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第6章 変遷する世界
192.大陸奪還戦(8)※残酷表現・戦闘有り
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俺が囮になって町に入り込む――そう提案したら場が静まり返ってしまったが、しばらくするとレイナルドさんが深い溜息と一緒に首を振った。
「ダメだ、却下する」
「え……理由をお聞きしてもいいですか?」
「……無法地帯を歩いたことはあるか?」
無法地帯って国の法律が通用しないくらい治安の悪い場所って意味だったか。
そう言われてしまうと一度も経験はない。
「でも俺には、主神様の加護と、この装備がありますし、怪我の心配とかはしなくて大丈夫ですよ?」
「怪我の心配はしていない」
言って、レイナルドさんはまた息を吐く。
「人の死体が転がっているのを見たことがあるか?」
「――」
「それが腐っていく匂い、群がる虫、喰らう獣」
「ぃ、いえ……」
「死んでなくたって、年端もいかない子どもが暴行を受けて放置されているのを見て平気でいられるか?」
かなり言葉を選んでくれたんだと思う。
それでも鳥肌が立ち、無意識に腕を擦っていた。
「……俺たちは、おまえが弱いとは思っていない」
「そうね」
アッシュさんも頷く。
「でも、経験のないレンを一人送り出せるほど非情にもなれないわ」
「俺の考えが甘かったです……すみません」
トンと背中を叩いてくれたのはエニスさんだった。
レイナルドさんは言い聞かせるように続ける。
「俺たち連合軍が此処に来たのは獄鬼の暴挙をこれ以上拡大させないためで、マーヘ大陸の獣人を守るのは、この国の為政者の義務だ。それが果たされない以上、被害をゼロにするのは無理だ」
「はい……」
「諦めろとは言わない。だが、俺たちが守るべきはプラーントゥ大陸の未来だってことを忘れるなよ」
「肝に銘じます」
ぽふりと今度は頭を撫でられる。
「とは言え、だ。このまま真正面からぶつかっても被害が大きくなるだけ。出来る事なら町を放棄するなんて選択はしたくないが……」
作戦会議が振り出しに戻ってしまったかと思ったその時、騎士団長が咳払いを一つ。
「魔石から魔物が顕現することをこの大陸の者達が知らないのであれば、攪乱は出来るかもしれません」
皆の視線を一身に受けて、団長さんは言う。
「実はセルリー女史から実験に付き合うよう指示があり、魔力の少ない騎士団員20名がハエ足を、少なくはない騎士団員5名が角兎、5名が牙犬、規定量を越えている3名が赤いアライグマをデータ収集のために育成中です」
師匠……いつの間に!
「なんでハエ足……」
「魔力の負担が少なくて済むからだそうで、最初は一度叩けば魔石に戻っていたハエ足が最近では随分と素早くなって叩けなくなった上に、5回ほど叩き潰さねば消えないほど頑丈になったと騎士達の間でも盛り上がっておりまして……」
つまり俺が育てている魔豹と同じようにハエ足も強くなっているってことなんだろうけど……ハエ足でも育てると愛着が湧くという事なんだろう。
う……うん……?
「獄鬼は魔力には優勢ですからどれほどの効果を望めるかはやってみなければ判りませんが、初動を躊躇させるには効果的かと」
「ふむ……」
でも、そっか。
そういう事なら。
「レイナルドさん、奥の手を使ってもいいですか?」――。
その後、こちらが町の姿をぎりぎり視認出来る位置まで近付いたところで俺たちは戦闘準備を整えた。騎士団長さんが言っていた通り、ハエ足、角兎、牙犬、赤いアライグマ。
「最初は私たちもハエ足なんて……と思ったんですが」
複雑そうな顔をしつつも「お役に立てて光栄です」と微笑む姿は正に騎士という感じだった。
そして奥の手は、神力で大きくなったうちの魔豹達。半年近く俺の魔力で育てて来た三頭は神力との馴染みも良く、いまや体高10メートル以上の巨体だ。
隠れて進む場所がないなら隠れるくらい大きくしたらいい。ただし巨体の後ろに隠れるのではなく背中に乗るのだけども。
それに獄鬼は神力に圧倒的に弱いのだから、敵の弱点を突くのは基本中の基本だ。
「準備はいいか!」
騎士団長が声を上げる。
身体強化や、仲間の協力を得て魔豹の背に乗った者が半数。身体強化で脚力を上げ自力で走る者が半数。
「行くぞ!」
「応!!」
作戦は頭に入れた。
誰も一切の口を開かず荒れた大地を疾走し、敵地と化した村が目の前。ドドドドと砂煙を
「なんだ……⁈」
「化け物⁈」
門の前にいた男達が――獄鬼憑きの悪意の塊が動揺し声を荒げ、何かしらのアクションを取ろうとした矢先、顔の周りを先行していたハエ足が飛び回る。
「なっ、邪魔だっ、なんなんだ⁈」
「ダンジョンの魔物……あっ!!」
必死に手で振り払おうとする、その足元をするりと通り抜けていく角兎、牙犬、赤いアライグマ。
視線がそちらを向く。
此方から外れた、その一瞬。
「っ」
三頭の魔豹が跳躍し軽々と門を越え、その背から騎士が、冒険者が、飛び降りた。
「うちの子達を化け物なん失礼にも程がある!」
索敵、気配感知、魔力確認。
獄鬼、獄鬼、人、獄鬼、人、人、人。
「あの人達は人質……っ」
両手首を縛られて上から吊るされている、町の住民だったのだろう人達は誰も服を着ていないし、全身に痣や傷が見て取れる。何をされたかなんて聞くまでもない。
本当に考えが足りていなかった。
ぞわりと腹の奥から膨れ上がって来る不快感。
許せない……っ。
感情が高まり、神力が。
「がうっ!」
「抑えろ!!」
ユキと、レイナルドさんの鋭い一喝。
「っ……!」
ハッとして我に返った時には発動の直前で、やばいって、せめて範囲を絞ろうとしたら俺を中心に薄っすらと紫色を帯びた白い光りの柱が立った。
「なっ……」
「うああああああっ」
騎士と、冒険者と戦闘態勢に入っていた獄鬼が霧散する。
突然の発光に目が眩んだのは味方もだったが、敵が消えたことで被害らしい被害は出ずに済んだ。俺が怒られたくらいだ。
「だから言ったんだ!」
「ごめんなさいごめんなさいっ、以後気を付けます!!」
レイナルドさんに叱られる俺を見て、周りの皆が苦笑交じりでも笑ってくれるから空気が和らぐ。
人質になっていた人達の救出。
町の奥からこちらに向かってくる獄鬼の気配。
更に、大勢の人が集まっている建物の位置。
奪還戦は、まだ始まったばかりだ。
「ダメだ、却下する」
「え……理由をお聞きしてもいいですか?」
「……無法地帯を歩いたことはあるか?」
無法地帯って国の法律が通用しないくらい治安の悪い場所って意味だったか。
そう言われてしまうと一度も経験はない。
「でも俺には、主神様の加護と、この装備がありますし、怪我の心配とかはしなくて大丈夫ですよ?」
「怪我の心配はしていない」
言って、レイナルドさんはまた息を吐く。
「人の死体が転がっているのを見たことがあるか?」
「――」
「それが腐っていく匂い、群がる虫、喰らう獣」
「ぃ、いえ……」
「死んでなくたって、年端もいかない子どもが暴行を受けて放置されているのを見て平気でいられるか?」
かなり言葉を選んでくれたんだと思う。
それでも鳥肌が立ち、無意識に腕を擦っていた。
「……俺たちは、おまえが弱いとは思っていない」
「そうね」
アッシュさんも頷く。
「でも、経験のないレンを一人送り出せるほど非情にもなれないわ」
「俺の考えが甘かったです……すみません」
トンと背中を叩いてくれたのはエニスさんだった。
レイナルドさんは言い聞かせるように続ける。
「俺たち連合軍が此処に来たのは獄鬼の暴挙をこれ以上拡大させないためで、マーヘ大陸の獣人を守るのは、この国の為政者の義務だ。それが果たされない以上、被害をゼロにするのは無理だ」
「はい……」
「諦めろとは言わない。だが、俺たちが守るべきはプラーントゥ大陸の未来だってことを忘れるなよ」
「肝に銘じます」
ぽふりと今度は頭を撫でられる。
「とは言え、だ。このまま真正面からぶつかっても被害が大きくなるだけ。出来る事なら町を放棄するなんて選択はしたくないが……」
作戦会議が振り出しに戻ってしまったかと思ったその時、騎士団長が咳払いを一つ。
「魔石から魔物が顕現することをこの大陸の者達が知らないのであれば、攪乱は出来るかもしれません」
皆の視線を一身に受けて、団長さんは言う。
「実はセルリー女史から実験に付き合うよう指示があり、魔力の少ない騎士団員20名がハエ足を、少なくはない騎士団員5名が角兎、5名が牙犬、規定量を越えている3名が赤いアライグマをデータ収集のために育成中です」
師匠……いつの間に!
「なんでハエ足……」
「魔力の負担が少なくて済むからだそうで、最初は一度叩けば魔石に戻っていたハエ足が最近では随分と素早くなって叩けなくなった上に、5回ほど叩き潰さねば消えないほど頑丈になったと騎士達の間でも盛り上がっておりまして……」
つまり俺が育てている魔豹と同じようにハエ足も強くなっているってことなんだろうけど……ハエ足でも育てると愛着が湧くという事なんだろう。
う……うん……?
「獄鬼は魔力には優勢ですからどれほどの効果を望めるかはやってみなければ判りませんが、初動を躊躇させるには効果的かと」
「ふむ……」
でも、そっか。
そういう事なら。
「レイナルドさん、奥の手を使ってもいいですか?」――。
その後、こちらが町の姿をぎりぎり視認出来る位置まで近付いたところで俺たちは戦闘準備を整えた。騎士団長さんが言っていた通り、ハエ足、角兎、牙犬、赤いアライグマ。
「最初は私たちもハエ足なんて……と思ったんですが」
複雑そうな顔をしつつも「お役に立てて光栄です」と微笑む姿は正に騎士という感じだった。
そして奥の手は、神力で大きくなったうちの魔豹達。半年近く俺の魔力で育てて来た三頭は神力との馴染みも良く、いまや体高10メートル以上の巨体だ。
隠れて進む場所がないなら隠れるくらい大きくしたらいい。ただし巨体の後ろに隠れるのではなく背中に乗るのだけども。
それに獄鬼は神力に圧倒的に弱いのだから、敵の弱点を突くのは基本中の基本だ。
「準備はいいか!」
騎士団長が声を上げる。
身体強化や、仲間の協力を得て魔豹の背に乗った者が半数。身体強化で脚力を上げ自力で走る者が半数。
「行くぞ!」
「応!!」
作戦は頭に入れた。
誰も一切の口を開かず荒れた大地を疾走し、敵地と化した村が目の前。ドドドドと砂煙を
「なんだ……⁈」
「化け物⁈」
門の前にいた男達が――獄鬼憑きの悪意の塊が動揺し声を荒げ、何かしらのアクションを取ろうとした矢先、顔の周りを先行していたハエ足が飛び回る。
「なっ、邪魔だっ、なんなんだ⁈」
「ダンジョンの魔物……あっ!!」
必死に手で振り払おうとする、その足元をするりと通り抜けていく角兎、牙犬、赤いアライグマ。
視線がそちらを向く。
此方から外れた、その一瞬。
「っ」
三頭の魔豹が跳躍し軽々と門を越え、その背から騎士が、冒険者が、飛び降りた。
「うちの子達を化け物なん失礼にも程がある!」
索敵、気配感知、魔力確認。
獄鬼、獄鬼、人、獄鬼、人、人、人。
「あの人達は人質……っ」
両手首を縛られて上から吊るされている、町の住民だったのだろう人達は誰も服を着ていないし、全身に痣や傷が見て取れる。何をされたかなんて聞くまでもない。
本当に考えが足りていなかった。
ぞわりと腹の奥から膨れ上がって来る不快感。
許せない……っ。
感情が高まり、神力が。
「がうっ!」
「抑えろ!!」
ユキと、レイナルドさんの鋭い一喝。
「っ……!」
ハッとして我に返った時には発動の直前で、やばいって、せめて範囲を絞ろうとしたら俺を中心に薄っすらと紫色を帯びた白い光りの柱が立った。
「なっ……」
「うああああああっ」
騎士と、冒険者と戦闘態勢に入っていた獄鬼が霧散する。
突然の発光に目が眩んだのは味方もだったが、敵が消えたことで被害らしい被害は出ずに済んだ。俺が怒られたくらいだ。
「だから言ったんだ!」
「ごめんなさいごめんなさいっ、以後気を付けます!!」
レイナルドさんに叱られる俺を見て、周りの皆が苦笑交じりでも笑ってくれるから空気が和らぐ。
人質になっていた人達の救出。
町の奥からこちらに向かってくる獄鬼の気配。
更に、大勢の人が集まっている建物の位置。
奪還戦は、まだ始まったばかりだ。
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