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第5章 マーへ大陸の陰謀

137.冒険者の性事情

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「――えっと、つまり……容赦がないということでしょうか」
「容赦……まぁそうね。そういう言い方もあるわね……」

 聞いた話を纏めてみたつもりが師匠セルリー的には不満足らしい。
 でも俺としては的確な表現だと思う。
 行為自体は地球のそれと変わらないけど、体力勝負の冒険者ゆえか、獣人ゆえかはともかく、全体的に激しめなのは判った。
 リーデン様の獣部分は角だけなので、そこまでじゃないと信じたい。
 そもそも経験がないから「魔力の濃度が重なるまで揺さぶられる」と言われてもいま一つ理解し切れないし、個人的にはお腹の子の種族によって妊娠期間が変わるという初耳の知識の方がよほど重要だった。産まれて来る子どもの大きさも様々で、地球人の出産に一番近いのは人族ヒューロン同士の間に子どもが産まれる場合だというのは理解し易い。それでも妊娠期間約半年だし、新生児の平均体重は平均2,000gだっていうから小さいのじゃないだろうか。
 イヌ科シアンネコ科シャの子は4ヶ月くらいの、1,000g。
 リス科エキュルイユだと約2カ月で800gくらい。モグラ科トープ師匠セルリーのお子さんもそのくらいだったそうだ。
 獣人族はものすごく小さく生まれて、生後半年くらいで人族ヒューロンの子を追い抜かし、あっという間に大きくなる。魔力の有無の差なんだろうけど、思ってもみなかった新しい知識にさっきまでの悩みをすっかり忘れて聞き入ってしまった。

「さすがに神様の子は前例がないから、妊娠したいと思ったら主神様に確認しなさい。あと、きちんと事情を話して見てもらえるお医者様を確保すること。ヒユナを鍛えるのもありだけど……ふふっ、私がもう少し若ければ取り上げてあげたのに」
「は、はい……」

 明け透けが過ぎる師匠に何とか応えるも、最初の言葉を繰り返す。

「さっきも言いましたけど、まだ儀式を受けてなくて……」
「私も言ったはずよ、冒険者を続けたいなら儀式を受けてしまいなさいって」
「でも、もし妊娠したら今後の計画に狂いが生じるじゃないですか」
「そのための『避妊薬』でしょ」
「それは……でも……」
「……あのね、レン」

 言われている内容は理解しても、体が作り変わることを決断し切れない。そんな思いを察してか師匠セルリーは幾分穏やかな声で話し始めた。

「男の体は、あくまで男なの。行為自体は可能でも本来そういうふうに出来ていない体のまま受け入れ続けていたら僧侶にも回復し切れない症状が残るものなのよ。魔力的な話ならもっと簡単ね」
「魔力的というのは……」
「体液には魔力が含まれるのだから深く接触すれば必ず相手の魔力が自分の魔力と混ざるわ。他人の魔力が混じった状態だといつもと感覚が変わってしまう。暴走するほど残ることは稀だけど、コントロールが出来なくて魔法の発動を失敗するとか、照明の魔石を壊したって話はよく聞く。そして、そういうのは大半がよ」
「それは……そっか」

 冒険者は体を張る仕事だ。
 体に残る些細な違和感が致命的なミスを誘発する事は、決してゼロではないだろう。
 体調なら僧侶に回復出来ると言っても、その治癒ソワンをいつでも受けられるのはごく少数だし、パーティメンバーでない僧侶に治療を頼めば高額なのは当たり前。
 ましてや僧侶は自分自身に回復魔法を使うことが出来ず、一つのパーティに二人以上の僧侶がいるなんてことはまずありえない。3つのパーティが合同で動いている現在が特殊なだけだ。
 幸いにも俺の場合は師匠セルリーのおかげで自分で調薬出来るけど。

「薬は効果が高いものほど価格が上がるし、ダンジョンに持ち込むにも限度があって当然」
「はい。容量が拡張されている鞄を持っていたって、食料や対魔物用のポーションを持ち込む方が重要です」
「ええ。となると?」
「となると……」

 男体同士の本番行為は、依頼中は我慢。
 ダンジョン攻略中は禁欲っていうのが絶対の規則になるわけだ。出来て擦り合う程度らしい……擦り合うってなに……。

「それって、男女や雄雌、女性同士の場合はどうなるんですか?」
「ほどほどに、ご自由に?」
「禁止ではないんですか」
「自重はするでしょうけど。だからパーティを組む時にちゃんと先々のことまで考えないと不和が生じて解散する羽目になるわね」
「……前例が」
「ありまくり」
「えぇ……」

 あっさりと言われて思わず引いてしまう。

「男体のままと、雌体だと、そんなに違うんですか?」
「全く違う。何せ女体・雌体はここに子宮があるもの」

 師匠セルリーはお腹の少し下に触れて教えてくれる。

「相手の魔力を全部此処に集めるから、魔力回路に影響はない。体調の悪化なんて筋肉痛程度で済むし、息子曰く感度がかなり上がるそうよ」
「っ……」

 ガタッ、と。
 思わず突っ伏してしまった俺に、師匠セルリーはカラカラと笑っている。

「師匠はどうしてそんなに詳しいんですか……」
「だって僧侶だもの。どれだけの患者を診て来たと思うの?」

 ふふって笑うのは70歳の大先輩。
 12歳から活動を始めたとして、60年近くも第一線にいたのならそりゃあいろいろな人を見て来ただろうと判る。

「そんなわけだから、パーティメンバーに迷惑を掛けまいと思うなら儀式を受けることを勧めるわ。主神様が、レンがダンジョンを攻略している間は常に我慢してくれるなら、しばらくの間は要らないお世話でしょうけど」
「うっ……」

 それは……どうだろう。
 本人に聞いてみないと判らない……ええ、判りません。判るかー!

「それから、銀級アルジョンダンジョンに行くのは番ってからにしなさいね。その方が無難だわ」
「え?」
銀級アルジョンダンジョンには柄が悪い連中が多いの。人族ヒューロンは鼻が利かないから厄介だけど、獣人は絶対に手を出してこなくなる。人口比から言って、獣人に効果があるだけでもかなり違うでしょう」
「……その話、聞いたことがあるような……」

 しばらく記憶を辿った後で思い出したのは、トゥルヌソルの銅級キュイヴルァダンジョンで遭遇した人族ヒューロンの4人組だ。
 クルトさんを泣かせたあの長髪!
 人族ヒューロンだから更に厄介だとバルトルさん達が言っていた。
 それが「獣人族ほど鼻が利かない」という意味だったことを今さら理解しながら師匠セルリーに話すと、彼女も「聞いたわ」と。

銅級キュイヴルァに性奴隷を連れ込んだんでしょ?」
「せいど……っ、もしかして足枷を付けた森人族エルフの美人さん達ですか?」
「たぶんそうね」

 購入した奴隷をどう扱うかは所有者の自由だが、普通は銅級キュイヴルァダンジョンに連れて行かない。階層が少ないし、基本的に駆け出しの銀級冒険者には奴隷を買うようなお金はないからだ。
 そして金級以上になれば金級オーァルダンジョンに出入り出来るようになるため稼ぎが段違いになるし、懐の余裕は性格にも影響するのか理性的な人が多い。自分のパーティの事はきちんと自分達で管理し、他のパーティに迷惑を掛けないよう努めるという常識を持ち合わせている、と。
 対して、世界で最も多いと言われる銀級冒険者達は様々だ。
 一心に上を目指している者達ならいいが、自分に金級は無理だと諦めモードに入ってしまった人達は些細な失敗一つでどこまでも堕ちていく。鬱憤を溜め込みながら銀級アルジョンダンジョンで魔石や素材を集めて日銭を稼ぎ、自分達を追い越そうとする後輩パーティがあれば八つ当たり。
 まるで無頼漢だ。

「レイナルド達が一緒ならちょっかいを掛けて来る奴らなんていないでしょうけど、しばらくはバルドルパーティと6人で行動するんでしょ?」
「ええ。金級冒険者になるまで……金級になったらバルドルパーティはレイナルドパーティに加わる予定です」
「だったらレンもだけど、クルトと、あの兄弟にも念のために注意するように言っておきなさい」
「兄弟……ウーガさんとドーガさんですか?」
「まだ若いでしょ。溜まってる連中には美味しく見られそうだわ」
「……待ってください、どういう注意ですか? えっ、ダンジョンの中での話ですよね?」
「そう。プラーントゥ大陸では法で罰せられるから聞かないけど、他所では間々あるのよ。見た目が好みだから一晩相手しろとか、パーティリーダーが「貸せ」って脅されるのも割と日常茶飯事ね」
「えぇぇ……」

 引く。
 でも同時に銅級キュイヴルァダンジョンでクルトさんを泣かせたあいつらが何を言おうとしていたのか察してイライラして来る。
 また会うような事があったら、もう絶対にクルトさんに近付けさせないからな!

「そんな連中が銀級アルジョンダンジョンに多いなら、女性は特に冒険者をし難そうですね」
「そうねぇ……そもそもダンジョンに挑む女性冒険者が少ないけど」
「危ないからじゃなく、ですか?」
「そう。ダンジョンの生活に耐えられる女性は稀だもの」
「あぁ……」

 数時間前のヒユナを思い出して苦笑い。
 自分達と同行するなら生活の問題だけは解決するだろう。

「悪い人達から身を守れる強さを身につけないといけませんね」
「……魔豹ゲパールを2、3頭連れていればいいと思うわよ」
「ーー」

 あっさりと問題が解決してしまいました……。

「いろいろと言ったけど、実際どうするかは主神様と相談なさい。あなたの性格じゃ主神様と致すたびに私やヒユナに痛みを取って欲しいとは言い難そうだし、避妊薬の発注だってしに来ないでしょ」
「それは……っ、自分で作れるなら、自分で……」
「判ってる、だからレシピを渡したの」

 師匠セルリーはくすくすと笑いながら俺が持ったままの紙の束を指差す。
 テーブルの上に置かれた薬はそれらの実物で、避妊薬、痛み止め、解熱剤。塗り薬タイプの筋肉弛緩剤と催淫効果を含んだ粘液が入った小瓶は、いわゆるローションで、もちろん使いどころは想像がつく。
 男体のまま行為に及ぶなら使いなさいってことだろう。
 それから媚薬、睡眠薬、痺れ薬。

「……このへんはそこはかとない犯罪臭がするんですが」
「使い方次第よ、だから未成年には禁止なのだし」

 なるほど、つまりこれも「伴う責任を自分が負えるかどうか」ってことだ。
 どれも薬師や錬金術師が作れるが、病院や薬局にのみ卸されていて一般の店売りはしていない。未成年の俺が調薬することで薬事法に引っ掛かるのでは……と不安になったが、成人後は独り立ちする職人が多いため師匠から弟子への継承ならば未成年の内でも問題ないそうだ。

「何事も一人で悩まず、必ず主神様と相談。いいわね」
「はい」
「レシピだけでどうにかなりそう? 心配なら最初は一緒に調薬するけど……というかあなたの部屋に器具はあるの?」
「部屋が一つ空いているので、そろそろ揃えようかなって思ってました。ちゃんとこっちで購入した器具で揃えないと作った薬を持ち出せない可能性があるので時間は掛かりそうですが……」
「どういうこと?」

 リーデン様から部屋には誰も入れないと言われているが、部屋の話をしてはいけないなんて言われていないし、俺の出自についても信頼出来る相手には明かして良いと言われているから、師匠セルリー相手にはものすごく楽に会話が出来る。
 それに師匠セルリー自身、呑み込みが早くて察しが良いのも助かる。

「つまりヒユナに言っていた快適な野営用テントって……」
「ですです」
「それは……レイナルド達が知った時にどんな反応をするか楽しみね」
「怒られないでしょうか」
「ふふっ、怒るわけないじゃない。最初は呆れたって、ますますレンを手放せなくなるだけよ」

 言い方……と思うも、師匠セルリーは楽しそうに笑っている。

「早く皆でプラーントゥ大陸の金級オーァルダンジョンに挑みたいわね」
「はいっ、それは、本当に思います。マーヘ大陸の件が落ち着いて、俺たちが金級になってからだと、まだしばらく掛かりますが……」

 何せまだ鉄級フェ―ルン3カ所と銅級キュイヴルァ1カ所を踏破しただけだ。
 大陸を渡り、鉄級フェ―ルンダンジョンはあと7カ所、銅級キュイヴルァを4カ所。それから銀級アルジョンも3カ所踏破しなければならない。
 金級冒険者までの道のりはまだまだ長い。

「マーヘの件は、バルドルの台詞じゃないけど大人に任せるのも一つの手よ」
「え……」
「実際はそうもいかないでしょうけど主神様の命令に背ける人なんてこの世界にはいないもの」
「それは……はい」
「あとはレン次第なんじゃない?」


 それからしばらくは師匠セルリーと談笑し、彼女と別れた後はまた悩んで、結局、神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻った。
 相談しなさい、って。
 師匠セルリーの言葉が何度も聞こえて来たからだ。
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