上 下
11 / 12
第一部

俺のヒーロー

しおりを挟む
リオンさんの誕生日まであと1週間となった。

俺は今、パンの材料の買い出しに市場に行ってきたところで、いろんな店が立ち並ぶ通りを歩いている。


外に出ると、ぽかぽかの陽気が気持ちいい。もうすぐ5月だ。

すれ違う人たちが次々と声をかけてきてくれて、パン屋の看板インコになってきているコメにも多くの人が話しかけている。

コメも飛び回りながら嬉しそうにしている。俺以外の人に会うのも、この世界に来てからだから、人見知りしないんだなあ。なんて新しい発見だ。


家に帰るために人混みを抜けて、人通りの少ない裏路地に入った。
この道は最近見つけたところだが、家までの道のりがとても短くなるのだ。



春の風に誘われて、無性に歌が歌いたくなって、某あんぱんヒーローのマーチを口ずさむ。



「♪みんなのゆーめーまーもるたっめー♪」



だんだんと楽しくなってきて、ノリノリで二番を歌い始めたころ、
壁にもたれて話していた二人組の男の人と目が合う。


彼らは目を見合わせると、ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべてこちらへ向かってくる。二人とも、背も高くて、威圧感がすごい。



「ねえ、そこのきみ~。タケル君、だっけ~?」

「……そうです、けど。」

「その歌、なんの歌~?」


………なに、この人たち。


「あ、あんぱんの歌、です…。」

「へぇ。あんぱん?歌でもパン屋の宣伝?」

「アイツに命じられでもしたの?」

「アイツ………?」

「リオンだよ。あんた、アイツの女、なんだろ?」

一人がそう言うと、何が面白いのか、二人と声をたてて笑う。



………嫌な雰囲気だ。



なんだか身の危険を感じて、クルッと踵を返し、来た道を戻り始める。



「うわ、シカトすんなよ。おい、」

「……すいません。急いでるので。」

「まあまあ、そう言わずに………さっ?」


しまった。


そう思ったときには、両方の手をそれぞれに捕まれていた。

無理にでも逃げようと思ったが、たくさんの小麦粉と砂糖の入った袋を
両手に持っているので、どうすることもできない。

どうしよう。




「お。君、エッロい腰してるねぇ~。まぁ、抱かれてんだから当然か。」

そう言いながら、一人は俺の腰を撫で回してくる。

「リオンがこういう趣味だったとは知らなかったけど、丁度いいな。
俺の好みのドストライクだし。これは楽しめそうだわ。」



え、は?………


うそ、だろ。


無理、嫌だ。



「うわ、急に暴れんなって。」

「やだ、やめろっ!!……つっ!!」


殴られて、腹に強い衝撃が走り、抵抗する力が一瞬弱まってしまう。

その隙に、左手を強く引っ張られて思わずよろける。

背中に冷たいものが当たって、壁に押さえつけられたのだと分かった。


「…嫌だ!…やめろっ!!…っな、んで!!」

「なんで?かぁ。……俺らさぁ。リオンのこと、大ッキライなんだよね。」

「アイツが2年前に来てから、俺たちのパン屋、客が一気に減ったんだよ。立地はこっちの方がいいのにって周りの奴らにはバカにされるし。
顔がいいだけで店が繁盛してるだけのくせに。あとから来たくせに偉そうなんだよ。」


「そうそう。男も女もリオン、リオンリオンって皆して言いやがって。
いつか、アイツの大切なもんを奪ってやりたい、壊してやりたいってずっと思ってたんだよ。…………そんなリオンの初めて出てきたお気に入りがお前だ。
使わない手なんてないでしょ?」



…………ただの八つ当たりじゃん。


「……それは。リオンさんは何も悪くないじゃん。リオンさんのお店が繁盛してるのは、リオンさんの人柄と、小さな工夫がされてるパンが、美味しいからだ。」


………こんなこと、言わない方がよかったんだろう。けど、リオンさんがパン作りにどれだけの力を注いでいるかを知っていて、黙っていることなんてできない。



「あんたさ。この状況でそんなこと言うのバッカじゃないの?………ほんっとイラつく。」


「うぜぇ。ちょっとは楽しんでからにしようと思ってたけど、気が変わった。
…………徹底的に壊してやらないと気がすまねぇ。」



「っ、やだ!!やめろって。離してっ!!」

「……だから、あんま暴れんなよって!!!」



また、殴られる……!!!


次の衝撃に堪えるため、ぎゅっと目を閉じた。




ドコオッと音が響き、体を固くする。






あ、れ………………?



確かに鈍い音がしたのに、どこも全く痛くない。



「タケル!!」


聞き慣れた声がしてバッと顔をあげると、いつも見ている顔が、けれども、見たことない程焦りが表れている顔が目に入った。




リオンさん………!!!!





思っても見なかったピンチを助けてくれるなんて、ヒーローのようだ。


周りを見ると腰を撫でてきていた方の人は地面に吹っ飛ばされていて、
さっきの音は、リオンさんがこの人を殴った音だったと知る。



もう一人の方は、驚いたようすで、一瞬動きを止めたけれど、すぐにリオンさんをキッと睨むと、



「お前、ほんとに気に食わねぇんだよ!!!!」とリオンさんの顔を目掛けて、思いっきり拳をつきだした。


慌てる俺と違って、それを冷静な顔で見ていたリオンさんは、簡単そうに拳を受け止めると、捻り上げ、さらに腹に膝蹴りを入れた。


一人目と同じように、吹っ飛ばされる。



地面に転がっている二人ともが、呻き声をあげていて、リオンさんの強さを知る。





「…………タケルに手を出すなんて、許さない。」




リオンさんからは無表情なのにものすごい怒りが感じられる。



………こんなリオンさんは見たことがない。



その事に不安になって、俺は小さく「…リオンさん………?」と呼んだ。



リオンさんがゆっくりとこっちを向く。

表情のない顔が一瞬、悔しさに歪められたように見えた。

その隙にと二人の男は縺れ合うようにして、ドタバタと逃げていく。


リオンさんが再び向き直って二人を追いかけようとするので、
咄嗟にリオンさんの手を掴んだ。


リオンさんの瞳からは、感情が上手く伝わってこない。



「俺、大丈夫だから!そりゃ、リオンさんの悪口言ったのは、許せないけど、でも、リオンさん、違うとこで怒ってる、でしょ。俺なら、全然大丈夫だから、だから、あの、その、…………」


自分のためか、リオンさんのためか、自分が何を伝えたいのかも分からないまま必死に言葉を紡ぐ。

それでも、リオンさんの表情は変わらないままで、視界がじわっと滲んだ。




「…………いつものリオンさんに戻ってよ。」



そう言った瞬間、ぐっと引き寄せられて、抱きしめられる。




ああ。…………怖かったんだ。



さっきの人たちじゃなくて、リオンさんが。



自分が見たことのないリオンさんが、

いつものリオンさんに戻らなくなりそうな気がして、


それが、怖かった。



「…ごめん、ごめん、ごめんね。タケル。」

「ううん。リオンさんはなにも悪くないから。
…………むしろ、助けてくれて、ありがとう。」

「……ほんとに、なにもされてないの?」

「………うん、無傷です。」

「そっか。」

抱きしめられると殴られたお腹がズキズキと痛かったけど、
なんだか、言わない方がいいような気がして、言わなかった。



いつものリオンさんの声と、ふれあう体温に、ふっと心が緩んで、
一粒涙がこぼれた。






しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:4,465

異世界で、住み込み家政婦になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:28

2LDKの聖者様

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:14

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

BL / 連載中 24h.ポイント:1,107pt お気に入り:157

TS異世界転移、魔法使いは女体化した僕を溺愛する[改稿版]

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:39

美しき妖獣の花嫁となった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:482pt お気に入り:297

幼なじみが負け属性って誰が決めたの?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:18

処理中です...