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第5章 マーへ大陸の陰謀
145.『ソワサント』(3)
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普通の武器では攻撃の効かなかった赤いアライグマの相手をするために魔力を使い切ったエニスとウーガが、魔力回復薬を飲んだ後で芝生の上に寝転がっている。
春の陽気と相まってとても心地よさそうだが、そのすぐ傍では10頭以上の赤いアライグマを解体中。魔物は血こそ吹き出さないけど臓物は普通にあるのでかなりグロい光景だ。
「ラトンラヴルは見た目は可愛い気がしないでもないけど……魔豹もいるし、わざわざ仲間にする必要はないかな……」
「だね」
「じゃあこの魔石は全部ギルドに売るぞ」
「はーい」
肉は筋張っていて美味しくないというので、防具の素材として重宝される毛皮と、武器に加工される爪、それから魔石を回収したら後は纏めて火魔法で焼却する。
15匹討伐したのはうちのチームだが、解体に協力してもらったのと、発見者なので、2匹分はそちら……リーダーの名前はフレデリックさんのパーティに渡すことにした。
それから、少し早いが救助した責任もあるため今夜は此処で野営する事になった。
命の危険さえある重傷だった二人は師匠直伝の薬で癒えているが、テントに運ばれた現在も未だ目を覚ましていない。しかもうちのエニスさんとウーガさんも薬で魔力は回復したけど全身がキリキリと痛むらしいのだ。レイナルドさん曰く「魔力回路が筋肉痛を起こしたと思えばいい、少し休めば大丈夫だ」と。
それなら、ね。
俺はブローチを外して神力を流し、3、2、1、ボンッ。
フレデリックパーティの皆さんが目をぱちくりして驚いていたけれど金級冒険者の二人が「ダンジョンで手に入れたレアテントだ」と言ったら一応納得したっぽい。
今日はカモフラージュに女性用テントも組み立て、外で調理するための準備を始める……と、その前に。
「エニスさん、ウーガさん、部屋で休みますか? 動くなら肩を貸しますが」
「いや……もう少ししたら落ち着きそうだからこのままでいいよ」
「同じくぅ」
芝生に仰向けで横たわっている二人が苦笑しながら言う。
うん、顔色も戻ってきたかな。
「じゃあ、魔豹を一頭傍に置いていますから、何かあれば指示してください」
「ありがとー、ふあぁもっふもふ……」
最初は魔物のふわふわ具合を満喫する俺にドン引きしていたこっちの世界の人たちだけど、近頃はウーガさんが一緒に堪能してくれるようになった。
クルトさんも、さりげなく可愛がっている。
ペットという概念がないせいか、大っぴらに可愛がると浮気っぽく感じられるらしく、バルドルさんなんてクルトさんがちょっと魔豹の頭を撫でるだけで怖い顔になる。そういう点で、俺の感覚を尊重してくれるリーデン様はとても素敵だと思う。
魔豹を抱き枕にして顔を埋めているウーガさんに、どこか安心したっぽいエニスさん。俺は魔豹に魔力を足して急に消えないようにしてから夕飯の準備に取り掛かった。
焚火を3つ設け、三脚に金網を乗せて即席の調理台が完成。
更にクランハウスの倉庫から持ってきた折り畳み式のテーブルを二台並べ、下拵え済みの野菜や肉、食器、味付け用の香辛料を並べたら、水魔法が使えるアッシュさんに鍋に水を注いでもらう。
いつもなら神具『野営用テント』の水道から水を出せるのでちょっと変な気分だ。
ともあれ今日は誤魔化し易いシンプルなスープと肉料理、それからサラダ、パン。
「フライパンでパンですか……?」
そう声を掛けて来たのは、夕飯を一緒に食べることにしたフレデリックパーティの魔法使いロジェくんだ。
パーティの最年少だろう彼は、たぶんまだ10代。とても興味深そうに俺の手元を見つめている。
「生地を準備するのは手間ですけどこうしてフライパンに敷き詰めて焼くだけです」
もちろんこの生地も、いま彼らの目の前で捏ねたものだ。
「ダンジョンに小麦を……?」
「パンだと消費期限があるでしょう? 粉の期限の方が長いし、母張らないからオススメです!」
「へぇ……、あ、あの、お手伝いをしに来たんですが……」
「じゃあスープが沸騰しないように見ていてもらってもいいですか? 火が強いと思ったらこうして縄を引いて鍋の位置を火から離したりするんです」
「判りました」
そうこうしている間に木の実や枝を集めに行っていたレイナルドさん、クルトさん、それからフレデリックパーティの剣士シャルルさんとルイさんが両腕にいろいろ抱えて戻って来た。
一方、複数のテントが並んだ中心地で難しい顔で話し込んでいるのがバルドルさん、ドーガさんと、フレデリックさんだ。
難しい顔を突き合わせた彼らの話は夕飯の準備が終わるまで続いていた。
銀級ダンジョンに挑戦する冒険者は、そのほとんどが銀級冒険者だ。
銀級から金級に上がるには銀級ダンジョンを3カ所、金級から白金に上がるためには20か所の踏破が必要なことを考えるとここには金級冒険者も多いように思われるが、金級冒険者になり、金級ダンジョンに入場できるようになった立場で銀級ダンジョンに戻る者はほとんどいない。
更に上を目指すなら金級冒険者になる前に20か所以上の銀級ダンジョンを踏破するし、金級で満足するなら金級ダンジョンで稼ぐ。
それが一般的だからだ。
その例に漏れず、グランツェパーティは銀級時代に24カ所。レイナルドパーティは31カ所の銀級ダンジョンを踏破済みだ。
と、こういった事情もあるからレイナルドさんは同行しているにも関わらずダンジョン内の指揮権をバルドルさんに委ねている。
あくまでも保護者というか、見守る側に徹するつもりなのだ。
「改めて、このパーティのリーダーをしているフレデリックだ」
夕飯の席で、まず最初に語られたのは名前。
リーダーで剣士のフレデリックさん。
魔法使いのロジェさん。
剣士のシャルルさん。
同じく剣士のルイさん。
テントの中で眠り続ける、俺が癒した盾士の彼はステファンさん。もう一人の彼はやはり斥候で、名前はミカエルさん。
こちらもそれぞれに自己紹介し、最後にうちのリーダー、バルドルさんが決定事項として伝えたのはーー。
「第20階層に到達するまで同行することになった。2、3日はそのつもりで頼む。特にレンには負担が掛かると思うが」
「問題ないです」
バルドルさんが言う俺の負担は食事・弁当の準備のことだろう。
全員で踏破するときには17人の団体行動になることを思えば6人増えるくらい大したことじゃない。
気になると言うなら、うちのエニスさんとウーガさんは復活したのに、あちらの怪我人だった二人がいまだ眠ったままだと言う点だ。
「20階で地上に戻る。世話になるが、よろしく頼む」
「はい」
「じゃあ、せっかくの飯が冷めるし食うか」
「そうしよう」
というわけでーー。
「「「いただきます」」」
ついうっかり、すっかりうちのチームの習慣になってしまったそれに、フレデリックパーティの皆さんが虚をつかれたような顔になっていた。
うちの食事は、一言で言えば大絶賛だった。
フレデリックパーティは第10階層からここまで既に8日もダンジョンで過ごしているためまともな食事自体が久々だ、とも。
「フライパンでパンを焼くと聞いた時には驚きましたが、とても美味しいです」
魔法使いのロジェさんは目を輝かせながら柔らかなパンを口いっぱいに頬張って仲間の人たちをほんわかさせていた。
それから話題はいろいろと変わっていったが、俺が顕現させた魔豹もそのうちの一つだ。
「魔豹は俺たちの国にもいるが、仲間になるとあんなにも頼もしいのだな」
「主が僧侶の彼だというのには驚いたが」
「うちでは魔法使いのロジェにしか顕現出来ないもんな。僧侶にそこまで魔力があるとは……頼り甲斐があるな」
「ああ」
「僧侶としても優秀だしな」
フレデリック、シャルル、ルイの言葉に、バルドルさんとレイナルドさんが苦笑い。よその人相手に規格外とは言えませんもんね。
「おかげで仲間が助かった」
「お役に立てて良かったです」
「外に出たらきちんと礼をさせてもらうよ。ダンジョンの外ならどこで会えるかな」
「えーっと……」
「冒険者ギルドに預けてもらえばいい、俺たちは次々とダンジョンに挑む予定なのでどこにいるか判らないからな」
「ですね!」
「そうか……」
「あの薬も素晴らしい効果だったが、どこで買い求めたんだい?」
「え、っと……」
「故郷の薬屋だよな」
「そう、です。はい」
俺が作ったと知っているレイナルドさんがそう言うなら、そうだ。
「故郷はどこだい? オセアンやキクノではなさそうだし……プラーントゥ大陸かな?」
「ええ」
「拠点はトゥルヌソルだ」
「そうか、トゥルヌソルのうわさは近頃よく聞くな。なんでも、とても優秀な僧侶が複数いるとか」
「ああ。おかげで獄鬼の被害は減ったな」
「羨ましいね」
……なんだろう。
みんな顔は笑っているのに目が笑っていない。
話している内容なんて最近は知れ渡っているだろう内容ばかりなのに、俺の情報を隠したい身内と、話をしたがるお客さん側で殺伐とした雰囲気が否めない。
こっちは魔物に襲われ、怪我をして危険だったところを助けただけなのに……って思うと、個人的な彼らへの心証はだんだん悪くなってくる。
「アッシュさん、後片付けを手伝ってもらっても良いですか?」
「もちろん」
「俺も手伝うよ」とクルトさん。
「なら私も……」
スッと立ち上がりかけた魔法使いのロジェくんを、エニスさんが止める。
「レンは料理だけじゃなくて片付け方にもこだわるので手を出さない方が良いですよ」
ニコリと笑っているのに、笑ってない。
これも皆が言っていた銀級ダンジョンの怖いところの一つなのかな……? 俺はそっと息を吐いて、調理器具やテーブルを撤収。
食器はアッシュさんの洗浄に任せ、クルトさんには洗い終えた食器をテントの中に戻してもらった。
それから、テントの中で明日の準備。
朝ごはんとお弁当はなるべく「いま作りました」というのを見せた方が良いだろうから、それをしても時短出来るメニューを考える。
「うーん、久々にラップサラダにしようかな。葉物や果物はさっきクルトさん達が採って来てくれたし、生地とお肉を朝に焼いて、巻くのは自分でやってもらおう。朝ごはんは卵とスープの残りと、やっぱりパンかなぁ……」
ご飯を食べたいけど、炊飯は手間だしフレデリックパーティと別れるまでは食べれなさそうだ。
夜8時半。
今日の夜番はアッシュさんとウーガさんで、お休みがレイナルドさん。
深夜番がバルドルさんとドーガさん。
朝番がエニスさんとクルトさんだ。
「差し入れですよー」
テントの側、小さな焚き火の傍に座っているアッシュさんとウーガさんに温かな珈琲が入ったカップを渡すと、一緒に持って来た籠を地面に置く。
クッキーやパウンドケーキといった焼き菓子入りだ。
「口淋しくなったら食べて下さいね。ドライフルーツ入りなので美容にも良いかと」
「あら嬉しい」
アッシュさんがそう言って笑う。
するとウーガさん。
「あの、さ。レンの魔豹を一頭借りてもいいかな?」
「それはもちろんですけど、……あ、春の夜は冷えますもんね!」
俺は急いで魔石を取り出した。
魔石から魔力で顕現する子だけど、毛並はふわふわで、きちんと体温も感じられる。ウーガさんがこの子を借りたいと言った本当の理由はそうじゃないと察せられたが、理由なんて、ね。
「……今夜、部屋に連れ帰っても大丈夫かな」
「はい。今夜一晩、ウーガさんと仲良くね」
「ぐるるるる」
ドーガさんの代わりに抱き枕になってあげてね、と声には出さずにお願いしたら魔豹は任せておけと言うように頭をすりすりして来た。
春の陽気と相まってとても心地よさそうだが、そのすぐ傍では10頭以上の赤いアライグマを解体中。魔物は血こそ吹き出さないけど臓物は普通にあるのでかなりグロい光景だ。
「ラトンラヴルは見た目は可愛い気がしないでもないけど……魔豹もいるし、わざわざ仲間にする必要はないかな……」
「だね」
「じゃあこの魔石は全部ギルドに売るぞ」
「はーい」
肉は筋張っていて美味しくないというので、防具の素材として重宝される毛皮と、武器に加工される爪、それから魔石を回収したら後は纏めて火魔法で焼却する。
15匹討伐したのはうちのチームだが、解体に協力してもらったのと、発見者なので、2匹分はそちら……リーダーの名前はフレデリックさんのパーティに渡すことにした。
それから、少し早いが救助した責任もあるため今夜は此処で野営する事になった。
命の危険さえある重傷だった二人は師匠直伝の薬で癒えているが、テントに運ばれた現在も未だ目を覚ましていない。しかもうちのエニスさんとウーガさんも薬で魔力は回復したけど全身がキリキリと痛むらしいのだ。レイナルドさん曰く「魔力回路が筋肉痛を起こしたと思えばいい、少し休めば大丈夫だ」と。
それなら、ね。
俺はブローチを外して神力を流し、3、2、1、ボンッ。
フレデリックパーティの皆さんが目をぱちくりして驚いていたけれど金級冒険者の二人が「ダンジョンで手に入れたレアテントだ」と言ったら一応納得したっぽい。
今日はカモフラージュに女性用テントも組み立て、外で調理するための準備を始める……と、その前に。
「エニスさん、ウーガさん、部屋で休みますか? 動くなら肩を貸しますが」
「いや……もう少ししたら落ち着きそうだからこのままでいいよ」
「同じくぅ」
芝生に仰向けで横たわっている二人が苦笑しながら言う。
うん、顔色も戻ってきたかな。
「じゃあ、魔豹を一頭傍に置いていますから、何かあれば指示してください」
「ありがとー、ふあぁもっふもふ……」
最初は魔物のふわふわ具合を満喫する俺にドン引きしていたこっちの世界の人たちだけど、近頃はウーガさんが一緒に堪能してくれるようになった。
クルトさんも、さりげなく可愛がっている。
ペットという概念がないせいか、大っぴらに可愛がると浮気っぽく感じられるらしく、バルドルさんなんてクルトさんがちょっと魔豹の頭を撫でるだけで怖い顔になる。そういう点で、俺の感覚を尊重してくれるリーデン様はとても素敵だと思う。
魔豹を抱き枕にして顔を埋めているウーガさんに、どこか安心したっぽいエニスさん。俺は魔豹に魔力を足して急に消えないようにしてから夕飯の準備に取り掛かった。
焚火を3つ設け、三脚に金網を乗せて即席の調理台が完成。
更にクランハウスの倉庫から持ってきた折り畳み式のテーブルを二台並べ、下拵え済みの野菜や肉、食器、味付け用の香辛料を並べたら、水魔法が使えるアッシュさんに鍋に水を注いでもらう。
いつもなら神具『野営用テント』の水道から水を出せるのでちょっと変な気分だ。
ともあれ今日は誤魔化し易いシンプルなスープと肉料理、それからサラダ、パン。
「フライパンでパンですか……?」
そう声を掛けて来たのは、夕飯を一緒に食べることにしたフレデリックパーティの魔法使いロジェくんだ。
パーティの最年少だろう彼は、たぶんまだ10代。とても興味深そうに俺の手元を見つめている。
「生地を準備するのは手間ですけどこうしてフライパンに敷き詰めて焼くだけです」
もちろんこの生地も、いま彼らの目の前で捏ねたものだ。
「ダンジョンに小麦を……?」
「パンだと消費期限があるでしょう? 粉の期限の方が長いし、母張らないからオススメです!」
「へぇ……、あ、あの、お手伝いをしに来たんですが……」
「じゃあスープが沸騰しないように見ていてもらってもいいですか? 火が強いと思ったらこうして縄を引いて鍋の位置を火から離したりするんです」
「判りました」
そうこうしている間に木の実や枝を集めに行っていたレイナルドさん、クルトさん、それからフレデリックパーティの剣士シャルルさんとルイさんが両腕にいろいろ抱えて戻って来た。
一方、複数のテントが並んだ中心地で難しい顔で話し込んでいるのがバルドルさん、ドーガさんと、フレデリックさんだ。
難しい顔を突き合わせた彼らの話は夕飯の準備が終わるまで続いていた。
銀級ダンジョンに挑戦する冒険者は、そのほとんどが銀級冒険者だ。
銀級から金級に上がるには銀級ダンジョンを3カ所、金級から白金に上がるためには20か所の踏破が必要なことを考えるとここには金級冒険者も多いように思われるが、金級冒険者になり、金級ダンジョンに入場できるようになった立場で銀級ダンジョンに戻る者はほとんどいない。
更に上を目指すなら金級冒険者になる前に20か所以上の銀級ダンジョンを踏破するし、金級で満足するなら金級ダンジョンで稼ぐ。
それが一般的だからだ。
その例に漏れず、グランツェパーティは銀級時代に24カ所。レイナルドパーティは31カ所の銀級ダンジョンを踏破済みだ。
と、こういった事情もあるからレイナルドさんは同行しているにも関わらずダンジョン内の指揮権をバルドルさんに委ねている。
あくまでも保護者というか、見守る側に徹するつもりなのだ。
「改めて、このパーティのリーダーをしているフレデリックだ」
夕飯の席で、まず最初に語られたのは名前。
リーダーで剣士のフレデリックさん。
魔法使いのロジェさん。
剣士のシャルルさん。
同じく剣士のルイさん。
テントの中で眠り続ける、俺が癒した盾士の彼はステファンさん。もう一人の彼はやはり斥候で、名前はミカエルさん。
こちらもそれぞれに自己紹介し、最後にうちのリーダー、バルドルさんが決定事項として伝えたのはーー。
「第20階層に到達するまで同行することになった。2、3日はそのつもりで頼む。特にレンには負担が掛かると思うが」
「問題ないです」
バルドルさんが言う俺の負担は食事・弁当の準備のことだろう。
全員で踏破するときには17人の団体行動になることを思えば6人増えるくらい大したことじゃない。
気になると言うなら、うちのエニスさんとウーガさんは復活したのに、あちらの怪我人だった二人がいまだ眠ったままだと言う点だ。
「20階で地上に戻る。世話になるが、よろしく頼む」
「はい」
「じゃあ、せっかくの飯が冷めるし食うか」
「そうしよう」
というわけでーー。
「「「いただきます」」」
ついうっかり、すっかりうちのチームの習慣になってしまったそれに、フレデリックパーティの皆さんが虚をつかれたような顔になっていた。
うちの食事は、一言で言えば大絶賛だった。
フレデリックパーティは第10階層からここまで既に8日もダンジョンで過ごしているためまともな食事自体が久々だ、とも。
「フライパンでパンを焼くと聞いた時には驚きましたが、とても美味しいです」
魔法使いのロジェさんは目を輝かせながら柔らかなパンを口いっぱいに頬張って仲間の人たちをほんわかさせていた。
それから話題はいろいろと変わっていったが、俺が顕現させた魔豹もそのうちの一つだ。
「魔豹は俺たちの国にもいるが、仲間になるとあんなにも頼もしいのだな」
「主が僧侶の彼だというのには驚いたが」
「うちでは魔法使いのロジェにしか顕現出来ないもんな。僧侶にそこまで魔力があるとは……頼り甲斐があるな」
「ああ」
「僧侶としても優秀だしな」
フレデリック、シャルル、ルイの言葉に、バルドルさんとレイナルドさんが苦笑い。よその人相手に規格外とは言えませんもんね。
「おかげで仲間が助かった」
「お役に立てて良かったです」
「外に出たらきちんと礼をさせてもらうよ。ダンジョンの外ならどこで会えるかな」
「えーっと……」
「冒険者ギルドに預けてもらえばいい、俺たちは次々とダンジョンに挑む予定なのでどこにいるか判らないからな」
「ですね!」
「そうか……」
「あの薬も素晴らしい効果だったが、どこで買い求めたんだい?」
「え、っと……」
「故郷の薬屋だよな」
「そう、です。はい」
俺が作ったと知っているレイナルドさんがそう言うなら、そうだ。
「故郷はどこだい? オセアンやキクノではなさそうだし……プラーントゥ大陸かな?」
「ええ」
「拠点はトゥルヌソルだ」
「そうか、トゥルヌソルのうわさは近頃よく聞くな。なんでも、とても優秀な僧侶が複数いるとか」
「ああ。おかげで獄鬼の被害は減ったな」
「羨ましいね」
……なんだろう。
みんな顔は笑っているのに目が笑っていない。
話している内容なんて最近は知れ渡っているだろう内容ばかりなのに、俺の情報を隠したい身内と、話をしたがるお客さん側で殺伐とした雰囲気が否めない。
こっちは魔物に襲われ、怪我をして危険だったところを助けただけなのに……って思うと、個人的な彼らへの心証はだんだん悪くなってくる。
「アッシュさん、後片付けを手伝ってもらっても良いですか?」
「もちろん」
「俺も手伝うよ」とクルトさん。
「なら私も……」
スッと立ち上がりかけた魔法使いのロジェくんを、エニスさんが止める。
「レンは料理だけじゃなくて片付け方にもこだわるので手を出さない方が良いですよ」
ニコリと笑っているのに、笑ってない。
これも皆が言っていた銀級ダンジョンの怖いところの一つなのかな……? 俺はそっと息を吐いて、調理器具やテーブルを撤収。
食器はアッシュさんの洗浄に任せ、クルトさんには洗い終えた食器をテントの中に戻してもらった。
それから、テントの中で明日の準備。
朝ごはんとお弁当はなるべく「いま作りました」というのを見せた方が良いだろうから、それをしても時短出来るメニューを考える。
「うーん、久々にラップサラダにしようかな。葉物や果物はさっきクルトさん達が採って来てくれたし、生地とお肉を朝に焼いて、巻くのは自分でやってもらおう。朝ごはんは卵とスープの残りと、やっぱりパンかなぁ……」
ご飯を食べたいけど、炊飯は手間だしフレデリックパーティと別れるまでは食べれなさそうだ。
夜8時半。
今日の夜番はアッシュさんとウーガさんで、お休みがレイナルドさん。
深夜番がバルドルさんとドーガさん。
朝番がエニスさんとクルトさんだ。
「差し入れですよー」
テントの側、小さな焚き火の傍に座っているアッシュさんとウーガさんに温かな珈琲が入ったカップを渡すと、一緒に持って来た籠を地面に置く。
クッキーやパウンドケーキといった焼き菓子入りだ。
「口淋しくなったら食べて下さいね。ドライフルーツ入りなので美容にも良いかと」
「あら嬉しい」
アッシュさんがそう言って笑う。
するとウーガさん。
「あの、さ。レンの魔豹を一頭借りてもいいかな?」
「それはもちろんですけど、……あ、春の夜は冷えますもんね!」
俺は急いで魔石を取り出した。
魔石から魔力で顕現する子だけど、毛並はふわふわで、きちんと体温も感じられる。ウーガさんがこの子を借りたいと言った本当の理由はそうじゃないと察せられたが、理由なんて、ね。
「……今夜、部屋に連れ帰っても大丈夫かな」
「はい。今夜一晩、ウーガさんと仲良くね」
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ドーガさんの代わりに抱き枕になってあげてね、と声には出さずにお願いしたら魔豹は任せておけと言うように頭をすりすりして来た。
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