【完結】恋多き悪女(と勘違いされている私)は、強面騎士団長に恋愛指南を懇願される

かほなみり

文字の大きさ
11 / 39

10 落胆と母性

しおりを挟む

「まあ、王女殿下と婚約……」

 明かりが灯された噴水の近くで、設置されたベンチに腰を下ろす。
 彼は、はぁっと息を吐き出して頭を抱えた。

「ご事情は分かりました。赤ん坊のころから知る王女殿下と婚約するのを避けたいのですね」
「ああ……決して王女殿下が嫌なのではない。だが、まだお若い殿下が、こんな年の離れた男と必要もないのに幼いうちに婚約することに抵抗がある」
(優しいのね)

 王族が、若いころから婚約するのは決して珍しい話ではない。いつか本人の与り知らないところで、政治の駒として婚姻を結ぶこともある。
 でもそれを、彼は今ではないという。この平和な時代に、王女本人の意思と関係のない婚約を結ぶことに抵抗があるのだ、と。

「王太子殿下に、イーゼンブルグ卿が婚約者を紹介できればいいのですね」
「――できれば。そうしたいのだが、俺の顔ではうまくいかない」
「あら、素敵なのに」
「そ、それは……そう、だろうか。は、初めて言われたが」
(ふふ、言われ慣れていないのね)

 ぎこちなく返答する彼に、急に親近感が沸いてきて、かわいいと思った。
 なんとか彼の手助けができないだろうか。力になりたい。

「卿は、どのような女性が好みなんですか?」
「好み……」

 ひと言呟いた彼は、両手で顔を覆い、そのまま黙ってしまった。この、黙るという間も心証がよくない原因のひとつかもしれない。

「イーゼンブルグ卿、お顔を上げてください」

 顔を覆う彼の手をそっと掴んで顔を上げさせると、彼は驚いたように目を見開いて私を見た。

「女性と自然に視線を合わせるのも大事なことだと思います」
「しかし」
「あなたは怖くなんてないわ。私の反応を見ても分かるでしょう?」
「――あなたが変わっているだけだ」
「ふふっ! それはよく言われるわ!」

 おかしくて笑う私を見て、彼の身体から力が抜けるのが分かった。表情も少し、柔らかい。

「――かわいらしい」
「え?」
「いや。――かわいらしく、優しい人が好ましい、と」
「そうですか」
(かわいらしい……)

 ため息を吐きそうになるのをぐっと堪える。

(ああまた、かわいらしい女性が好まれるんだわ)

 イーゼンブルグ卿の言葉に、思っていたよりもショックを受けている自分がいる。大きくて逞しい男性も、やっぱりかわいらしい女性が好みなのだ。
 ここでも結局、私のような大きい女は対象外なのだ。

「きっと卿の好みの方が見つかります。女性と出会って、どうアプローチするか考えなければいけないわね」
「では、あなたがその相手をしてくれるか」
「相手?」
「そうだ。女性を口説くときの言葉やアプローチを、あなたを相手にするのはどうだろう。それが合格点かどうか教えてほしい」
「なるほど……?」

 気になる相手が見つかるまでは、私で実践するということだろうか。確かにそれは理にかなっている……?

「次に夜会で会うときに、あなたを口説く。合格点だったかを後から教えてほしい」
(それは、なんだかすごい提案だけれど……!)

 イーゼンブルグ卿の強い圧に、つい首を縦に振る。すると彼は、少しだけ嬉しそうに目元を赤く染めた。これをかわいいと思ってしまう私は今、心が麻痺しているのかもしれない。

「では、宿題ね。次の夜会で私を上手に口説く台詞を考えてきてください」
「ああ。善処する」
「善処!」

 思わず笑うと、彼もつられたように少しだけ口元を緩めた。どこまでもまじめなその様子に、彼の人柄を見た気がして、ほっとする。やっぱり、悪い人ではない。

「では、次に参加する夜会が決まったら教えてほしい。俺の連絡先は騎士団で構わない」
「分かりました。手紙を送りますね」

 次に参加する夜会を知らせる約束をして、私たちはバルコニーからホールへと戻った。
 彼の手を取って歩いている間、あちこちから視線を感じたけれど、高身長の二人が並べば目立つのだから仕方ない。

(これで次回会ったときに口説かれているところを見られたら、大騒ぎになりそう)

 彼はホールにいるアーロンの元へ私を送り届けると、「では」と、来たときよりも少しだけ軽い足取りで去っていった。

(なんだかとんでもないことを引き受けた気がするわ……)

 去っていく彼の後ろ姿を眺めながら、急にプレッシャーが圧し掛かる。問題は、彼が私を叔母さまと勘違いしているということ。
 私は恋なんてほとんど知らない、恋愛初心者だということだ。

(あれ? どうしよう、もしかしてこれって、まずいんじゃない……?)

 引き受けてしまった内容を思い返して、胃の辺りが急にぎゅうっと縮んだ。
何も知らないアーロンに「何か食べる?」と問いかけられて、うわの空で返事をするのが、精いっぱいだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

処理中です...