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第200話 侍女の鑑

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 同じ女性としてついエスメラルダ様の気持ちになって考えてしまった。
 私はこほんと咳払いする。

「ところでエスメラルダ様が処刑された後、どこの墓地に埋葬されたと書かれている?」

 お墓参りに行かなければ。……あら? そういえば以前、殿下は慰霊祭は何度も行っているとおっしゃっていたかしら。

「君の質問だが、ルイス王の時代よりさらに遡った時代、罪人の中に王家に対する反逆者がいたこともあったそうだ」

 ユリアに尋ねたが、その答えは殿下が出してくださるようだ。
 私は殿下に視線を向けた。

「墓地に埋葬することで信者や支援者によって聖地化されることを恐れ、人知れず捨て置いたと言う。それ以来、処刑された罪人は当然丁重な埋葬もされず、墓石など無いし、もちろん名を刻むことも許されていない。だから所在は不明のはずだ。特に彼女の場合はルイス王太子を呪ったわけだからな。第一級犯罪に当たるだろう」
「です」

 ユリアも書物を読み進めていたようで、殿下の言葉に頷いた。

「ではお家は? お家は家宅捜索に入ったのだから場所は特定されているでしょう」
「取り壊されたようです。残していたとしても四百年近く経ちますから、もう見る影もないでしょう。場所も書かれていません」
「そう。他に呪いを解く手掛かりは無い?」

 ルイス王以降の歴史書は現在も使われている文字で書かれている。殿下はそれらに目を通したはずだけれど、何も得ることができなかった。手掛かりがあるとしたら初めて呪いをかけられた時代のこの書物のみだ。

 ユリアはさらに読み進めると顔を上げた。

「残念ながら。あとはルイス王の統治による功績のみですね」
「そんな……」

 結局、呪いに関しての手掛かりは得られていない。分かったのは魔女として処刑された女性の名前と、王族にありもしない罪を押しつけられたということだけ。

「宮廷の歴史学者が王族の検閲がかかると分かった上でここまで書き、なおかつ承認を得ただけでも大したものだ」

 がっかりする私を慰めてくれる殿下に我に返る。
 私よりももっと殿下の方が落胆しているはずだ。

「はい。そうですね。――あ。お身内のオーギュスト国王陛下や王妃殿下の手記などは残されていないのですか」

 第三者が書いている文では詳しくないのも仕方がないかもしれない。

「いや。今のところは見付かっていないな」
「そうですか。でもジェラルド様がお持ちだった、騎士規程書の原文も出て来ましたし、また何かうっかり手掛かりが出てくるかもしれませんね」
「それを言うなら、ひょっこりだろう」
「わたくしはそう申しました。ね、ユリア」

 澄ました顔でユリアに話を振ると。

「いいえ。ロザンヌ様はうっかりと言いました」
「裏切りモノ! どちらの味方をするの。ユリアも巨大な権力に屈しただなんて、わたくしは悲しい」
「私は正しい事をおっしゃる方の味方です」

 無情にもユリアは淡々と私に反論すると、殿下は勝ち誇った顔をした。
 殿下よ、大人げないぞ。

「ユリアが冷たい」
「主人が間違った道を進もうとするのならば、それを修正するのも侍女の役割です」
「侍女の鑑!」

 私が反論できずにむしろ褒め称えると、横のジェラルドさんがくすりと笑った。
 視線を移すと。

「申し訳ありません。ですが、お二人は本当に強い信頼で結ばれているのだなと思いまして」

 取りなしてくれる言葉に場がほっと緩んだ。すると殿下が気持ちを切り替えたようでユリアを見た。

「ユリア・ジャンメール。あらためて願いたい。この書庫にあるルイス王時代までの消滅した言語で書かれた文献の解読を君に任せたい。呪い解明だけの話ではなく、この国の歴史を紐解く重要な資料だ」
「お言葉ですが、殿下」

 願いを請う殿下に対してお言葉とは、さすが王家をも恐れぬ最強侍女。

「私の名はユリア・ラドロです」
「え?」

 私は呆気に取られた。
 もしかして私たちダングルベール家を気にしてのことだろうか。

「ユリア、あなたはユリア・ジャンメールよ。少なくともここではジャンメールに戻って良いの」

 口を挟むとユリアの視線は私に移された。そして彼女はふっと顔を綻ばせる。

「ロザンヌ様、勘違いなさらないでください。私は自分の過去を捨てたわけではありません。両親と幸せに生活してきた日々も、盗みを働いて人を傷つけながら生きてきた私の罪も全て私の人生です」

 彼女の言葉は自分で発するのにはあまりにも重いだろう。それを言わせているのは他ならぬ私である。彼女の言葉を真っ正面からしっかりと受け止めたいと思う。

「ですが過去を背負ったまま、人生の半分以上、ロザンヌ様のお側でユリア・ラドロとして生きてきました。私はユリア・ジャンメールであり、またユリア・ラドロでもあるのです。今の私はユリア・ラドロとして生きたい。ただそれだけです」
「……うん。分かった」

 小さく頷いた私にユリアは殿下に視線を戻すと、立ち上がり身を低くすると礼を取る。

「私、ユリア・ラドロは殿下のご下命を謹んでお受けいたします」
「ありがとう。ユリア・ラドロ。よろしく頼む」

 殿下もまた立ち上がると礼を告げた。
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