【完結】恋多き悪女(と勘違いされている私)は、強面騎士団長に恋愛指南を懇願される

かほなみり

文字の大きさ
36 / 39

番外編1 王太子殿下の事情

しおりを挟む

「いやあ、まとまってよかったな、エイデン」

 例のごとく葉巻に火をつけようと引き出しを開けた途端、執務室から事務官と護衛騎士たちが静かに立ち去った。
 さすがに回数を重ねた自覚はある。執務中だというのに、彼らは私の合図に無意識で従うことができるようになってしまった。

「――そうだな」

 この無口で無表情、鉄仮面のような男とは、もう二十年以上の付き合いになる。
 真面目で実直、騎士を絵に描いたようなエイデンは、決して見目は悪くないのだが、なぜか昔から令嬢に恐れられている。
 それもすべて、大きな身体とニコリともしない無表情のせいだと思われる。
 縁談はすべて相手から断られ、社交界でも敬遠されるほどの無表情具合は、歳を追うごとに磨きがかかっていった。
 悪い男ではない。むしろ情に厚く、女性と付き合えば、相手を大切にするタイプだ。多分。
 だが、結局いい相手を見つけられないまま三十二歳を迎え、子爵位の叙爵と騎士団長昇任という、ますます近寄りがたい地位を得てしまった。

「それにしても、アレックス・ラトゥリ嬢がビルギッタ・ラトゥリ・バーンズ前侯爵夫人の姪っ子とは、ちょっと調査が足りなかったな」
「そうだな」
「姪っ子と言えば、もっと小さな子供を想像してしまうからなぁ」
「そうだな」
「しかも容姿が似ている。前侯爵夫人の代理で出席されては、確かに噂先行で、皆が彼女をあの『恋多き悪女』と思ってしまうのも無理はない」
「そうだな」
「なあ、いったいどうしたんだ、その間抜けな返答は」

 あまりにも適当な返答に、エイデンの顔を見ると、彼はむっつりと口を結んだまま私を睨んだ。王族を睨む騎士団長。

「今日はアレックスが王都に到着する日だ」
「ああ、聞いてるよ」
「嫌がらせか……?」

 人を殺してきた後のような迫力で王太子を睨むこの男。いつか、不敬罪で捕まらなければいいが。

「滞在先は、君の屋敷じゃなくて前侯爵夫人のタウンハウスだろう? 何時に到着するか分からないし、大体、君は勤務中だ。そわそわといつ来るか分からない婚約者を、他人の屋敷の前で待つなんて怪しすぎる」
「――そうか」

 いや、待つつもりだったな。純粋って恐ろしいな。

「あまり怪しい動きをしては愛想を尽かされるぞ」
「そう、か」
(なんだ、素直な反応だな、珍しい)

 これからは、彼を動かしたいときは彼女の名前を出したらよさそうだ。

「ラトゥリ家の陞爵式が決まったよ。来月になる」
「ずいぶん手際がいいな」
「そりゃあ、急がないと君の婚約がいつまでも発表できないからね。陛下の力添えあってのことだ」
「ありがたい」
「でもさ、運がいいと思うよ」
「運?」
「そう。陞爵しても所詮、子爵位だ。通常なら貴族院が何を言うか分からない。でも、今回陞爵される子爵位はクレマン子爵位だからね。クレマン家は古くから続く家柄で、田舎とはいえ、広大な領地を治めてる。国がどんなに混乱した時代であっても安定した経営を行って、王家を支えてきた。そして、貴族院では公爵家の派閥に属してる」
「ああ。文句のつけようがない。父もクレマン家との繋がりが持てると喜んでいたくらいだからな」
「これで、公爵家と繋がりを持ちたいと密かに動いていた貴族たちも大人しくなるだろう」

 彼らの婚約に、王家が介入したも同然だ。表立って否を唱える者はいない。

「やれやれ、どうなるかと思ったが、収まるところに収まったな」
「フランシス」
「なんだい」

 さすがに彼も、私に感謝くらい述べたいだろう。このために陛下を説得したのだから。

「アレックスがそろそろ到着するかもしれない。もう戻っていいか」
「……」

 普段よりも一段と無表情だと思っていたが、落ち着かない気持ちを抑えるために、ますます顔が強張っているのだろう。

(まあ、こんな姿を見るのも初めてだし)

 いつか感謝してくれる日が来るだろうことを信じて。
 葉巻を灰皿に押し付けて、パンッ、と手を叩いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

このたび、片思い相手の王弟殿下とじれじれ政略結婚いたしまして

むつき紫乃
恋愛
侯爵令嬢のセレナは国王の婚約者だったが、ある日婚約破棄されてしまう。隣国の姫君から国王へ婚姻の申し入れがあったからだ。国王に代わる結婚相手として挙げられたのは、セレナが密かに想いを寄せていた王弟‪・エミリオ殿下。誠実な彼と結ばれて、穏やかで幸福な結婚生活が幕を開ける――と思いきや、迎えた初夜の途中でなぜかエミリオは行為を中断してしまい? 急な婚約者の交代で結ばれた両片想いの二人が互いに遠慮しすぎてじれじれするお話。 *ムーンライトノベルズにも投稿しています

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

仮面侯爵に抱かれて~罪と赦しの初夜~

ひなた翠
恋愛
父が国家反逆罪で流刑となった日、私は冷酷な侯爵アレクシスに婚約者として屋敷へ連れ去られた。 父を陥れた証言をしたのは、この男。憎しみを抱えながらも、夜ごと彼に抱かれる日々。従順に抱かれる婚約者を演じ、父の無実を証明する証拠を探すはずだった。 けれど彼の不器用な優しさに触れるたび、心が揺れていく。 仮面の下に隠された素顔、父への手紙、そして明かされる真実——。 本当の敵は誰なのか。この胸の痛みは、憎しみか、それとも。 復讐を誓った少女が、やがて真実の愛に辿り着くまでの、激しく切ない恋物語。

【完結】イケオジ王様の頭上の猫耳が私にだけ見えている

植野あい
恋愛
長年の敵対国に輿入れしたセヴィッツ国の王女、リミュア。 政略結婚の相手は遥かに年上ながら、輝く銀髪に金色の瞳を持つ渋さのある美貌の国王マディウス。だが、どう見ても頭に猫耳が生えていた。 三角の耳はとてもかわいらしかった。嫌なことがあるときはへにょりと後ろ向きになり、嬉しいときはピクッと相手に向いている。 (獣人って絶滅したんじゃなかった?というか、おとぎ話だと思ってた) 侍女や専属騎士に聞いてみても、やはり猫耳に気づいていない。肖像画にも描かれていない。誰にも見えないものが、リュミアにだけ見えていた。 頭がおかしいと思われないよう口をつぐむリュミアだが、触れば確かめられるのではと初夜を楽しみにしてしまう。 無事に婚儀を済ませたあとは、ついに二人っきりの夜が訪れて……?!

だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)

春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】 「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」 シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。 しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯ 我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。 「婚約破棄してください!!」 いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯? 婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。 《2022.9.6追記》 二人の初夜の後を番外編として更新致しました! 念願の初夜を迎えた二人はー⋯? 《2022.9.24追記》 バルフ視点を更新しました! 前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。 また、後半は続編のその後のお話を更新しております。 《2023.1.1》 2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為) こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

処理中です...