つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第96話 ラブロマンスは唐突に

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 私は執務室でしていた課題の分からない所を、殿下に教えていただくことになった。
 離れすぎると教えにくいということで、すぐ側にいるけれど、できるだけ体が触れあわない距離を保ちながらの勉強会だ。

 殿下は教えてやろうと買って出てくださるだけあって、教え方はとても上手だ。もしかしたら兄様よりも上手かもしれない。

「――あ、なるほど! 分かります殿下!」

 嬉しくなって思わずばっと顔を上げると、すぐ近くに殿下のご尊顔があって驚きで固まった。
 それはまるでロマンス小説で読んだ一場面のように、二人呼吸を止めて見つめ合う。

 が、しかし。
 直後、殿下は慌てて身を引く。

「危ない……もう少しで接触するところだった」

 おまけに顔まで引きつらせて殿下はのたまった。

 うん。分かっていますよ。私に触れるとネロの影響で、体に不調をきたすことは。
 でもね、でもこの一言が無ければね。もう少し私は夢見る気分に浸ることができたでしょう。ええ、ええ。それはもう興ざめです。ラブロマンスは突然に、ではなく唐突に終わりを告げました……。

「これから顔を上げる時は気をつけるように」
「……はい。失礼いたしました」

 殿下はさらに注意までしてきて、私はただひたすら白け笑いするしかない。
 一方のユリアと言えば空気だ。本来なら今回の役目として、あの瞬間、咳払いの一つでもして場を変える必要があるのでしょう。しかし彼女は何の茶々入れもしない。気配すら消していて、同室にいるのかいないのかすら分からないという存在になっている。
 ……うーん。意味あるのかな?

 色々な気持ちで、もやもやしながら勉強会は終わりを迎えた。


「殿下、ありがとうございました」
「ああ。君は飲み込みも早いし、元々頭は悪くない。ただ、集中力に欠けるようだな」
「そうですね。文字とか数字を見ていると、術を掛けられたかのように眠気に襲われます。あと、単純に勉強はさほど好きではありません」
「さほど程度か?」
「いえ。実はかなりです」

 素直にきっぱりと言い切ると殿下はくっと笑う。

「ですが今日、殿下に教えていただいて、少し勉強の面白さというものが分かってきたような気がします」

 理解できるとやはり嬉しいし、楽しい気持ちになってくる。これから先、殿下の呪い解明で書物を読む機会が増えるだろうし、集中力を高める努力をしないと。勉強することはそれにも繋がるだろう。

「そうか。ではまた時間を取ろう」
「ありがとうございます」

 始める前は嫌々だったけれど、今は心の底からこの時間がありがたいと思った。


 殿下と別れ、私とユリアは部屋に戻る。

「ユリアの方はどう? 練習着の仕立て直しの進み具合は?」
「はい。おかげさまで終わりました」
「そう。良かったわね。……そんなに参加したいのね?」
「はい」

 ユリアの瞳には火が灯っている。
 あの男性でもキツイ鍛錬のどこに魅力を感じるのだろうか。

「ユリアは運動神経もいいし、十分強いと思うのだけれど、なぜそんなに鍛錬したいの?」

 私は服を脱ぎ、ユリアから部屋着を受け取りながら尋ねる。
 大仰なドレスは着替えを手伝ってもらうけれども、さすがに制服や侍女服への着替えなどは自分で行っている。

「短剣の剣術を身に付けたいからです」

 や。確かにそれは聞いたけれども。

「えっと。じゃあ、短剣をなぜ習いたいの?」
「長剣は騎士にのみ携行が許されているからです。短剣なら女性でも服の中に隠し持つことができます」

 いや。それも知っているけれども。

「ここは王宮でしょう? 確かに人の出入りはあるけれど、騎士様方が守っていらっしゃるわけだし、安全面では万全のはずよ。あなたが日常的に短剣を身に付ける必要ある?」
「万全を期して、過ぎることはありません」
「そう。でもね。それだけの理由じゃ、駄目よ。認められないわ。わたくしもそうだし、ジェラルド様もきっとそうおっしゃると思う」

 この王宮の中で、刃物を身に付けてうろうろする人間が許されるはずもないだろう。
 ユリアは一瞬黙り込んだけれど、渋々口を開いた。

「ロザンヌ様は影祓いにおいて、ベルモンテ侯爵家の目の上のたんこぶです。もしロザンヌ様の存在に気付かれたら、彼らはどんな手に打って出てくるか分かりません」
「ユリア。私のために……?」

 普段は口にも態度にも表してくれないだけに、ユリアの気持ちにじんと胸が熱くなった。

「ロザンヌ様を害するものは、この私が全て排除いたします」
「あ、ああウン。……アリガトネ」

 抑揚の無い声で淡々と宣言する真顔のユリアを前に、私は心に誓った。
 クラウディア様の身の安全のために、今日の事はユリアに絶対愚痴らないでおこう――と。
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