続・ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました

かほなみり

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「ヴィルツ補佐官、待ってください」

 団長室を後にして、先を行く彼に声を掛ける。
 こちらを振り返った彼の眉間がぎゅっと寄っている。まだ機嫌は悪いらしい。

「あの、承諾してくださって、ありがとうございます。繁忙期なのに……」
「それは君が気にすることではない」

 そう言ってゆっくりと歩き始めたベルンハルトの隣をついて歩く。背の高い彼をそっと見上げれば、まっすぐ前を向いたままでこちらを見ない。

「他のみんなに引き継げるようにしておきます」
「君もあちらへ移動したら引継ぎを受ける側になる。無理はするな」
「はい」
「――エリカ」

 ふと、ベルンハルトが足を止めて私を見た。
 廊下の窓から差し込む日の光を受けて、彼の青い瞳が優しく光る。

「王太子妃はとてもよく周囲を見る人だ。いつもの自分を出せば、君なら問題ないだろう。あまり気を張らなくていい」
「はい、ありがとうございます」
「それから……」
「ヴィルツ補佐官!」

 廊下の向こうから、文官が書類を持って慌てて駆けてくるのが見えた。

「呼ばれてます」
「そうだな」

 彼はため息をついて、眼鏡をクイッと押し上げた。

「明日のために、今日はあまり無理をせず早めに帰るんだ」
「はい」
「――エリカ、ちょっとここを見ろ」
「?」

 そう言って、彼は自分の胸の辺りを指さした。
 大人しく彼のさした辺り、制服のボタンに視線を向ける。すると彼は、少しだけ屈んでそっと私の耳元で囁いた。

「――も早く帰って、今夜はとゆっくり過ごしたいよ、エリカ」
「!?」

 突然いい声で囁かれて、顔が熱くなる。

(ふ、不意打ち……!)

 真っ赤になったことを自覚しながら、耳を押さえてパッと彼を見上げれば、彼は満足そうに口端を上げた。

「なにか困ったことがあれば、いつでも言ってくれ」
「は、はい!」
(今まさに困ってますけど!?)

 私の気持ちを見透かすように、おかしそうに笑った彼は、踵を返して文官の元へと歩いて行った。
 一人廊下に取り残されて、思わず両手で顔を覆う。

(ず、ずるいわ……!)

 私が彼の声に弱いことを分かってやっているのだ。
 職場でこんなことをするなんてずるい!
 背の高い彼の背中を見送りながら、私は必死に気持ちの切り替えを図った。

 *

「おかえり、エリカ」

 皆で共有するための資料を作っていたら、いつの間にかすっかり遅くなってしまった。慌てて自宅へ帰れば、玄関でベルンハルトが出迎えてくれる。
 彼はすでに髪の色を元に戻し、部屋着に着替えていた。夜になると彼の青い髪は黒く見えて、金色の髪をさらに美しく引き立てた。

「ただいま、ベルンハルト」
「遅かったね。無理はしないでって言ったのに」
「ごめんなさい、仕事が滞らないようにしたくて」
「持ち帰ったのか」

 彼は私が抱える書類の束をひょいっと取り上げた。

「俺もフォローするから、あまりがんばりすぎなくていいよ」
「でも、あなただって忙しいでしょう?」
「君より早く帰ることができる程度だよ」

 そう言って、彼はちゅっと頬にくちづけをくれる。

「おいで、食事にしよう。今夜は君の好きなものにしたよ」
「用意してくれたの? ありがとう!」

 ベルンハルトは料理が得意だ。彼曰く、騎士時代に遠征先でよく自炊していたのだとか。

「やっぱり、通いでいいからハウスキーパーを雇った方がいいわね」
「それは俺も考えていたよ。君の負担を増やしたくない」
「あら、負担なんかじゃないわ」

 家のことは、休日に二人でまとめてやることが多い。買い出しや掃除、保存のきく食事の作り置きなんかも彼はとても手際よくやってくれるし、そんなふうに一緒に過ごすのが楽しい。

「仕事がひとつ増えたんだ。休日はできるだけゆっくりしてほしいな」
「あなたと一緒に家のことをするのが楽しいのに」
「そんなかわいいことを言わないでくれ」

 言いながら、彼はぎゅうっと私を抱きしめた。ぐりぐりと私の肩口に額を擦り付ける彼は、なんだか犬のようでかわいい。

「でも私、これで少しはあなたに近付けるかなって思って、嬉しいのよ」
「俺に近付く?」

 不思議そうな声を上げてベルンハルトは私の顔を覗き込んだ。

「王太子妃補佐室なんて、私には縁がないと思っていたの。あなたみたいに王太子殿下と直接仕事をするような地位にはなれないだろうし、王太子宮に足を踏み入れることもないと思っていたわ。だから、あなたが普段仕事をしている場所に私も行けるって、なんだか……嬉しいの」

 将来、王太子殿下が即位すれば、ベルンハルトは宰相になると言われている。学友でもある彼らは昔から親交があり、仕事外でも互いを理解し合っているそうだ。
 彼の話を聞いていると、ときどき、この人は本当に私の夫なのだろうかと思っていた。
 私とは住む世界が違う、そんなふうに思う。

(たとえ一時的でも、そんな場所に私も足を踏み入れることができるなんて)

 やっと少し、彼に近付けた気がする。
 ふと、大きな掌が私の頬を包み込んだ。
 顔を上げれば、ベルンハルトが少しだけ眉を寄せて私を見下ろしている。金と青の髪の隙間から覗く青い瞳が、少しだけ揺れた。

「俺は今も、あなたが俺の元にいることが信じられないと感じることがあるよ」
「え?」
「絶対に、あなたは俺のものにならないと思っていたから」
「ベルンハルト……」
「だから今、こうしてあなたと一緒にいられて、すごく幸せだ」

 ふわり、と唇が触れる。
 優しく触れて離れていく唇を、つま先立ちで追いかけて、また触れる。
 ちゅ、ちゅっと啄ばみ、ぺろりと唇を舐められて、ふふっと笑い声が漏れた。

「私はずっとあなたといるのに」
「うん。すごく嬉しい」

 肩口に顔を埋めた彼は、はーっと深く息を吐きだした。

「――食事の後、仕事をする?」

 肩口にもたれかかりながら横を向いた彼は、耳元で囁いた。甘えたような声音で発したその言葉の裏に、彼の期待を感じて顔が熱くなる。

「す、するわ」
「そうだね。じゃあ、湯船を用意するから、仕事が終わったらちゃんと温まって」

 少しだけがっかりしたように感じたのは気のせいではないと思う。

(違う、私ががっかりしているんだわ……)

 だって今日は、久しぶりに二人で家にいるのだ。私だって、少しは期待して帰ってきた。
 身体を起こしたベルンハルトが離れていくのを感じて、咄嗟に彼のシャツを掴む。

「お、お風呂は……、一緒に、入る、わ……」
「!」

 その言葉に振り返ったベルンハルトの顔を恥ずかしくて見ることができない。彼はそんな私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。

「じゃあ早く食事にしよう。後片付けは俺がするから、あなたは仕事を済ませて。なんなら手伝うよ」
「ベルンハルトったら!」

 おかしくて笑う私をそのまま持ち上げて食堂へ運んだ彼は、宣言通り、後片付けと湯船の用意、そして仕事を手伝ってくれて、一緒にゆっくり、お風呂時間を堪能したのだった。
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