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第1章 異世界に転移しました

3.四つの加護と二つの神具

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「うわっ、と、とと……!」

 背中を押されてバランスを崩し、せめて転ばないよう踏ん張った。

「いきなりひどい!」

 何とか堪え切り、虚空に向かって文句を言い放つ。
 しかしそれと同時に怒りなんて感情はどこかに行ってしまった。
 何故なら頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなるほどの絶景が目の前に広がっていたからだ。

「これ湖……だよな? 海じゃなく……」

 向こう側が見えないから海という可能性も考えたが、波が立っていないから違うだろう。

「……でっか……」

 キラキラと光る湖面に誘われて空を見上げると、透き通るような青色が広がっていた。
 日差しは穏やかで優しく、目を瞑るといろんな自然の音が耳を打つ。
 風の音、揺れる草花、虫の声。
 空の蒼に、木々の緑、綻ぶ色彩。
 久しく意識していなかったそういうものに、だんだんと申し訳ない気持ちが湧いて来た。
 地球あちらで暮らしていた場所はこんなに自然豊かな環境ではなかったけど、何もなかったわけじゃない。なのに気付こうともしなかった。

「全部無視していたなぁ……」

 大きなため息と一緒に気持ちまで落ちて行きそうだったが、優一とリーデンの顔を思い出して踏み留まる。
 時間は有限。
 無駄にするな。

「……よしっ」

 左右に頭を振って気持ちを切り替えると、リーデンとの遣り取りを頭の中で整理していく。

「まずはステータス画面の確認から、だったな」

 これだけ綺麗な景色なら周りに人がいるかもしれない。
 そう思って警戒してみるけど、よく判らない。とりあえず最低限の自衛をと思って大きな木の幹に背中を預けるようにして座った。
 すっぽりと幹に隠れる細い体。
 子どもの手足。
 そういえば声も高くなっている気がするし、自分が本当に小さくなってしまっている事を改めて実感する。

「12歳ってこんなだったっけ……まぁいいか」

 なってしまったものは仕方がない。
 そう思えてしまう自分自身の順応の高さに驚かないではないのだが、どうしようもないなら受け入れるだけだ。

「ステータス」

 声を発すると同時、シュンと音を立てて目の前に現れたパネル状の画面には、リーデンと一緒に見たあの文字列が並んでいる。

 ◇◆◇

  名前:木ノ下 蓮(キノシタ レン)
  年齢:12(25)
  性別:男
  職業:旅の僧侶
  状態:良好
 所持金:7,404,512
 スキル:言語理解/鑑定/幸運Ex./通販
 所持品:神具『懐中時計』
     神具『住居兼用移動車両』Ex.
 装備品:檜の棒
     樫の盾
     皮の鎧
     皮のズボン
  加護:主神リーデンの加護
     異世界の主神カグヤの加護
     異世界の主神ヤーオターオの加護
     下級神ユーイチの加護

 ◇◆◇

 名前、年齢、よし。
 性別と健康状態も問題なし。
 所持金は優一が言っていたように預貯金その他もろもろを此方の価値に合わせて現金に換えてくれたものだ。物価がまだ判らないため判断し難いものの、初めからお金があるというだけで安心感が違う。

「740万か。思っていたより多い……」

 大した趣味もない独身だ。生活に必要な分以外は貯まっていく一方だったが、それにしても多いのは、優一が言っていた、地球にあった私物を現金に換えたからだろう。
 小さいがコンプライアンスをしっかりと守る会社だったから居心地が良く、高校を卒業してから今日までの7年間ずっとお世話になっていた。
 そう考えると、すべて忘れられてしまい、挨拶が出来なかったのは心残りと言えるかもしれない。

「皆さん、どうか健康にお気を付けていつまでも元気でいてください」

 届かないと知りつつも心から祈った。
 ――さて、こちらでの職業は……。

「旅の僧侶」

 試しにタップしたら説明文が表示される。
 なるほどこうやって使うらしい。

『旅の僧侶:主神リーデンを信仰する正教会に所属し、修行のため各地を旅している者の呼称』

 続けて四種のスキルも確認だ。

『言語理解:ロテュスに存在する言語を理解し聞く・話す・読む・書くを可能にする』
『鑑定:対象の情報を得る。人物鑑定も可能。得られる情報量は練度に依存。生存率を上げるのにも有用なため何にでも使う癖をつけること推奨』
『幸運Ex.:運が良くなる。複数の神々の加護による相乗効果で効果は抜群』
『通販:地球の商品を購入できる。神具『住居兼用移動車両』Ex.内でのみ使用可能』 

 そこまで読んで、ここまでは上から順番に確認してきたが、どうしても「神具『住居兼用移動車両』Ex.」が気になった。
 少し悩むも、誰かに迷惑を掛けるわけじゃないと結論づけて「神具『懐中時計』」を飛ばし「神具『住居兼用移動車両』Ex.」をタップした。
 途端。

「!」

 ドンッ、と鈍い音を立てて目の前に現れたのは白いボディが眩しいキャンピングカー。
 ……キャンピングカーだ!

「なっ、えっ、は⁈」

 びっくりした。
 心臓がばくばく言っている。

「ぇえー……いや、確かに名前通り住居兼用移動車両だけど……ええぇ……」

 動揺し過ぎて指先が震える。
 とりあえず……と住居スペースの出入り口になる扉を開けた。

「――」

 閉めた。

(……ん?)

 深呼吸を三回。
 もう一度ゆっくりと扉を開けてみたが、見間違いじゃないって判って、更に心臓が騒がしくなってしまった。

「これ……いいの……?」

 最初とは違う理由で頭の中が真っ白になった。
 扉を開けたらまずは玄関だ。畳半分くらいの土間の右手側には靴箱があって、引っ掻けるタイプのハンガーラックと、壁掛けの姿見。幼い自分の姿を見て「うわぁ……」と目を逸らす。ただでさえ自分の顔は好きじゃないのに子どもに戻ったらなおさらだ。せめてもっと大柄で男らしければ悩まずに済んだかもしれないのに……。

「そんな事より今はこっち!」

 頭を振って気を取り直し、確認再開。
 床はフローリングで、入ってすぐの左側には空っぽの洋室に出入りする扉。
 右側の扉を開けると洗面所だ。
 洗面台と向かい合う扉の向こうは水洗トイレで、洗面台の隣、洗濯機を挟んだ向こう側の曇りガラスの戸を開ければ、足を伸ばしてもまだ余裕があるだろう浴槽を備えた風呂だった。
 もうそこだけで外から見るキャンピングカーの大きさを越えている。
 本当にいいのかこれ⁈

「ありがたいのはありがたいけど……これは人に見られるとヤバいのでは……」

 そう思うけど、気になるのはどうしようもないので、覚悟を決めて奥に進む。
 水回りの次はリビングダイニングと対面式のキッチンだ。
 突き当たりの扉は大容量のパントリーで、隣に冷蔵庫。壁一面の収納棚には電子レンジ、トースター、炊飯器が見える場所に並んでいる他、いろんな食器と調理器具が引き出しの中に収納されている。
 調理台はIH。
 グリルがあって、オーブンまで完備。
 そして、リビングだ。
 まずは一人用の食卓と椅子がキッチンカウンターと繋がるように置かれていて、次いでソファとローテーブルがリビングの中央に。
 何故か壁にはテレビまで設置されている。
 ……テレビ。

「まさか映るとは言わないよな……?」

 恐る恐る電源を入れると、表示されたのは「スキル通販を起動しますか?」という一文。
 通販専用画面で、リモコンで操作するらしい。
 ちょっとだけホッとした。
 窓は普通に車窓っぽいけど、外から見たのに比べれば大きくて湖の景色がよく見える。
 ソファの後ろの扉は寝室で、そこには大きなベッドと、机、椅子、クローゼット。
 収納を見たくてクローゼットを開けたら、こっちの世界に馴染むのだろう衣装や小物、下着なんかも揃っていた。

「至れり尽くせりだな……」

 試しにベッドに手を乗せて体重をかけてみると程良く沈む。寝心地の良さが伝わってくるようで、いますぐに飛び込みたい衝動に駆られたが何とか我慢。
 それから一度外に出て、今度は運転席を開けてみようとしたのだが、ここで問題が発生した。
 なんと運転席が開かないのだ。

「なんで?」

 見落としがあったかと思いながらステータス画面を再度確認してみて、ふと思い付く。
 試しに神具『住居兼用移動車両』Ex.をするとーー。

『重要※運転は18歳から!※重要』

 真っ先に飛び込んできた赤字に力が抜ける。

(18歳って……)

 運転免許が取れるその年齢まで、あと6年間は歩けということらしい。
 どうしてここだけ日本準拠、と思わないではないが、自分の手足を思い出せば納得しないわけにはいかない。

「縮んだこの体じゃ足が届かなくて運転出来そうにないもんな」

 自分を納得させつつ説明文を読み進めていくと、この車は特別製で、自分以外には見えない仕様になっていること。許可を出した場合に限り、見たり使えたりする対象を増やせること。
 更に、ユーイチが地球で乗っていた愛車とアパートを融合して作ったものに、リーデン、カグヤ、ヤーオターオの神力も加わった結果がこの広さと機能で、屋内に扉だけ顕現する事まで出来るようになったとある。
 つまり今後訪れる街の宿屋の部屋に扉を設置したら、街に居ながら此処で生活出来るのだ。
 異世界仕様のキャンピングカー……ありがたいけど、凄すぎて怖い。
 そして、最後。
 一つ戻って「神具『懐中時計』」。
 蓋を開けると三つの円が▷に配置されていて、一つは時間を示す十二個の数字と二本の針。一つは方位を示す東西南北の文字と針。そしてもう一つは進路に迷った時に行くべき場所を指し示す針、という情報が表示される。
 何をしたらいいのか判らない時。
 例えば、いま。
 最初にどこへ行ったら良いのかをこの針に示してもらうのは許容範囲なのかなと、これをくれたリーデンの顔を思い出しながら考える。

「……雑なんだか優しいんだか」

 零れた呟きが苦笑いに揺れた。
 



 神具『住居兼用移動車両』Ex.は言い難いので、こちらは神具。懐中時計は時計と呼ぶことにして、まずご飯を食べる事にした。
 地球で高校生を轢いたと思ったのは仕事帰りの午後6時過ぎだったけど、現在は澄んだ青空が広がっていて時計は午前8時を示している。
 変な感じだが怒涛の展開に興奮しているのか眠気が来るでもなく、ではどうするかと考えていたらお腹が鳴った。
 空腹を訴える音なんて久々に聞いた気がした。
 冷蔵庫の中身はアパートで使っていたそれよりも品揃えが豊富で、しかも持ち主の性格や好みを反映しているらしい内容に顔が緩む。
 家事は、孤児院でずっと自分の役目にしていたから得意なのだ。
 ただし一人暮らしをするようになってからは「食べられれば良い」になってしまい手抜きばかりだったが。

「今もとりあえず食べられればいいから……」

 そうやって軽く考えた結果、時間は朝でも体内時計は夕飯だからと茹でたスパゲッティにバターと納豆を和え、棚の中に定期購入していた青汁の箱を発見したから野菜はこれで補給……。

「くっ……これからは食事にもちゃんと気を付けます……!」

 彩り皆無の食卓に反省した。
 これはダメだ。
 12歳に戻ったという事は成長期がこれからなのだ。孤児院で皆の食事を作っていたのと同じくらい栄養面を考えていかないと俺自身が大きくなれない。せめてさっきまであった174センチには戻したい!

「……ほんと、いろいろと……はぁ」

 リーデンとの遣り取りを思い出し落ち込みそうになる気分を変えたくて、行儀が悪いと知りつつも食事しながらステータス画面を開いた。
 装備品から確認作業の再開だ。
「檜の棒」
「樫の盾」
「皮の鎧」
「皮のズボン」
 まさにゲームの初期装備だ。
 正直に言えば「檜の棒か……」と思わないではないが、いきなり剣を渡されても困るのは事実。ましてや職業が僧侶ということは戦闘より回復要員。
 つまり魔法!
 世界を選ぶ時に「魔法を使いたい」と言ったのを考慮してくれたのだろうから是が非でも使えるようになりたい。
 そして、最後の加護の一覧。

『主神リーデンの加護:いつも見守っている』
『異世界の主神カグヤの加護:良縁を引き寄せ悪縁を遠ざける』
『異世界の主神ヤーオターオの加護:心・体・魂の調和と安定の保持、回復の促進』
『下級神ユーイチの加護:一路平安』

(うぉおお……むず痒い! いつも見守ってるとか何それ!)

 思わず仰け反りそうになった自分自身に動揺し過ぎだと言い聞かせる。
 よく考えろ、リーデンはこの世界の主神で、残っている50年以上の寿命を此処で全うさせるのが大神からの命令なのだ。

(判る! 判る、けどっ。でももう少し表現を考えて欲しい!)

 もちろん25年生きて来たのに経験も免疫も足りていない自覚は充分にあるし、あんな美形を見たのが初めてだったから慣れなくて落ち着かないだけなのも判っている。
 だから、決してではないのだが、久しく感じていなかった他人の温もりや、説教を思い出すと、どうしても心臓の奥が落ち着かなくなるのだ。

(頭撫でられるなんて久々だったから! それだけ!! あぁもう考えない! そう、考えない!!)

 ステータス画面を消して無心でスパゲッティを食べ始めた。




「さて。まずは東の方に行けってことだけど……」

 行先は時計で確認。
 いきなりリーデンの条件達成に挑戦するのは無謀だから、まずはこの世界に馴染むことを優先しようと決めた。
 魔法が使えるはずなので練習したい。
 この世界の生活様式が知りたい。
 この世界の住人に会って話をしてみたい。
 動物は?
 植物は?
 自分でも驚くくらい「したい」という欲求が湧いてくる。
 あまりにも落ち着きがなさ過ぎて、まるで子どもみたいだ。

(そんなつもりはなかったけど、異世界転移に、実は興奮しているのかな)

 それともヤーオターオの加護の影響だろうか。
 心と体と魂の調和、安定。
 12歳の体に心が馴染もうとしているのなら抑えきれない好奇心にも説明がつく。
 
「……これから何が始まるのかな」

 行くべき先を見据える。
 12年も前に二度と会えなくなったはずの友人が神様になって現れ、自身が断罪されると知りながら救ってくれた。
 驚いて、動揺して、いまだって感情に振り回されそうになっているけれど、優一が守ってくれたこの人生――俺の、運命。

「俺にも価値があるって最初に教えてくれたのはゆう君だ」

 だから今度は俺の番。
 可能性があるなら何としてでも掴み取りたい。

「頑張るから……俺、今度こそしっかりと生きてみせるから……いつかもう一度、絶対に会おう、」――。
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