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第6章 変遷する世界

158.魔物の氾濫(5)

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 3時間ほどが経過して、群れで数えれば魔豹ゲパール群れるネズミラララ赤いアライグマラトンラヴルの3種。
 事前確認で42階層の真ん中より此方側に集まっていた魔物の討伐が完了した。

「あー……」
「なんとか……」

 四方から聞こえて来る深い吐息と、崩れ落ちるようにその場に膝を付く多くの冒険者達。警戒は解けないが、真ん中より向こう側……つまり後半戦を仕掛けるまでは束の間の休息だ。
 3つの群れの他、こちらの騒ぎに気付いて襲ってくる単体、または少数で群れていた魔物も合わせれば20種くらいの魔物を斬って焼いて潰した結果、落ち着きを取り戻した42階層前半には見渡す限りの大地に3センチ前後の魔石がごろごろ転がっているという今までにない光景が広がっていた。
 しかも地面は燃えて真っ黒になっていたり、抉れていたりとなかなか酷いことになっているのだが、骨すら灰にするような炎がなければ見ることになったであろう凄惨な現場よりはずっといい。
 魔物の遺体を放置しておいても数時間で魔素に変じてダンジョンの魔力として循環するのと同様、景色も数日で元に戻る不思議空間だ。
 多少の損壊は見なかったことにしようと思う。

「ふぅ……一先ず前半戦は終わったな」

 剣を鞘に戻しながら戻って来たレイナルドさんはほぼ無傷。

「大体3時間ってとこか。まぁまぁだな」
「怪我人が少なく済んで良かった」
「そうね。僧侶にも魔力は温存しておいてもらわないと……」
「私は久々にスッキリよ!」

 ゲンジャルさん、ウォーカーさん、アッシュさんも大丈夫そうだし、俺と同じ場所で攻撃魔法を撃ちまくっていたミッシェルさんは輝かんばかりの笑顔でとても満足そうだ。
 それからバルドルさん達。

「っ痛……」
「大丈夫ですかっ?」

 顔を歪めるバルドルさんに近付いたら、手首が変な方向に曲がっていた。

「盾の構え方が悪かったらしい」
「治します」

 精査スキュルゥタ治癒ソワンと素早く重ねながら他の面々の状態も確認。エニスさん、クルトさんは小さな切り傷や噛み跡があるくらいで動きに支障はなさそう。
 ミッシェルさんと同じく後方からの攻撃部隊だったウーガさんとドーガさんは無傷だ。
 そんな、戻って来る面々とは逆に、転がる魔石を拾ったり魔物の遺体を処理するために走って行くのは後方支援に徹していた銀級冒険者と、連絡を受けて41階層から移動して来た人達だ。
 その中には僧侶の――ヒユナさんと師匠セルリーの姿もあった。

「お疲れ様です!」
「無事みたいね」
「何とかな」

 師匠セルリーがホッとした顔で一人一人を順に見遣るのと、ヒユナさんが自分のパーティメンバーを探すのがほぼ同時。

「グランツェさん達は……」
「あいつらは砂浜の方を移動しているから戻るまでもう少し掛かる」
「海からも、まだたまに飛んで来るのがいるからな」
「そうなんですね……」

 ヒユナさんはそう答えた後で師匠セルリーと一緒に怪我人の治療に向かう。
 その一方で、バルドルさん達。

「盾の扱い方もきちんと学び直した方が良さそうだ」
「きちんと……って、もしかして独学?」
「正確には見よう見真似だ。もともと俺達のパーティの盾士はウーガ達の兄貴だったからな」

 初めて挑戦した銀級アルジョンダンジョンでパーティメンバーだった2人を亡くしたこと、その内の1人がウーガさんの義理のお兄さんで、恋人だったとは聞いたことがあったけど、盾士だったっていうのは初めて聞いた。

「盾も新調した方がいいよ」

 ウーガさんが言い、ドーガさんも頷く。

「ここまで使ってもらえたら兄貴も満足だ」

 遺品、だったのかな。
 いつまた戦闘が始まるとも知れないのに、ついしんみりとしていたら、不意にバルドルさんの頭に後ろから腕を乗せて来たゲンジャルさん。

「つーか、おまえは剣に集中した方がいいぞ」
「だな。おまえが攻撃役に回れば殲滅速度が上がる」

 レイナルドさんも同意するが、バルドルさんは難しい顔だ。

「敵が単体ならまだしも今みたいに多勢で攻め込まれる状況では盾士が必須だろう」
「んー……だがおまえの戦力を盾士にしておくのは勿体ない」

 そんな話を輪になってしていて、ふと思う。

「クルトさん、盾士が魔物のヘイトを集めるのってスキルですか?」
「へいと?」
「あ……えっと、魔物に敢えて嫌われて敵意を自分に集中させるスキルがあるのかなって」
「どう、かな。俺も盾士のことはよく判らないけど魔物が盾士に集中するのは殺気を飛ばすからだよ」
「殺気?」
「うん。魔物は本能で「一番危ないヤツ」に飛び掛かる」
「あぁそういう……」

 訊けば至極単純な仕組みだった。

「その殺気って俺にも飛ばせますか?」
「うん?」

 クルトさんがこっちを見て目を瞬かせた。

「それ、は……レンくんが盾士になるってこと?」
「盾は重たくて持てないので、殺気を飛ばしてこっちに来た魔物を片っ端から拘禁デティニアする形になるかなって思うんです。いっそ浄化ピュリフィカシオンと同じで範囲に入って来た魔物を即時拘束する罠みたいな魔法を開発するのも……いいかも、なんて、思……ったり……?」

 顔を上げたら周囲の視線がこっちに集中していた。
 なんで?

「……ゲパール、ラトンラヴル、ルクバブクリエ、合わせて200以上も味方にしたことですし、後半戦は俺も役に立ちたいな……と」

 皆が「何を言ってんだコイツ」みたいな顔をしているので個人的な理由を説明してみたら、今度は全員が目線を下に落として難しい顔で考え始めている。

「レンが殺気……? 出せると思うか?」
「いや、だが範囲に入った途端に発動する拘束系の罠というのはアリだ」
「殺気が無理なら誘惑系の匂い!」
「そんな都合よく準備してねぇ」
「拘束系の罠だってすぐには無理だろ」
「ここがプラーントゥかグロット大陸ならマンジェラヴィの魔石が手に入ったんだが……」
「……あの……?」

 せめて会話の中に入れて欲しくて自己主張してみる。
 またみんなの視線がこちらに集中した。

「……僧侶が前線に出るのは獄鬼ヘルネル戦でも稀だぞ」
「判ってますけど、バルドルさんの攻撃力を出し惜しみしている余裕はないでしょう? 後半戦の方が厄介な魔物が多いとも聞いていますし」
「しかし、レン」

 ウォーカーさんが真顔で言う。

「おまえは目力で相手を「殺す」と脅せるか?」
「目力……」

 ぎゅっと目に力を入れてみると……。

「それは眉間に皺を寄せているだけ」
「睨んでるだけ」

 アッシュさんとミッシェルさんにあっさりと否定されてしまった。

「おまえ魔力操作は巧みだよな……」

 レイナルドさんが言う。
 操作は努力した分だけ自信があるし、僧侶特有の回復魔法に関しては任せてと胸を張れるが、相変わらず自分の属性と思われる水魔法は難しい。
 しかし身体強化で五感の能力値を上げる事は出来るようになったから索敵や魔力感知はそれなりだ。レイナルドさんが巧いと褒めてくれるのもそれがあるからだろう。

「感覚としては目から火球や水弾を打つのと似ているんだが……いや、やっぱりお前に殺気を飛ばすのは無理だろ」
「……無理ですか?」
「ああ」
「無理でしょ」
「絶対無理」
「諦めろ」

 なんだろう。
 決して貶されているわけではないと判るだけに、落ち込みそうになる。と、後ろから腕を持ち上げるような形で擦り寄って来たのは一番長く一緒にいる魔豹ゲパールだ。
 ふわふわのぬくぬく。
 思わずにやけてしまう口元を自覚して、慰められていることに気付く。

「……ありがとう、大丈夫だよ」

 嬉しくなって頭を撫でていたら、もう2頭もすぐ傍に寄って来る。そんなわけがないと思いつつも「撫でて」と言われている気がしてしまい、順番に抱き締め、撫でていく。

「何度見ても……何と言うか、信じられん光景だな」
「ああ」
「だが、これも慣れなのか、違和感はなくなって来たな」
「そりゃねー」

 ゲンジャルさん、ウォーカーさん、レイナルドさん、それからアッシュさん。
 ミッシェルさんが首を傾げる。

「名前は付けないの?」
「ぁ……付けたいなとは思うんですが……」

 記憶の引継ぎのない子に情を移し過ぎると淋しくなるぞとリーデン様に言われて考えないようにしていたのだが、ふと気付く。
 あの時とは状況が変わってる……?

「これから育てるんでしょ?」
「そう、ですよね」

 検証というと実験みたいで少なからず抵抗があるが、これからもずっと一緒なんだし、この3頭には個別の名前があっても良いんじゃないだろうか。

「落ち着いたら名前を考えようと思います」
「ん。いいんじゃない?」
「はい!」

 今後の楽しみが出来て心が躍る。

「この後も頼むね!」

 そう言って改めて三頭を抱き締めていたら、バルドルさんが大きな声を出した。

「あ……ゲパール!」
「え?」
「ゲパール達なら殺気が使えるんじゃないか?」
「……使えるの?」
「がうっ?」

 言うことを聞いてくれるとは言っても、言葉を理解しているわけではないらしい。
 首を傾げた三頭の魔豹ゲパールに可愛いなと思いつつ、後半戦に向けての作戦会議はしばらく続き――……。
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