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第5章 マーへ大陸の陰謀

136.真面目な話

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 結果、暴露させられました。
 正確に言うと次の誕生日で成人だから、リーデン様に一週間ほど『扉』の向こう側から出してもらえない……かもしれない……と伝えたら皆に察せられて生暖かい目で見られたのだ。

「……主神様にも人の世の理……というか、未成年に手を出してはいけないという倫理観はお持ちなのか」

 モーガンさんがそんなことをしみじみ言ったりするから尚更である。
 ああああああ、なんたる羞恥プレイ!
 ツラい。
 恥ずか死ぬ!!
 体は未成年でも中身は27だもの、なおさらだ。
  バルドルパーティに話し、グランツェパーティに知られ、……この後はレイナルドパーティと皇帝陛下? ゆくゆくは世界中の人に……?

「うおおおぉぉぉ……」

 嫌だ。
 それはさすがに嫌ですリーデン様!

「何か解決策を考えないと……っ」

 ――と、考え始めたからって良案がすぐに思いつくはずもなく。
 夜7時。
 このまま神具『住居兼用移動車両』Ex.の部屋に戻ったら絶対にリーデン様にも八つ当たりしそうで、城内に用意された相変わらずの特別室、大きなベッドの上でゴロゴロと見悶えていた。

「はぁ……」

 顔が熱い。
 ベッドの天蓋を見上げながら、考える。リーデン様に倫理観があるかどうかはともかく、俺が成人まで待って欲しいと頼んだから待ってくれているのは確かだ。

「……ってことは俺の覚悟さえ決まれば別に今日からでも……いやいやいや」

 さすがに今日とか無理すぎる。
 それに覚悟ってなんだ、別に戦いに行くわけじゃないのに。
 ただ、少し、……ほんの少し。
 心の準備が必要なだけである。

「準備か……」

 呟いて、無意識に触れてしまうのは既に触れ合った事のある唇。
 最近は口や額、頬、瞼、髪の毛、鼻……と言った具合に顔中にキスをされるようになった。いまは少し照れるくらいで済むようになったけど最初はどうしたって身構えてしまった。
 地球で25年、こっちで2年半と少し。
 全くと言っていいほど経験のない俺が少しでも接触に慣れるよう考えてくれたんだと思う。

「リーデン様も経験なんて無いって言うけど絶対に嘘だよ」

 いつだって余裕綽々な顔で揶揄ってくるのだ、記憶が無いだけで昔はタラシだったに違いない。

「……別に過去のことはどうでもいい」

 ほんの少しムッとするだけだし、それより今は誕生日から一週間の休みをどうしたら回避出来るか、だ。そもそも誕生日からって決まったのは俺が「待って」と頼んだからなら、前倒しは可能では?
 それこそ各大陸のお偉いさん達が話し合いをしている間は、比較的自由行動が取れるはずだ。

「……なんで待って欲しいって思ったんだっけ……」

 少し考えて、体の未成熟が理由だと思い出す。
 精通が14の冬――1月だったし、毛の事はもういいとしても、そういうことをするなら大人になってからじゃなきゃダメだ、と。
 子どもと大人。
 判りやすい区切りが成人する誕生日だったからだ。

「15なんて……俺の感覚からしたらまだまだ子どもだけど」

 受験を控えた中学3年生だなぁなんて考えていたら、流れで一番イヤな思いをした中3の修学旅行を思い出してしまった。
 精通もまだなら体毛さえほとんどなく、しかもあの年ごろって卑猥な話題が一番盛り上がる。自分の恋愛対象が普通じゃないことを何となく察していた俺には盛り上がる同級生の輪に入ることがどうしても出来なくて。
 混ざって来ないのをどう思われたのか揶揄いの対象になってしまったんだ。

 ――……おまえ相手なら勃ちそー!
 ――……頼んでんのにヤラセてくんねぇの? いつも断わらないじゃん……

 そりゃあ「掃除代わって」だの「ノート見せて」くらいならいい。こんな自分でも役に立てるならと、バカみたいに躍起になっていた時期だ。
 だけどそういう同級生の欲望には嫌悪感しかなかったし、誰かをそういう目で見る事には拒否感と自己嫌悪が心の奥の方から湧き出す。
 迫って来た同級生の前で吐いたら、多少は反省させられたみたいだったけど。

「その後は変な事をして来るヤツもいなくなったし……」

 みんなに敬遠されたとも言えるけどね!
 いまだから笑い飛ばせるが当時は年齢相応に辛かったし、15歳になる少し前、初めて下着を汚して目覚めた朝に感じた絶望感はきっと一生忘れられないと思った。
 自分もああいう連中と同じだって思い知らされた気分だったからだ。

「高校じゃ女の子まで苦手になったしな……」

 伝えたわけでもない好意を気持ち悪いと拒否されて心が冷え、物を盗まれたり、陰口を叩かれるのにも慣れるしかなく、人気のない場所で「可哀想だから付き合ってあげる」なんて迫って来たギラついた瞳の先輩を思い出すと今でもゾッとする。
 自分には恋愛とか、そういう行為は、きっと一生縁がないのだと思うようになったのもその頃だ。
 だから勉強を、仕事を、頑張った。
 幼馴染との約束を守るために、努力することだけは諦めたくなかったし、誰かに生きていることを許されたかった。
 たまに言われる「ありがとう」で満足出来る、キレイな人間でいたかったんだ。

 それが、どうだろう。

 もう会えないと思っていた幼馴染は天界エデンの下級神になっていて、俺のために罪を犯して裁判中。俺がこの世界で天寿を全うし幸せになれば無罪放免になるという。

「ユーイチ……」

 最近はリーデン様が差し入れを持って行ってくれるようになったので、お菓子や、軽食なんかを作ることが増えた。
 美味しいって喜んでくれていると聞いて元気そうなことに安堵するが、そもそも俺のせいで捕まっている幼馴染のために俺自身が幸せになれとか、意味が解らない。
 そんな自分がリーデン様と何をするって?

「……はぁ……なんかもう、ぐるぐる悩んでばっかりいる自分が気持ち悪い……」

 一週間は部屋から出さないと宣言され、負担が掛かるから慣らしておいた方が良いと言われて触れられ、……まだそれ以上の事は何もないけども!
 パーティの皆からああいう反応をされれば、そりゃあ何をするかなんて判り切っている。
 それでも――。

「はあぁぁぁ……」

 頭をわしゃわしゃと掻き回して溜息を吐いた。
 と、聞こえて来たのは部屋の窓を叩く音。

「ん?」

 見ればメッセンジャーの魔の鴎ムエダグットが嘴で窓を叩いていたから、急いでベッドを下りた。
 速足に近付いて窓を開けると、勢いよく飛び込んで来る。

「待たせてゴメンね、ここどうぞ」

 腕を出すと、待ってましたとばかりに羽を休める魔の鴎ムエダグット
 ずいぶんと人間臭いなぁなんて思いつつ魔力を流せば、聞こえて来た声は師匠セルリーだった。




 それからしばらくして、見たことのない鞄を持って部屋に来た師匠セルリーは、部屋付きの侍女さんが温かい珈琲カッフィとお茶請けを準備して出て行くと、その鞄から幾つもの薬をテーブルの上に並べ始めた。

「なんですか、これ。見たことのない薬ばかりですけど……」
「レンが成人したら教えようと思っていた、未成年への使用は禁止されている類の薬ばかりだから」

 聞かされた内容にちょっと驚く。
 なるほどそういう薬もあるんだなぁと思っていたらバサリと差し出された紙の束。

「これがレシピ。使用方法や効能も一緒にメモしてあるから使う前に確認しなさい」
「はい、……でも未成年禁止なのにいいんですか?」
「本当の未成年ならさすがに渡さないけど、中身はいい大人でしょ。使うことの危険性や、伴う責任を自分が負えるかどうかの判断が付くなら問題ないわ」
「――……そっか、大人ってそういう……」
「え?」
「いえ。目から鱗……えっと、目が覚めた気分です」

 師匠セルリーは怪訝そうに眉を寄せたけど、俺は感謝したい気持ちで笑い返した。

「まぁいいわ。それから、これ」

 気を取り直した師匠セルリーは水色の液体が入った10センチくらいの細い小瓶を押し出す。

「レシピは……7枚目だったかしら。一般的にはその配合で間違いないけど、あなたが服用する場合には念のために主神様に確認してもらいなさい。レンは魔力より神力が多いみたいだから、レシピ通りだと効果が無い可能性があるわ」
「俺が服用するんですか?」
「じゃないならいま持ってこないわよ。服用するのは主神様でも良いけれど」
「??」

 よく判らないまま、指定された7枚目のレシピを確認して、……驚いた。

「え……師匠っ⁈」
「なによ」
「なにじゃないですよ、これ『避妊薬』って……なんで俺が必要なんですか!」
「一週間も巣ごもりするんでしょう? 必要な薬の常備は基本中の基本だと教えたはずだけど」
「そ、それは異論ありませんけど避に……っ、あの、俺はまだ『雌雄別の儀』は受けてなくてっ」
「冒険者を続けたいなら早々に儀式を受けた方が身のためね」
「えっ」

 驚いたら、師匠セルリーも驚いた顔で見返してくる。
 そんなにおかしな反応をしただろうか。

「主神様から何も聞いていないの?」
「聞いてないわけでは……儀式を受けるかどうかは俺に任せると。少なくとも獄鬼ヘルネルをどうにかするまでは、子どもは……えっと……」

 リーデン様と話した感じや、ロテュスの常識では、15歳で結婚して子どもを授かるのはごく普通のことみたいだけど、俺からするとやっぱり早過ぎる。
 そう伝えるべきか迷っていたら、師匠セルリーは困った子を見るような目になった。

「レン。まさかと思うけどパートナーとの行為がどんなものか知らないわけではないわね?」
「そ、それは……」

 知っていると思うがあくまで地球の知識だし、それだって極力考えないようにしていたから充分ではない……かもしれない。こっちの世界のこととなれば猶更だ。
 そう考えて返答に詰まってしまったら、それに気付いた師匠セルリーは「この年齢になって子どもに性教育するとは思わなかったわ」と苦笑い。
 旦那さんと10年以上前に死別した師匠セルリーには3人のお子さんがいて、全員がグロット大陸に住んでいるのだが、その内の一人が儀式を受けて雌体になった息子さんなんだって。
 薬の品揃えが完璧なのも頷ける。

 そういう理由もあって、急遽行われた1時間弱の授業で得た知識はとても貴重で、自分に必要と思われる部分を的確に補えた気がした。
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