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第二章 王都
タウンハウスの夜
しおりを挟む「なるほどね…」
イケメン二人が正座している幻覚が見えそうな程、改まったレオニダスとアルベルトさんが私のことを真摯にテレーサさんに説明した。この場にエーリクとアンナさんはいなくて、四人で応接室のソファに座っている。
テレーサさんは口元に白くて長い指を当て少し考える風だったけれど、私を見て、ふっと優しく笑った。
「二人の言うことは分かったわ。こんなに可愛らしいお嬢さんが、こんな格好をさせられている理由も」
こんな格好とは、私の従者の姿のこと。
これでも、アンナさんとちょっと可愛いもの選んだんデスヨ? 釦とか裏地に拘ってるんです! サイズも私にピッタリだし!
でも流石、アルベルトさんのお母さま。一発で私のこと見抜きましたよ。ちょっと髪伸びて来たからかな?
「今はまだこの姿でいないと危険だ」
レオニダスが気持ち青褪めた顔で呟く。
この姿は私のことを心配しての事だと分かってます。理由はちょっと理解できてないけど。
「教会へ連れて行くのね?」
「はい」
ふう、とテレーサさんはひとつ息を吐きお茶を飲む。
「分かりました。このことは……あなた達にしたら仕方のないことかもしれないわね」
私も協力するわ、とテレーサさんは笑った。
よく分からないけど、レオニダスとアルベルトさんが安心しているから取り敢えず良かったね?
レオニダスの乳母だったテレーサさんは、怒らせたら怖い人なのね。表情を硬くしていた二人を見て、推して知るべし。
「さあ、移動で疲れたでしょう。晩餐まで時間があるから部屋で休むといいわ」
テレーサさんにそう促され、私はウルと自分の客室に向かった。
「はぁ……」
バタンとベッドに倒れ込む。
王都についてから興奮しっぱなしで、こんなに疲れていると思わなかった。身体が重い。
アンナさんに見られたら行儀が悪いって怒られるけど、靴を脱ぎ上着も皺にならないようハンガーにかけて少し仮眠を取ることにした。
お医者様に貰った薬を、置いてあった水差しで飲む。
本当は街を見て歩きたかったんだけど、ちょっと傷が痛む。傷が痛むと、嫌な気持ちも引き摺られるように押し寄せてくる。ウルがベッドに上がって来て私にピッタリと身体を寄せた。
それが合図になって、私は深い眠りについた。
* * *
あったかい……。
じんわりと身体が温まって来て、気持ちいい。
この温もりに覚えがある。閉じた瞼の向こうのほんのりと灯る明かりに懐かしさを感じて、ぼんやりと目を開けた。
私の頬に手を添えたレオニダスが眉間に皺を寄せてこちらを見下ろしていた。
部屋はいつの間にか暗くなっていて、室内がオレンジ色の灯りで照らされている。
「……れお、にだす」
「……すまない、時間になっても降りてこないから……ノックはしたんだが。少し熱があるぞ、無理をさせたな」
ねつ? ……熱。
身体が怠いのはそのせいだったのか……気が付かなかった。
お腹の辺りが暖かい。視線を下ろすと、ほんのりオレンジ色に灯る石が当てられていた。これは温石と言って、湯たんぽのような石。
どういう仕組みで温かくなるのか私には分からないけど、怪我をして寝込んでいた時、アンナさんが生理痛のひどい私のお腹を温めるのにも使ってくれた。
「食事はどうする? 何か持ってくるか」
レオニダスは頭を撫でながら囁くように話す。
ああ、その声。
低すぎないその声が、本当に落ち着く。私はひとつだけ首を横に振った。お腹は空いてない。
でもレオニダスは眉間に皺を寄せたまま、心配そうな顔をしている。
「何か食べたほうがいいぞ」
そう言って立ち上がろうとするレオニダスの袖を掴んだ。
「だめ、です。まだいて……」
怖い夢を見た。
あまり覚えてないけど、目の前が赤く暗くなって、怖くなり自分を閉じようとする夢。レオニダスは少し困った顔をして、でも袖を掴んだ私の手を取り指を絡めて繋いだ。
「……カレン」
キュッと指を絡め、レオニダスが囁く。
レオニダスは私と二人の時にこうして、私をカレンと呼んでくれる。この名前はこちらでも響きが女性の名前のようだと思って、レオニダスにしか教えていない。
今は、レオニダスにしか教えたくなくて。
「ごめんなさい」
「何が?」
「わたしは……こどもみたい、です…」
ごめんなさい、もう一度呟く。
今だけ。こうして突然やってくる不安に押し潰されそうになった時だけでいいから、どうか、傍にいて欲しい。
レオニダスの顔を見ることが出来なくて、目を閉じる。
「そんな事はない。まだ完全に良くなっていないのに、無理をさせてすまない」
レオニダスは少し黙った後、私の背中側にくっついていたウルを呼んでベッドから降ろした。
何だろうと思って視線を上げると、レオニダスは私を跨いで背中側に回り、一緒に横になって私を背中から抱き締めた。
「!?」
ぼんやりしていた頭が、ちょっとパニックになった。
レオニダスは「しーっ」と言って、指を絡めたままの手にギュッと力を入れる。
え? いやいやいやいや、しーじゃなくてね? この状況は! 今何がどうなってるの!?
「カレン」
後ろから、私の耳元で囁く。ううっ、確信犯ですか?
レオニダスの吐息が耳にかかり鼻先が耳朶を掠める。私の首に顔を埋め、レオニダスが深く息を吸う。繋いだ手とグッと抱きしめる腕の強さがこれ以上ないくらい恥ずかしいのに、離れ難くて。
大きな身体が放つ熱と重みに、またもや私の瞼は重くなって来て。こんな状況でも眠くなる私。
ウルとは違う大きな熱が背中にピッタリとくっついて私を包む。
「カレン、ここにはピアノがあるぞ」
「……ぴあの?」
沈みかけていた意識が少し浮上する。
「そうだ。だから明日……体調が良くなったら、好きなだけ弾くといい」
レオニダスは耳元でそっと囁く。
だめ、みみよわい……
「そうか、弱いのか」
クツクツと笑うレオニダス。
あれ? 声に出てました?
「カレン……もうお休み」
そう言ってレオニダスは多分、私の耳にキスをした。
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