銀の鬼神とかわいいお嫁さん

鐘ケ江 しのぶ

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思い出したのはお式の前①

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「ご主人様、どうされました? どうされました?」

 姿見の前で凍り付いた様に動かなくなった自分に声をかけたのは、モーリスだ。同い年で、兄弟の様に育ち、こんかめんどくさがりの自分にでも、根気よく世話をしてくれる貴重な人物だ。

「あ、ああ、いや、今日は何の日だ?」

 ついさっきまで、血糊がついた剣を持っていた気がする。

「何を仰っているんですかっ、今日は結婚式ですよっ。エミリア嬢と、バルド様のっ。しっかりしてくださいっ、まさか昨日の遠征先で変な茸でも食べたんですかっ」

 たまに毒を吐くが、こいつは、とても貴重な人員だ。この自分を人として扱ってくれるのは。

 バルド・フォン。

 自分の名前だ。父から早々と辺境伯を譲られた。どうも貴族に必要な後継者をえるたの婚姻に乗り気ではなく、爵位を継がせたら自覚するかと両親が思ったが、効果なく。結局、業を煮やした母から山のような釣書から誰か選べと扇で殴打された。

「くっ、我が子ながらなんて硬いのっ。鉄製の扇が折れたわっ」

 鉄製の扇で息子を叩くのもどうかと思ったが、めんどくさくて、適当に引き当てた釣書。
 それがエミリアだった。

 エミリア。

 エミリア。

 エミリア。

 頭痛がする。いくつもの場面が頭の中を駆け抜ける。

「バルド様っ、本当にどうされたんですかっ。おかしいぞ、先生をっ。マチル先生をっ」

 モーリスが叫ぶと、騒然となる室内。

「ぼっちゃまっ」

 いまでもぼっちゃま扱いの爺、執事長のセバスが駆け寄ってくる。最後の記憶の中では、痩せて老けこんでいたが、目の前にいるのは現役バリバリのセバスだ。

「心配ないっ、ただ、ちょっと頭痛がしただけだ」

「……………やっぱりマチル先生を呼んでください」

「だから、心配ない」

「熊に殴られても、猪に突撃されても平気な人が頭痛なんて病気でしょうがっ。あ、いけない、本当にいけない、マチル先生をーっ」

 モーリスが今までにない緊急事態と叫ぶ。
 その最中にも、頭痛が治まらずに、たまらず膝を着く。
 いくつもの場面、まるでこれからを示唆するような未来の場面。
 
 エミリアを喪ったあの日、自分は狂った。
 大切だと、自覚するのが、遅すぎた、大切にするには、遅すぎた。
 
 エミリアを喪ったあの日から、狂ってしまった。
 後悔の前に発狂、広がる血の海。
 エミリアを死に追いやった連中をズタズタに生きたまま切り裂いて、決死の覚悟で飛び出したモーリスまで。

 バンッ

 騒然とした室内に響く打音。
 ただ、自分の太ももを叩いただけ。

「大丈夫だ、騒ぐな、式に影響する」

 立ち上がる。
 きっとこれは奇跡なんだろう。それとも罰なのだろうか。
 エミリアとの結婚式にまで戻って来た。ならば、やるべき事は決まっている。

 エミリアを守り、幸せにすることだ。そしてモーリス達を、両親を、皆を守らなくては。

「支度を」

 静かに言い放つと、しんとなった室内は、再び式に向けて厳かな空気に包まれた。
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