つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
201 / 315

第201話 条件をつける

しおりを挟む
「殿下。少しお待ちくださいな」

 殿下とユリアのやり取りを静観していたけれど、彼女が殿下の下命を承るという言葉に私は口を開いた。

「何だ?」
「ユリアはわたくしの侍女です。まずわたくしにお伺いを立てていただきましょうか」

 私は座ったままでふてぶてしく腕を組んでみせる。

「しかし彼女は今、承ると」
わたくし・・・・はまだユリアを翻訳者としてここに仕わすことを承知しておりませんが。そうよね、ユリア」
「はい。ロザンヌ様のお許しが得られないのならば、今の話は無かったことに致します」

 ユリアならたとえ王命よりも私を優先してくれると考えた上でのことだったが、彼女はやはりあっさりと頷いてくれた。
 殿下も、私に背いてまで頑固な彼女は動くことはないと感じたのだろう。ため息を吐く。

「何が望みだ?」

 ここは絶対に引いてはならないことである。
 私は少しでも態度が大きく見えるように椅子から立ち上がると、右手の指を一本立てる。

「まずはユリアの身の安全です」
「身の安全?」
「ユリアはおそらくこの国で唯一、失われた旧字を翻訳できる人間でしょう。利用価値は計り知れません。頻繁に書庫室に出入りするのを万が一、誰かに見られたりしたら、目をつけられることになるかもしれません。ですから絶対に人気のない時に出入りさせること。あるいは出入りしても不自然ではない職に建前上、就かせること」

 誰かというと、この書庫に出入りできる唯一の貴族、ベルモンテ侯爵家ということだけれど、そこまでは言わない。殿下も分かっているはず。

「それはもちろんだ」

 頷く殿下を確認して私は二本目の指を立てる。

「次にユリアの侍女の仕事量を減らし、お給金を上げること。特別手当でも構いません」
「分かった。父上、陛下に相談するが承認されるはずだ」
「では、三つ目」

 私は指を三本立てた。

「ユリアが物事の優先順位を決め、嫌になったら彼女の意思を尊重し、ご下命を直ちに撤回した上、自由にしてそれ以降はユリアの生活を侵害しないこと」
「なかなか要求が多いな」
「あら。まだ続きますよ」

 苦笑いする殿下に私は薄ら笑いを返し、四本目の指を立てる。

「以上のことを書面に残し、ユリアに渡すこと」
「分かった。それだけか?」
「いいえ。最後に」

 私は五本目の指を全て立てて、手の平を見せた。

「これが一番重要で最初にしていただくことです。ユリアのお父様に依頼したのは王家であるのか、陛下にご確認すること。なお、もし虚偽が分かれば、直ちにわたくし共・・・・・は引き上げさせていただきます」

 自分の利のためだけに嘘をつかれたらそれ以降、信頼することなどできない。私も今の職を辞させていただくことにする。

「……念の為に聞くが、もし、王家が依頼したと分かった場合は?」
「わたくしはただ真実をユリアに伝えてほしいだけです。王家が依頼したとしても、わたくしは殿下の影祓いを続けさせていただきます。ただし」

 私はユリアを見た。
 相変わらず感情の色を表面には見せず、私をただひたすらに見つめている。

「ただし、翻訳のことに関しての最終判断はユリアの意思に任せます」

 ユリアの家庭を奪ったのが王家による依頼が原因だったとして、それが彼女に憎しみや嫌悪感を抱かせるのならば私はそんな真似をさせない。けれどお父様の意思を引き継ぎたいと彼女が望むのならば、そうさせてあげたい。全てはユリア次第だ。

「彼女に……。君は彼女のことばかりだな」
「ええ。わたくしがユリアをこの王宮に無理やり連れてきて巻き込んだ以上、わたくしには彼女の身と自由を守る責任があります。ユリアは条件をつけないでしょうから、わたくしが代わりに申し上げます」
「なるほど」

 殿下は大きくため息をついた。

「分かった。結果はどうあろうと、君は私の側にいるんだな」
「はい。誠意さえ見せていただければ」
「それだけは約束しよう。君を失うことだけはしたくない」

 言葉だけ聞くとまるで恋い慕っているような台詞だ。まあ、今のこの緊迫した空気には全くそぐわないが。

「わたくしもできれば今後も、殿下のお力添えをさせていただきたいと思っております。どうぞ嘘偽りのありませんようにお願い申し上げます」

 私はしずしずと礼を取った。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

処理中です...