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第97話 貴族としても、侍女としても
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本日は学校がお休みなので、殿下と書庫室に行くことになった。
ユリアは言わずもがなの鍛練場だ……。またジェラルドさんにお世話していただくことになる。
仕立て直した練習着を手にしたユリアから、本日もよろしくお願いいたしますと静かなる強い圧で寄られると、ジェラルドさんもお断りできなかったようだ。
前回のように、私たちはそれぞれの場所へと向かう。
「君の実家の侍従や侍女は仕事量が多いのか?」
「え?」
不意に振ってきた脈絡の無い話題に私は目をぱちくりとさせた。
殿下はどういう意味でおっしゃっているのだろうか。真意は分からないけれど、とりあえずそのまま答えてみる。
「ええっと。確かにうちは雇っている人数は少ないので、王宮で働く方々と比べると仕事量は多いかもしれません」
「だから君の侍女は騎士と張り合えるぐらいの体力があるのか?」
ああ、そういう意味。ユリアの話だったのね。
「さすがにそこまでの仕事量ではございません。うちは貴族の称号を頂いてはおりますが、座っていれば周りの人間が何もかもやってくれる裕福な貴族とは違います。できることは自分たちで致しますから。ユリアの体力は彼女の日々の鍛練の結果だと思われます」
「日々の鍛練?」
殿下は眉を上げる。
「ええ。ユリアはうちに来る前は路上生活者だったと申しましたでしょう。そこで生き延びるには体力がとても必要で、よく体を鍛えていたらしいです。その名残か、常に自分の筋肉をいじめていないと落ち着かなくなったらしいのです」
「……そうか」
殿下は重く呟いた。
路上生活者の実情を垣間見られた過去があるからだろう。
「ああ、そうだわ。当時六歳だったわたくしが十歳のユリアを捕まえたのですが、逃げ切れないほどの腕力だったらしく、それが悔しくて今でも鍛練を続けているとも言っていましたね。実家は自然が豊富な所でして、森を走り回ったり、木の枝で何百回と腹筋や懸垂したり、素手で岩壁登りなどをしている姿を度々見かけました」
「…………そうか」
同じそうかという殿下の言葉でも、意味が違っているのは肌で感じた。
廊下には人が増えてきたので、私は殿下と距離を取った。
本日はお庭を開放しているので、貴族のご令嬢方が訪れている。
うちみたいな王都から離れている所の貴族は用事が無ければなかなか出てこられないけれど、王都から近い場所、主に上級貴族のご令嬢は気軽にやって来られるのだ。
上級貴族ばかりが集まっているから、下級貴族は萎縮して王宮に気軽に遊びに来られないというのも理由の一つかもしれない。
庭を横にして歩いていると、上級貴族のご令嬢方が殿下に気が付いたようで、ご挨拶にと近寄ってきた。
ご令嬢方は皆、華やかな服に身を包み、豪華な装飾品を身に付け、美しい化粧を施している。一般の方々が想像する理想の貴族の姿といったところかもしれない。
殿下が立ち止まるので、私もまた少し離れた所で立ち止まって待機する。
何を話しているのかは分からないけれど、殿下とご令嬢方は笑顔を浮かべており、楽しい会話であることは間違いないようだ。
周りにいるご令嬢は皆、殿下の側に立っていても遜色ない方々ばかりである。当然、私などが殿下の側に立っていたならば、不自然に思われるだろう。
我が家は貴族とは言え、世間一般の方々が憧れるような生活を送っているわけではなく、質素倹約に生きている。私たちは領民の方々から支えていただいて生活させてもらっているわけだから、自分の境遇に不満を思ったことは一度もない。むしろ感謝して生きてきた。生きてきたけれど……。
私は気付けば侍女服のスカートをぎゅっと握りしめていた。
その時、何かおかしい事でも言ったのだろうか。一人の令嬢が笑って殿下の腕にさり気なく触れた。
私はどきりとしたが、殿下は特に咎めることなく、気に留めることもなく、そのままにさせている。体調不良を起こすこともないようだ。
ああ、そうかと思った。
貴族の位は関係がない。私は侍女の立場としてでも殿下のすぐ側には立てないのだと。普通の侍女としての接触もできないのだと。……私が触れると殿下の体に支障をきたすから。
私には彼女のような真似ができない。貴族としても、侍女としての振る舞いすらもできない。
彼女が、いえ、影祓いの能力を持たない普通の人が羨ましい…………妬ましい。
そんな気持ちが不意に湧き起こってきて、私はまた何変な事を考えているのだと慌てて頭を振った。
ユリアは言わずもがなの鍛練場だ……。またジェラルドさんにお世話していただくことになる。
仕立て直した練習着を手にしたユリアから、本日もよろしくお願いいたしますと静かなる強い圧で寄られると、ジェラルドさんもお断りできなかったようだ。
前回のように、私たちはそれぞれの場所へと向かう。
「君の実家の侍従や侍女は仕事量が多いのか?」
「え?」
不意に振ってきた脈絡の無い話題に私は目をぱちくりとさせた。
殿下はどういう意味でおっしゃっているのだろうか。真意は分からないけれど、とりあえずそのまま答えてみる。
「ええっと。確かにうちは雇っている人数は少ないので、王宮で働く方々と比べると仕事量は多いかもしれません」
「だから君の侍女は騎士と張り合えるぐらいの体力があるのか?」
ああ、そういう意味。ユリアの話だったのね。
「さすがにそこまでの仕事量ではございません。うちは貴族の称号を頂いてはおりますが、座っていれば周りの人間が何もかもやってくれる裕福な貴族とは違います。できることは自分たちで致しますから。ユリアの体力は彼女の日々の鍛練の結果だと思われます」
「日々の鍛練?」
殿下は眉を上げる。
「ええ。ユリアはうちに来る前は路上生活者だったと申しましたでしょう。そこで生き延びるには体力がとても必要で、よく体を鍛えていたらしいです。その名残か、常に自分の筋肉をいじめていないと落ち着かなくなったらしいのです」
「……そうか」
殿下は重く呟いた。
路上生活者の実情を垣間見られた過去があるからだろう。
「ああ、そうだわ。当時六歳だったわたくしが十歳のユリアを捕まえたのですが、逃げ切れないほどの腕力だったらしく、それが悔しくて今でも鍛練を続けているとも言っていましたね。実家は自然が豊富な所でして、森を走り回ったり、木の枝で何百回と腹筋や懸垂したり、素手で岩壁登りなどをしている姿を度々見かけました」
「…………そうか」
同じそうかという殿下の言葉でも、意味が違っているのは肌で感じた。
廊下には人が増えてきたので、私は殿下と距離を取った。
本日はお庭を開放しているので、貴族のご令嬢方が訪れている。
うちみたいな王都から離れている所の貴族は用事が無ければなかなか出てこられないけれど、王都から近い場所、主に上級貴族のご令嬢は気軽にやって来られるのだ。
上級貴族ばかりが集まっているから、下級貴族は萎縮して王宮に気軽に遊びに来られないというのも理由の一つかもしれない。
庭を横にして歩いていると、上級貴族のご令嬢方が殿下に気が付いたようで、ご挨拶にと近寄ってきた。
ご令嬢方は皆、華やかな服に身を包み、豪華な装飾品を身に付け、美しい化粧を施している。一般の方々が想像する理想の貴族の姿といったところかもしれない。
殿下が立ち止まるので、私もまた少し離れた所で立ち止まって待機する。
何を話しているのかは分からないけれど、殿下とご令嬢方は笑顔を浮かべており、楽しい会話であることは間違いないようだ。
周りにいるご令嬢は皆、殿下の側に立っていても遜色ない方々ばかりである。当然、私などが殿下の側に立っていたならば、不自然に思われるだろう。
我が家は貴族とは言え、世間一般の方々が憧れるような生活を送っているわけではなく、質素倹約に生きている。私たちは領民の方々から支えていただいて生活させてもらっているわけだから、自分の境遇に不満を思ったことは一度もない。むしろ感謝して生きてきた。生きてきたけれど……。
私は気付けば侍女服のスカートをぎゅっと握りしめていた。
その時、何かおかしい事でも言ったのだろうか。一人の令嬢が笑って殿下の腕にさり気なく触れた。
私はどきりとしたが、殿下は特に咎めることなく、気に留めることもなく、そのままにさせている。体調不良を起こすこともないようだ。
ああ、そうかと思った。
貴族の位は関係がない。私は侍女の立場としてでも殿下のすぐ側には立てないのだと。普通の侍女としての接触もできないのだと。……私が触れると殿下の体に支障をきたすから。
私には彼女のような真似ができない。貴族としても、侍女としての振る舞いすらもできない。
彼女が、いえ、影祓いの能力を持たない普通の人が羨ましい…………妬ましい。
そんな気持ちが不意に湧き起こってきて、私はまた何変な事を考えているのだと慌てて頭を振った。
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