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第5章 マーへ大陸の陰謀
135.2カ月後
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それからの約2カ月は、いわゆる根回しの時間だった。
獄鬼がどうこう以前の、一大陸の頂点に立つ獣人族の王が獄鬼と手を組んで世界を手に入れようとしている。
であれば前に出るべくは僧侶ではなく、大陸を代表する王だ。
オセアン大陸の皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メールはレイナルド達と共にキクノ大陸、そしてギァリッグ大陸へ。
プラーントゥ大陸リシーゾン国の王は、国に戻った大臣さん達と共にインセクツ大陸、その後にグロット大陸へ渡った。
メッセンジャーの術式を加工出来る文官さんを4名、獄鬼除けが作れる技師を2名ずつ連れており、出発する順番に20枚の薄切りにした『主神様の角』を持っていってもらった。
各大陸で10個ずつ所有出来る予定だ。
何せ一ヵ所で所持出来るのは20個分が限界なので、いつか俺が実際にお邪魔した時に追加でをお渡ししたいと伝えてもらう事になっている。
そして余談だが、俺の預金口座の額がひどいことになっている。メッセンジャーもそうだけど獄鬼除けの価格がびっくりだったからだ。
素材代はリーデン様のものではと思ったんだけど、本人に拒否されてしまった。
いつかまた新しい神具が作りたくなったら開発費用に充てたら良いんだって。……それでいいのか大神様。
一方の俺たちはと言えば、船がなくなったので陛下から小型の船を借り、バルドルさんの操縦で海を移動しながら鉄級ダンジョンを攻略。
金級ダンジョンに挑むのかと思われたグランツェパーティは、ヒユナさんを金級冒険者に昇級させることを優先して銀級ダンジョンを攻略。それが彼女にとって3か所目の銀級だったようで、12月の後半には無事に金級のネームタグを入手していた。
師匠とエレインちゃんは、帝都ラックのお城で快適に生活中。たまに遣り取りするメッセンジャーによれば帝都の雰囲気もとてもよく、エレインちゃんは陛下の娘さんと友達になったそうだ。ダンスやマナーのレッスンを一緒に受けたりもしていて「貴族と結婚しても問題ないくらい優秀だ」と褒められたことを報告しお父さんの顔を青くさせたらしい。
親バカというか、娘さんが好きすぎるグランツェさんの反応が面白かった。
グランツェパーティが銀級ダンジョンを踏破する間に俺たちが鉄級ダンジョンを2カ所踏破出来たのは、もちろん階層の数や難易度も理由の一つだけど、やはり移動時間を入れても余りある心の余裕をくれる神具『野営用テント』の存在が大きくて……。
12月27日。
帝都ラックに戻り、お城で用意された談話室で皆と感想っぽいことを言い合っていた時だ。
「ダンジョンでのご飯が……せめてお風呂が……」
ヒユナさんがぐったりした顔で言うのを、モーガンさんが慰めていた。
「今回は次の予定があるから結構な強行軍だったしね。ヒユナは頑張ったよ」
「モーガンさん~~っ」
男性だけど雌体で、エレインちゃんのお母さんでもあるモーガンさんは、野営時はヒユナさんと同じテントを使っているそうだ。そんな二人の会話を聞いていると、こう、何とも言えない罪悪感が。
「グランツェパーティは金級ダンジョンをあと3カ所踏破したら白金に昇級するんですよね?」
「ああ」
「ヒユナさんは今回が3カ所目の銀級ダンジョンだったなら、次の目標は銀級を17カ所と金級を3カ所ですか?」
「ううん、金級を5カ所。私がこのチームに参加したのは3年前だから……」
エレインちゃんが生まれたことでダンジョンから離れたグランツェパーティが、トゥルヌソルの金級冒険者として定住してもらうために冒険者ギルドから紹介された僧侶がヒユナだったそうだ。
「じゃあ、俺たちが金級に上がった後は、一緒に攻略していきませんか? その……ご飯は俺が準備しますし、野営も、きっと……快適なので」
「レンくんのご飯は美味しいよ!」
「野営用のテントも、確かに快適だな」
クルトさんとバルドルさんも、俺と同じ心境で頷いているが、一方でウーガさんが難しい顔。
「でもうちのパーティは男ばっかりだしヒユナが落ち着かないんじゃない?」
「あ……」
言われてみればその通りで、男ばかり6人のチームに女性1人は心細いに違いない。
と、思ったら。
「落ち着かない事はない、かな? だってレンくんとクルトさんが一緒でしょ?」
うん?
クルトさんも驚いて目を瞬いている。
「俺?」
「え……だって……」
ちらとヒユナさんの視線が移動した先には、バルドルさん。
バレバレじゃないですか。
正式に付き合ったとか、そういう報告はまだ聞いていないのだが、モーガンさんもそう思っていたらしい。
「レンとクルトが一緒ならうちの僧侶を預けるのに不安はないよ。ご飯が美味しいのも判る……けど、快適なテントっていうのは?」
「……うちには秘密道具がありまして?」
真っ赤になっているクルトさんと、咳払いしているバルドルさんは放っておいて、そんなふうに返してみる。
モーガンさんは意味深に微笑んだ。
「秘密道具?」
「はい、秘密道具です」
「快適なテント」
「それはもう」
「ヒユナの分も?」
「もちろんです。ダンジョン踏破に同行する全員分。……だよなレン?」
「ですです」
エニスさん、ウーガさん、ドーガさんと一緒にこくこく頷く。
俺達6人と師匠、レイナルドパーティ5人、グランツェパーティ5人の合計17名は既に登録済みなので、一緒にダンジョンを攻略しようと決まったならすぐに部屋が完成する。
「そう……それは、一緒に踏破する日が楽しみだよ」
「あはは~」
モーガンさんは、特に怒っている感じはしなかったけど、底知れない何かにゾクッとする。
何度も神具『野営用テント』の有難味をバルドルさんたちから語られているので、水が自由に使える事、シャワー・トイレが完備されていること、ふかふかのベッドで寝られること――ダンジョンの中でも文明的な生活が継続出来る幸せは判ったつもりだったけど、まだまだ理解が浅かったかもしれない。
グランツェパーティ、レイナルドパーティと一緒にダンジョンに挑むのはいつくらいになるのかな。
俺達が銀級ダンジョンに挑戦中は難しいかな……と、そんなことを考えていたら、モーガンさん。
「ヒユナが行きたいならいつでもレンたちと行っておいでと言いたいところだが、そろそろ上の方から次の指示があるだろうし、しばらくは先かな」
「ですねぇ」
そうだった。
1週間前にトル国とパエ国の国境沿いにある鉄級ダンジョンを踏破して、帝都の師匠にメッセンジャーを送ったところ、そろそろ戻って欲しいという返事があったから俺達は城に集合しているんだ。
そして昨日、明日には帝都の港に陛下とレイナルドさん達が戻るというメッセンジャーが届いたのだ。
「……マーヘ大陸に攻め入ることになるんでしょうか」
「どうかな。あちらが話合いに応じるならそんな必要はないだろうし、話合いにならないなら戦だろうね」
捕らえた獄鬼らから話を聞く限り、マーヘ大陸で権力を握っているカンヨン国の王は獄鬼に憑かれていない。
あくまで人間を憎悪し、人族を、そして彼らに近い姿形の獣人族を見下している人だ。
「こちらはレンのおかげで獄鬼に好き勝手させずに済む魔導具を用意出来た。それを知った上でカンヨン国の王がどう対応するつもりなのか」
「そうですね……」
「つーか、レン。おまえは未成年なんだし戦場に出向かなくていいぞ?」
「えっ」
唐突なバルドルの言葉に驚いて振り返る。
彼は当たり前みたいな顔をしていた。
「クルトさんやバルドルさんが行くのに、俺だけ留守番させるつもりですか?」
「ダンジョンとは話が違うからな。敵は獄鬼や魔物じゃなく、人だ。ただでさえ血が流れるのが苦手なんだから無理する必要はない」
「皆が怪我するかもしれないのに傍を離れられるわけないじゃないですかっ、なんのための僧侶だと思ってるんですか!」
「けど――」
「けどもでももありませんっ。確かに血が流れるのも誰かが死ぬのもイヤですけど、だったら俺が敵味方関係なく片っ端から癒しますし、死にたいなら俺の見えないところでやればいいんです!」
「ンな滅茶苦茶な……」
「滅茶苦茶でもなんでも……だって死にたくて戦争する人なんていないでしょう……⁈」
戦争なんて縁遠過ぎて想像もつかないけど、戦争を決めた偉い人なんて一番安全な場所から動かないのが定石だし、前線に立つ人達が命じられたら逆らえない階級の人なのは異世界だって変わらないと思う。
それでなくたって、マーヘ大陸からオセアン大陸に侵入して暗躍していた人達のほとんどがあちらで虐げられていた獣人族だった。
中には嬉々として陥れようとしていた人もいたけど、大半は「見た目が人間に近い」ただそれだけの理由で命や家族の安全を脅かされ従うしかなかった人たちだったのだ。
「ここまで関わって、血が怖いから留守番しますなんて絶対に言いませんからね!」
ふんぬぅ!
鼻を鳴らして言い切ったら、バルドルさんは気圧された感じに黙ってしまったけど、しばらくして深く深く溜息を吐いた。
「あのな……だっておまえ、2月に休みが必要だって言っていただろう」
「は?」
「いつ始まるかもまだ不透明なマーヘとの戦争に、ヘタに参加したら戻れなくなるぞ? 俺らに主神様の怒りを買えとは、さすがのおまえだって言わないだろう」
「――……はっ⁈」
わ・す・れ・て・た。
「誕生日……っ」
「え?」
俺とバルドルさんの遣り取りを黙って聞いていた面々が、唐突な変化に戸惑い気味に声を上げる。事情を知っているのはバルドルパーティとクルトさんだけだ。
「レンの誕生日がどうかしたのか?」とモーガンさん。
「主神様の怒り? えっ、どういうこと⁇」とヒユナさん。
なんだなんだって、少し離れて談笑していたグランツェさん達もこっちに気付いて、とてつもなく恥ずかしくなって来た!
「ちょっ、あの……っ、バルドルさんの嘘つき! あの場だけの話にするって言ってくれたのに!」
「鉄級や銅級ダンジョンを巡っているだけなら秘密に出来るが、戦争に関わろうとするなら黙っておけないだろう」
「それはそうですけども!」
判ってる。
こんなの完全な八つ当たりだ、それを忘れていた俺がバカだった。
「レン」
「はいっ」
重々しい口調で呼びかけて来たのはグランツェさん。
レイナルドさん達がいない間は俺達のリーダーだ。
「恐らく上の連中は対獄鬼戦において君の浄化を利用しようとしてくるのは間違いない」
「ですね……」
俺が幹部でもそうすると思う。
被害を可能な限り少なくするためにも有益な手段を使わないなんて選択肢は存在しない。
「だが主神様が関わって来るなら話は別だよ。……君の誕生日が、どうしたって?」
「っ……」
待って欲しい。
いや、本当に、報連相大事。
判ってる。
けど!
なんでエッ……えっちぃことしますって話を周知しなきゃいけないんでしょうか⁈
獄鬼がどうこう以前の、一大陸の頂点に立つ獣人族の王が獄鬼と手を組んで世界を手に入れようとしている。
であれば前に出るべくは僧侶ではなく、大陸を代表する王だ。
オセアン大陸の皇帝マルシャル・ヌダム・ラファエリ・メールはレイナルド達と共にキクノ大陸、そしてギァリッグ大陸へ。
プラーントゥ大陸リシーゾン国の王は、国に戻った大臣さん達と共にインセクツ大陸、その後にグロット大陸へ渡った。
メッセンジャーの術式を加工出来る文官さんを4名、獄鬼除けが作れる技師を2名ずつ連れており、出発する順番に20枚の薄切りにした『主神様の角』を持っていってもらった。
各大陸で10個ずつ所有出来る予定だ。
何せ一ヵ所で所持出来るのは20個分が限界なので、いつか俺が実際にお邪魔した時に追加でをお渡ししたいと伝えてもらう事になっている。
そして余談だが、俺の預金口座の額がひどいことになっている。メッセンジャーもそうだけど獄鬼除けの価格がびっくりだったからだ。
素材代はリーデン様のものではと思ったんだけど、本人に拒否されてしまった。
いつかまた新しい神具が作りたくなったら開発費用に充てたら良いんだって。……それでいいのか大神様。
一方の俺たちはと言えば、船がなくなったので陛下から小型の船を借り、バルドルさんの操縦で海を移動しながら鉄級ダンジョンを攻略。
金級ダンジョンに挑むのかと思われたグランツェパーティは、ヒユナさんを金級冒険者に昇級させることを優先して銀級ダンジョンを攻略。それが彼女にとって3か所目の銀級だったようで、12月の後半には無事に金級のネームタグを入手していた。
師匠とエレインちゃんは、帝都ラックのお城で快適に生活中。たまに遣り取りするメッセンジャーによれば帝都の雰囲気もとてもよく、エレインちゃんは陛下の娘さんと友達になったそうだ。ダンスやマナーのレッスンを一緒に受けたりもしていて「貴族と結婚しても問題ないくらい優秀だ」と褒められたことを報告しお父さんの顔を青くさせたらしい。
親バカというか、娘さんが好きすぎるグランツェさんの反応が面白かった。
グランツェパーティが銀級ダンジョンを踏破する間に俺たちが鉄級ダンジョンを2カ所踏破出来たのは、もちろん階層の数や難易度も理由の一つだけど、やはり移動時間を入れても余りある心の余裕をくれる神具『野営用テント』の存在が大きくて……。
12月27日。
帝都ラックに戻り、お城で用意された談話室で皆と感想っぽいことを言い合っていた時だ。
「ダンジョンでのご飯が……せめてお風呂が……」
ヒユナさんがぐったりした顔で言うのを、モーガンさんが慰めていた。
「今回は次の予定があるから結構な強行軍だったしね。ヒユナは頑張ったよ」
「モーガンさん~~っ」
男性だけど雌体で、エレインちゃんのお母さんでもあるモーガンさんは、野営時はヒユナさんと同じテントを使っているそうだ。そんな二人の会話を聞いていると、こう、何とも言えない罪悪感が。
「グランツェパーティは金級ダンジョンをあと3カ所踏破したら白金に昇級するんですよね?」
「ああ」
「ヒユナさんは今回が3カ所目の銀級ダンジョンだったなら、次の目標は銀級を17カ所と金級を3カ所ですか?」
「ううん、金級を5カ所。私がこのチームに参加したのは3年前だから……」
エレインちゃんが生まれたことでダンジョンから離れたグランツェパーティが、トゥルヌソルの金級冒険者として定住してもらうために冒険者ギルドから紹介された僧侶がヒユナだったそうだ。
「じゃあ、俺たちが金級に上がった後は、一緒に攻略していきませんか? その……ご飯は俺が準備しますし、野営も、きっと……快適なので」
「レンくんのご飯は美味しいよ!」
「野営用のテントも、確かに快適だな」
クルトさんとバルドルさんも、俺と同じ心境で頷いているが、一方でウーガさんが難しい顔。
「でもうちのパーティは男ばっかりだしヒユナが落ち着かないんじゃない?」
「あ……」
言われてみればその通りで、男ばかり6人のチームに女性1人は心細いに違いない。
と、思ったら。
「落ち着かない事はない、かな? だってレンくんとクルトさんが一緒でしょ?」
うん?
クルトさんも驚いて目を瞬いている。
「俺?」
「え……だって……」
ちらとヒユナさんの視線が移動した先には、バルドルさん。
バレバレじゃないですか。
正式に付き合ったとか、そういう報告はまだ聞いていないのだが、モーガンさんもそう思っていたらしい。
「レンとクルトが一緒ならうちの僧侶を預けるのに不安はないよ。ご飯が美味しいのも判る……けど、快適なテントっていうのは?」
「……うちには秘密道具がありまして?」
真っ赤になっているクルトさんと、咳払いしているバルドルさんは放っておいて、そんなふうに返してみる。
モーガンさんは意味深に微笑んだ。
「秘密道具?」
「はい、秘密道具です」
「快適なテント」
「それはもう」
「ヒユナの分も?」
「もちろんです。ダンジョン踏破に同行する全員分。……だよなレン?」
「ですです」
エニスさん、ウーガさん、ドーガさんと一緒にこくこく頷く。
俺達6人と師匠、レイナルドパーティ5人、グランツェパーティ5人の合計17名は既に登録済みなので、一緒にダンジョンを攻略しようと決まったならすぐに部屋が完成する。
「そう……それは、一緒に踏破する日が楽しみだよ」
「あはは~」
モーガンさんは、特に怒っている感じはしなかったけど、底知れない何かにゾクッとする。
何度も神具『野営用テント』の有難味をバルドルさんたちから語られているので、水が自由に使える事、シャワー・トイレが完備されていること、ふかふかのベッドで寝られること――ダンジョンの中でも文明的な生活が継続出来る幸せは判ったつもりだったけど、まだまだ理解が浅かったかもしれない。
グランツェパーティ、レイナルドパーティと一緒にダンジョンに挑むのはいつくらいになるのかな。
俺達が銀級ダンジョンに挑戦中は難しいかな……と、そんなことを考えていたら、モーガンさん。
「ヒユナが行きたいならいつでもレンたちと行っておいでと言いたいところだが、そろそろ上の方から次の指示があるだろうし、しばらくは先かな」
「ですねぇ」
そうだった。
1週間前にトル国とパエ国の国境沿いにある鉄級ダンジョンを踏破して、帝都の師匠にメッセンジャーを送ったところ、そろそろ戻って欲しいという返事があったから俺達は城に集合しているんだ。
そして昨日、明日には帝都の港に陛下とレイナルドさん達が戻るというメッセンジャーが届いたのだ。
「……マーヘ大陸に攻め入ることになるんでしょうか」
「どうかな。あちらが話合いに応じるならそんな必要はないだろうし、話合いにならないなら戦だろうね」
捕らえた獄鬼らから話を聞く限り、マーヘ大陸で権力を握っているカンヨン国の王は獄鬼に憑かれていない。
あくまで人間を憎悪し、人族を、そして彼らに近い姿形の獣人族を見下している人だ。
「こちらはレンのおかげで獄鬼に好き勝手させずに済む魔導具を用意出来た。それを知った上でカンヨン国の王がどう対応するつもりなのか」
「そうですね……」
「つーか、レン。おまえは未成年なんだし戦場に出向かなくていいぞ?」
「えっ」
唐突なバルドルの言葉に驚いて振り返る。
彼は当たり前みたいな顔をしていた。
「クルトさんやバルドルさんが行くのに、俺だけ留守番させるつもりですか?」
「ダンジョンとは話が違うからな。敵は獄鬼や魔物じゃなく、人だ。ただでさえ血が流れるのが苦手なんだから無理する必要はない」
「皆が怪我するかもしれないのに傍を離れられるわけないじゃないですかっ、なんのための僧侶だと思ってるんですか!」
「けど――」
「けどもでももありませんっ。確かに血が流れるのも誰かが死ぬのもイヤですけど、だったら俺が敵味方関係なく片っ端から癒しますし、死にたいなら俺の見えないところでやればいいんです!」
「ンな滅茶苦茶な……」
「滅茶苦茶でもなんでも……だって死にたくて戦争する人なんていないでしょう……⁈」
戦争なんて縁遠過ぎて想像もつかないけど、戦争を決めた偉い人なんて一番安全な場所から動かないのが定石だし、前線に立つ人達が命じられたら逆らえない階級の人なのは異世界だって変わらないと思う。
それでなくたって、マーヘ大陸からオセアン大陸に侵入して暗躍していた人達のほとんどがあちらで虐げられていた獣人族だった。
中には嬉々として陥れようとしていた人もいたけど、大半は「見た目が人間に近い」ただそれだけの理由で命や家族の安全を脅かされ従うしかなかった人たちだったのだ。
「ここまで関わって、血が怖いから留守番しますなんて絶対に言いませんからね!」
ふんぬぅ!
鼻を鳴らして言い切ったら、バルドルさんは気圧された感じに黙ってしまったけど、しばらくして深く深く溜息を吐いた。
「あのな……だっておまえ、2月に休みが必要だって言っていただろう」
「は?」
「いつ始まるかもまだ不透明なマーヘとの戦争に、ヘタに参加したら戻れなくなるぞ? 俺らに主神様の怒りを買えとは、さすがのおまえだって言わないだろう」
「――……はっ⁈」
わ・す・れ・て・た。
「誕生日……っ」
「え?」
俺とバルドルさんの遣り取りを黙って聞いていた面々が、唐突な変化に戸惑い気味に声を上げる。事情を知っているのはバルドルパーティとクルトさんだけだ。
「レンの誕生日がどうかしたのか?」とモーガンさん。
「主神様の怒り? えっ、どういうこと⁇」とヒユナさん。
なんだなんだって、少し離れて談笑していたグランツェさん達もこっちに気付いて、とてつもなく恥ずかしくなって来た!
「ちょっ、あの……っ、バルドルさんの嘘つき! あの場だけの話にするって言ってくれたのに!」
「鉄級や銅級ダンジョンを巡っているだけなら秘密に出来るが、戦争に関わろうとするなら黙っておけないだろう」
「それはそうですけども!」
判ってる。
こんなの完全な八つ当たりだ、それを忘れていた俺がバカだった。
「レン」
「はいっ」
重々しい口調で呼びかけて来たのはグランツェさん。
レイナルドさん達がいない間は俺達のリーダーだ。
「恐らく上の連中は対獄鬼戦において君の浄化を利用しようとしてくるのは間違いない」
「ですね……」
俺が幹部でもそうすると思う。
被害を可能な限り少なくするためにも有益な手段を使わないなんて選択肢は存在しない。
「だが主神様が関わって来るなら話は別だよ。……君の誕生日が、どうしたって?」
「っ……」
待って欲しい。
いや、本当に、報連相大事。
判ってる。
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なんでエッ……えっちぃことしますって話を周知しなきゃいけないんでしょうか⁈
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