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第二章 絵画と幼児誘拐
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どうして急にプロポーズすることになったのかと問われれば、原因はテオフィロだった。
まだ脳内がよろしくない状態だったアンジェリカ嬢に「一年後に死ぬ」と予言されたテオフィロが、翌日の陛下との謁見で自分の想い人はルキノだと匂わせたことで、王太子殿下との婚約解消が決定路線だとさすがに分かっていた陛下たちはすぐにヴェルディ伯爵と連絡を取り合った。
伯爵から「来月中頃に訪ねて良いか」という手紙が来たのも、本当の理由はこちらだったらしい。
「陛下はさ、フィーが王族や親に対してどこまでも従順だったから心配してたんだよ」
ルキノが言う。
伯爵は登城する準備があるからと侯爵邸の執事に案内されて滞在する部屋へ移動し、アンジェリカはマナーのレッスン、テオフィロとルキノは、テオフィロの私室で種明かしの真っ最中だ。
ニョルズは専用のベッドの上で丸くなっているが、二人の話を聞いているのは反応を見れば分かる。
「婚約解消なんてしたらすぐにでも侯爵夫妻から他国に嫁げと言われて国からいなくなりそうだったからってのが、殿下との婚約に拘っていた理由だったみたいだし」
「もしかして他国からの求婚状は両親のところにも……」
「山になってるみたいだぞ」
ルキノが不愉快そうに頷いた。
どうしてそんなことを知っているかと言えば、侯爵邸には、陛下から紹介された家財管理人やメイドという名目で、侯爵夫妻の調査を命じられた諜報員が複数人存在するからだ。
侯爵家には、主神様の加護持ちを育てているという名目で毎年多額の手当が支給されている。ルキノがテオフィロに干渉したことでいろいろと明らかになったことも多く、その頃から陛下は国の上層部の賛同を得たうえで侯爵家を監視しているのだ。
だから、金銭に弱過ぎる夫妻が、他国から「息子さんをくれるならこれだけのものを差し上げます」と言われて随分ぐらついていたことも把握していた。
勝手に売り飛ばされなかったのは偏に彼らが王族には逆らえなかったからである。
「フィーはもう成人済みだし、そもそもオルトラーニ侯爵令息って呼ばれてるだけで身分は王族より上だっつーのに、あの人たちにとってはあくまでフィーは息子、自分たちの好きにしていい政略の駒で、国の最高位は王族なんだな」
「そういう人たちですから」
「ん。だから逆に扱いやすかったみたいだ」
扱うという不穏な言葉を選んで使ったルキノはニヤリと笑う。
「陛下は、王命でフィーを独立させるって今日の謁見で侯爵夫妻に宣言するつもりだ」
「え」
「これは親父情報な。予言のこともあるから、来年の三月末までは侯爵邸で過ごすし侯爵家への特別手当も継続されるけど、四月までに侯爵家からフィーの籍を抜いて新たな家を興させるって」
「爵位を、ということですか」
「俺と結婚したら世界樹に子果が実るだろ」
「……っ」
「半神半人の子どもに爵位がなかったら、侯爵夫妻が分かり易く干渉してきそうじゃん。自分たちの孫だとか言ってさ。かといって王族より上の身分なのに爵位はおかしいってんで、いま宰相閣下たちが頭を悩ませているところらしい……」
ルキノは黙っているテオフィロの顔を覗き込み、口元を緩めた。
顔を隠すように手で覆っていても真っ赤なのが隠しきれていなかったからだ。
「おやおやぁ、何を想像したんですかテオフィロくん」
「黙ってください」
「ふはっ」
相変わらずの返しに吹き出してしまうが、その胸中では「可愛い!」が乱舞していた。
ニョルズも息を殺しながら震えている。
彼らにそんな態度を取られたらテオフィロからも憎まれ口が飛び出そうというもの。
「私をいい子に育てたのは貴方ではありませんか」
「うっ」
「つまり陛下の心痛の種を蒔いたのは貴方です」
「それはもう、ほんと、各方面からお叱りを頂いたから許して……」
ふっ。
もう既に叱られていたと知って、つい笑ってしまう。
「それでよく婚約の許可が下りましたね」
「大変だったさ。フィーから一キロ以上は離れられないから基本的に手紙で遣り取りしてたんだけど宰相閣下も親父も容赦がないし」
「ふふっ」
「まぁでも、陛下と宰相閣下は、各国の使者を前に啖呵切ったフィーを見て安心したんだってさ」
ルキノは苦笑交じりに言う。
「他のお偉いさんたちは、俺と婚約すればフィーが国から出ていかないならって、消極的賛成って感じかな」
「充分です」
「俺もそう思う」
意見が一致したことに満足感が増す。
「功績立てて恩赦もらわないと仮釈放のままだから、フィーの婚約者だって公言するわけにはいかないが、まぁ、上層部が共犯なら功績は立てやすいわな」
「共犯だなんて」
言い得て妙な表現に二人は微妙な笑みを浮かべた。
「それから辺境。あっちも、フィーが俺と一緒に辺境に行くつもりだって聞いて大喜びしてる。辺境伯が邸を準備して待ってるって言ってるそうだ」
「気が早いです」
「な」
二人で笑う。
一緒に、いつまでも。
今日の午後にはオルトラーニ侯爵家とヴェルディ伯爵家の当主同士が陛下に謁見してテオフィロとルキノの婚約が書面上は整う。
恐らく明日の謁見で本人にも伝えられるのだろうが、既に知ってしまったことも含めて陛下と宰相閣下の予定通りなのかもしれない。
今後の予定は変わらない。
予言書の事件をどうにかして世界樹の汚染を防ぐこと。
功績を立てて恩赦をもらい、仮釈放から本当の自由を取り戻すこと。
ただ、内々にでも正式な婚約者となれば二人は二人で過ごすことが出来るようになる。いまも空気に徹して部屋の隅に控えている侍女としては嬉しいような、残念なような、とても複雑な気分になる話ではあるのだが。
***
読んでいただきありがとうございます。
もうしばらく一日一回22時の更新になります。よろしくお願いいたします。
まだ脳内がよろしくない状態だったアンジェリカ嬢に「一年後に死ぬ」と予言されたテオフィロが、翌日の陛下との謁見で自分の想い人はルキノだと匂わせたことで、王太子殿下との婚約解消が決定路線だとさすがに分かっていた陛下たちはすぐにヴェルディ伯爵と連絡を取り合った。
伯爵から「来月中頃に訪ねて良いか」という手紙が来たのも、本当の理由はこちらだったらしい。
「陛下はさ、フィーが王族や親に対してどこまでも従順だったから心配してたんだよ」
ルキノが言う。
伯爵は登城する準備があるからと侯爵邸の執事に案内されて滞在する部屋へ移動し、アンジェリカはマナーのレッスン、テオフィロとルキノは、テオフィロの私室で種明かしの真っ最中だ。
ニョルズは専用のベッドの上で丸くなっているが、二人の話を聞いているのは反応を見れば分かる。
「婚約解消なんてしたらすぐにでも侯爵夫妻から他国に嫁げと言われて国からいなくなりそうだったからってのが、殿下との婚約に拘っていた理由だったみたいだし」
「もしかして他国からの求婚状は両親のところにも……」
「山になってるみたいだぞ」
ルキノが不愉快そうに頷いた。
どうしてそんなことを知っているかと言えば、侯爵邸には、陛下から紹介された家財管理人やメイドという名目で、侯爵夫妻の調査を命じられた諜報員が複数人存在するからだ。
侯爵家には、主神様の加護持ちを育てているという名目で毎年多額の手当が支給されている。ルキノがテオフィロに干渉したことでいろいろと明らかになったことも多く、その頃から陛下は国の上層部の賛同を得たうえで侯爵家を監視しているのだ。
だから、金銭に弱過ぎる夫妻が、他国から「息子さんをくれるならこれだけのものを差し上げます」と言われて随分ぐらついていたことも把握していた。
勝手に売り飛ばされなかったのは偏に彼らが王族には逆らえなかったからである。
「フィーはもう成人済みだし、そもそもオルトラーニ侯爵令息って呼ばれてるだけで身分は王族より上だっつーのに、あの人たちにとってはあくまでフィーは息子、自分たちの好きにしていい政略の駒で、国の最高位は王族なんだな」
「そういう人たちですから」
「ん。だから逆に扱いやすかったみたいだ」
扱うという不穏な言葉を選んで使ったルキノはニヤリと笑う。
「陛下は、王命でフィーを独立させるって今日の謁見で侯爵夫妻に宣言するつもりだ」
「え」
「これは親父情報な。予言のこともあるから、来年の三月末までは侯爵邸で過ごすし侯爵家への特別手当も継続されるけど、四月までに侯爵家からフィーの籍を抜いて新たな家を興させるって」
「爵位を、ということですか」
「俺と結婚したら世界樹に子果が実るだろ」
「……っ」
「半神半人の子どもに爵位がなかったら、侯爵夫妻が分かり易く干渉してきそうじゃん。自分たちの孫だとか言ってさ。かといって王族より上の身分なのに爵位はおかしいってんで、いま宰相閣下たちが頭を悩ませているところらしい……」
ルキノは黙っているテオフィロの顔を覗き込み、口元を緩めた。
顔を隠すように手で覆っていても真っ赤なのが隠しきれていなかったからだ。
「おやおやぁ、何を想像したんですかテオフィロくん」
「黙ってください」
「ふはっ」
相変わらずの返しに吹き出してしまうが、その胸中では「可愛い!」が乱舞していた。
ニョルズも息を殺しながら震えている。
彼らにそんな態度を取られたらテオフィロからも憎まれ口が飛び出そうというもの。
「私をいい子に育てたのは貴方ではありませんか」
「うっ」
「つまり陛下の心痛の種を蒔いたのは貴方です」
「それはもう、ほんと、各方面からお叱りを頂いたから許して……」
ふっ。
もう既に叱られていたと知って、つい笑ってしまう。
「それでよく婚約の許可が下りましたね」
「大変だったさ。フィーから一キロ以上は離れられないから基本的に手紙で遣り取りしてたんだけど宰相閣下も親父も容赦がないし」
「ふふっ」
「まぁでも、陛下と宰相閣下は、各国の使者を前に啖呵切ったフィーを見て安心したんだってさ」
ルキノは苦笑交じりに言う。
「他のお偉いさんたちは、俺と婚約すればフィーが国から出ていかないならって、消極的賛成って感じかな」
「充分です」
「俺もそう思う」
意見が一致したことに満足感が増す。
「功績立てて恩赦もらわないと仮釈放のままだから、フィーの婚約者だって公言するわけにはいかないが、まぁ、上層部が共犯なら功績は立てやすいわな」
「共犯だなんて」
言い得て妙な表現に二人は微妙な笑みを浮かべた。
「それから辺境。あっちも、フィーが俺と一緒に辺境に行くつもりだって聞いて大喜びしてる。辺境伯が邸を準備して待ってるって言ってるそうだ」
「気が早いです」
「な」
二人で笑う。
一緒に、いつまでも。
今日の午後にはオルトラーニ侯爵家とヴェルディ伯爵家の当主同士が陛下に謁見してテオフィロとルキノの婚約が書面上は整う。
恐らく明日の謁見で本人にも伝えられるのだろうが、既に知ってしまったことも含めて陛下と宰相閣下の予定通りなのかもしれない。
今後の予定は変わらない。
予言書の事件をどうにかして世界樹の汚染を防ぐこと。
功績を立てて恩赦をもらい、仮釈放から本当の自由を取り戻すこと。
ただ、内々にでも正式な婚約者となれば二人は二人で過ごすことが出来るようになる。いまも空気に徹して部屋の隅に控えている侍女としては嬉しいような、残念なような、とても複雑な気分になる話ではあるのだが。
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