れそうな雰囲気はとっくに霧散して、テオフィロが良く知る親子の姿がそこにあったことに安堵する。
 一方で「すごいすごい!」と大興奮しているのがアンジェリカだ。

「えーっ、さすが攻略対象! なんも見えなかった! すごい! おじ様も素敵!」
『ふむ。真剣勝負というのはこうも伝わって来る魔力の波動が心地よいものなのだな。実に美味である』

 ニョルズのその感想はどうかと思うが、勝負がついたことで目的は達せられたようで、ヴェルディ伯爵は侍従が持つケースに剣を戻し、ルキノも自分の剣を地面に置いておいた鞘に仕舞うと、腰に戻す。

「一先ず条件は達せられた。午後から謁見で陛下にはそう伝えておく」
「よろしくお願いします」
「……それにしても」

 こちらに向かって歩いて来ていたヴェルディ伯爵がテオフィロを見る。

「うちの息子と辺境で魔物と戦いたいとは豪気だな、坊」
「……伯爵にそう呼ばれるのは久しぶりです」
「これからは身内になるしな」

 身内。
 その言葉が意味するところは、つまり。
 伯爵が視線でアンジェリカとニョルズを促し、海色の神獣は些か不満そうな顔をしつつも、テオフィロから少し離れたアンジェリカの肩に止まった。
 伯爵と侍従は、その後ろに。
 決して二人きりとは言えない状況であるものの、見届け人としてヴェルディ伯爵貴族家の当主、主神の加護持ち、さらに神獣まで同席しているのだ。充分過ぎる舞台である。

「テオフィロ・オルトラーニ侯爵令息」

 改まって名を呼ぶルキノは、その場に片膝をつく。

「私はいまだ仮釈放中の身ですが、いまお伝えしなければこの言葉をお伝えする機会は二度と訪れません。今ではなく、そう遠くない未来で貴方の手を取るために。――フィー、愛してる。結婚しよう」

 途端に口調が砕けたルキノに、驚いていたテオフィロも思わず笑ってしまう。

「いろいろ台無しです」
「一世一代の告白ならやっぱ俺らしくないと」

 彼らしいといえば確かにその通りで納得しかない。
 
「で、返事は?」

 テオフィロがどう答えるかなんて分かっているだろうに、どこか不安そうに揺れる目を見ていたら焦らすのも可哀相で。

「貴方以外と生涯を共にする気はありません」

 はっきりと告げたら、誰より先にアンジェリカから歓喜の悲鳴が上がった。
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