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「――初日から妃殿下に気に入られたようですね、リーベルト嬢」
「えっ?」
私を先導する近衛騎士が、振り返りながら話しかけてきた。王太子宮では、部外者は一人で移動することができない。補佐室へ戻るにも、必ずこうして近衛騎士が付かなければならない決まりがある。
長い回廊を歩きながら、初めて足を踏み入れた宮をきょろきょろと見渡していた私は、突然話しかけられて慌てた。
「そ、そうでしょうか?」
「妃殿下ともう明日の約束を取り付けたではありませんか。さすがですね」
「ありがとうございます」
「補佐室の仕事はご自分で希望されたんですか?」
いつの間にか隣に来て並んだ近衛騎士は、ニコニコと人のよさそうな笑顔を向けてきた。
「いいえ、グライスナー副団長に推薦していただいて」
「へぇ、それはすごい。妃殿下に気に入られて副団長とも親しいなんて」
「親しいわけではありません」
(これは、なんていうか……)
完全に品定めされている。
人がよさそう、と思ったのは完全に表向きで、その仮面の下では私を品定めしている。そう気が付いた途端、アルギッタの言葉が蘇った。
(気を付けてって、こういうことね……)
騎士は、「ふうん」と言いながら、距離を詰めてきた。横に逃げるように離れても構わず身体を寄せてきて、肩がぶつかる。壁際で、逃げ場がない。
「ここは相手を見つけるにはいいですよね。レベルの高い人間が多いから」
「レベル?」
「身元のはっきりした人間ばかりだから、誰が相手でも失敗はないでしょう」
(この人、私が結婚相手を探しに来たと思ってるんだわ)
そして、自分が名乗りを上げている。
「私は仕事をしに来ていますので、興味ありません」
「でも息抜きは必要でしょう。どうです? 今夜、食事でも」
「申し訳ありませんが、予定があるので」
「じゃあ明日は? 毎日予定があるわけではないでしょう。一人で寂しく過ごすくらいなら、少しくらい楽しんでもいいのでは?」
(なによ、そのバカにした言い方は……!)
私に相手がいないことを確信している言い方だ。それに、そんな言葉に応じる人間だと思われている。
「仕事があるので」
そう答えた私に、騎士はフッ、と鼻で笑った。
「高嶺の花を気取ってるなぁ。浮気されたくせに」
ぼそっと吐き出されたその言葉に、カッと頭に血が上った。
(失礼な人だわ!)
今すぐ突き飛ばして走り去りたい。せめて早歩きしたらいいだろうか。
「――エリカ」
そこに、私の名前を呼ぶ声がして顔を上げれば、向かいから近衛騎士と一緒にやってくるベルンハルトの姿があった。
「ヴィルツ補佐官!」
隣にいた騎士が、サッと私から距離を取って礼を執った。
ベルンハルトは眉根を寄せて、私と騎士を交互に見る。眉間の皺はとても深い。
「お疲れさまです」
「ああ……。書類の作成、ご苦労だった」
「いえ。お役に立てればいいのですが」
「十分役に立っている」
彼はそう言うと、一瞬だけ難しい顔をした。
「少し仕事のことで聞きたいことがある。補佐室へ戻るのか?」
「はい」
「では、そこまで一緒に行こう」
その言葉に、彼と一緒にいた近衛騎士が戸惑った声を上げた。
「しかし補佐官、王太子殿下は……」
「待たせておけ」
「えっ、しかし」
「こっちの方が大事だ。行こう、エリカ」
ベルンハルトは私の隣にいた騎士を先に歩かせて、自分は私と一緒に回廊を引き返し始めた。
「――なるほど、ではあの資料から判断したんだな」
「はい。できればもう少し確認したいことがあるので、書庫に入らせていただくことはできないでしょうか」
「王太子宮の書庫か。分かった、殿下に確認を取ろう」
「ありがとうございます」
騎士の後をついて歩きながら、仕事の話をする。
(――お陰で、少し気持ちが落ち着いたわ)
目の前を歩く騎士の後ろ姿を見ながら、どうしてあんなに腹が立ったのか、今なら分かる。
(ベルンハルトも馬鹿にされた気がしたのよね……)
私だけならともかく、まるで彼のことも蔑まれた気がして腹が立ったのだ。
目の前を歩く騎士の後頭部は、今でも叩きたい気持ちだけれど。隙あらば叩きたい。
「エリカ、ついでで申し訳ないが、これを見てくれ」
「はい?」
そう言って差し出された書類を受け取ろうとした瞬間、ベルンハルトは素早く私の手首を掴んで、強く引き寄せた。
突然のことに、よろけた私はそのまま彼の胸に飛び込む。
(!?)
驚いて顔を見上げれば、彼はいつの間にか眼鏡を外していた。
(え? なん……)
そしてそのまま、唇を塞がれる。
「~~っ!?」
熱い唇が強く合わされて、食べるように唇を食んだ。
目の前で騎士が歩いているというのに、こんな大胆なことをされるなんて思わず、心臓が跳ねて一気に顔が熱くなる。
激しく合わせた唇は、最後は静かに、音を立てないように、そっと離れていく。
至近距離で、青い瞳が強く私を捕らえた。
そしてゆっくりと顔を離した彼は、人差し指を口元に立てて小さく笑った。
(~~っ! べ、ベルンハルトったら!)
その姿のときにそれは反則だ! あなたは今、ヴィルツ補佐官の姿なのだから!
彼は笑いだしそうなのを堪えながら、そっと私の乱れた髪を耳にかけて、すました顔で眼鏡をかけた。
そうすると、彼は上司に戻る。
「――問題ないか?」
「あっ、ありません!?」
(大ありですけど!?)
心臓がバクバクとものすごい音を立てている。
どうしてこんな状況で平気な顔でいられるの!?
「そうか。そちらの仕事も忙しいのに、時間を取らせて悪かった」
「いっ、いいえ! いつでもどうぞ!?」
「~~っ、ぶふっ!」
私の返事を聞いた彼は、顔を逸らして口元を押さえた。
けれど、笑い声は塞ぎきれていない。笑わないでほしい! ひどい!
回廊の出口に到着して、前を歩いていた騎士がこちらを振り返った。いつの間にかやや距離が離れていた私たちを見て、怪訝な顔をしている。
ベルンハルトに頭を下げて、慌てて出入り口側へ移動した。きっと今、顔が赤い。
「エリカ、今日は初日だ。無理はせず早く帰るといい。ベルタ室長には俺からも伝えておこう」
「は、はい、ありがとうございます」
そう答えるのがやっとの私を見て頷いた彼は、騎士を促して、また回廊を引き返していった。
「えっ?」
私を先導する近衛騎士が、振り返りながら話しかけてきた。王太子宮では、部外者は一人で移動することができない。補佐室へ戻るにも、必ずこうして近衛騎士が付かなければならない決まりがある。
長い回廊を歩きながら、初めて足を踏み入れた宮をきょろきょろと見渡していた私は、突然話しかけられて慌てた。
「そ、そうでしょうか?」
「妃殿下ともう明日の約束を取り付けたではありませんか。さすがですね」
「ありがとうございます」
「補佐室の仕事はご自分で希望されたんですか?」
いつの間にか隣に来て並んだ近衛騎士は、ニコニコと人のよさそうな笑顔を向けてきた。
「いいえ、グライスナー副団長に推薦していただいて」
「へぇ、それはすごい。妃殿下に気に入られて副団長とも親しいなんて」
「親しいわけではありません」
(これは、なんていうか……)
完全に品定めされている。
人がよさそう、と思ったのは完全に表向きで、その仮面の下では私を品定めしている。そう気が付いた途端、アルギッタの言葉が蘇った。
(気を付けてって、こういうことね……)
騎士は、「ふうん」と言いながら、距離を詰めてきた。横に逃げるように離れても構わず身体を寄せてきて、肩がぶつかる。壁際で、逃げ場がない。
「ここは相手を見つけるにはいいですよね。レベルの高い人間が多いから」
「レベル?」
「身元のはっきりした人間ばかりだから、誰が相手でも失敗はないでしょう」
(この人、私が結婚相手を探しに来たと思ってるんだわ)
そして、自分が名乗りを上げている。
「私は仕事をしに来ていますので、興味ありません」
「でも息抜きは必要でしょう。どうです? 今夜、食事でも」
「申し訳ありませんが、予定があるので」
「じゃあ明日は? 毎日予定があるわけではないでしょう。一人で寂しく過ごすくらいなら、少しくらい楽しんでもいいのでは?」
(なによ、そのバカにした言い方は……!)
私に相手がいないことを確信している言い方だ。それに、そんな言葉に応じる人間だと思われている。
「仕事があるので」
そう答えた私に、騎士はフッ、と鼻で笑った。
「高嶺の花を気取ってるなぁ。浮気されたくせに」
ぼそっと吐き出されたその言葉に、カッと頭に血が上った。
(失礼な人だわ!)
今すぐ突き飛ばして走り去りたい。せめて早歩きしたらいいだろうか。
「――エリカ」
そこに、私の名前を呼ぶ声がして顔を上げれば、向かいから近衛騎士と一緒にやってくるベルンハルトの姿があった。
「ヴィルツ補佐官!」
隣にいた騎士が、サッと私から距離を取って礼を執った。
ベルンハルトは眉根を寄せて、私と騎士を交互に見る。眉間の皺はとても深い。
「お疲れさまです」
「ああ……。書類の作成、ご苦労だった」
「いえ。お役に立てればいいのですが」
「十分役に立っている」
彼はそう言うと、一瞬だけ難しい顔をした。
「少し仕事のことで聞きたいことがある。補佐室へ戻るのか?」
「はい」
「では、そこまで一緒に行こう」
その言葉に、彼と一緒にいた近衛騎士が戸惑った声を上げた。
「しかし補佐官、王太子殿下は……」
「待たせておけ」
「えっ、しかし」
「こっちの方が大事だ。行こう、エリカ」
ベルンハルトは私の隣にいた騎士を先に歩かせて、自分は私と一緒に回廊を引き返し始めた。
「――なるほど、ではあの資料から判断したんだな」
「はい。できればもう少し確認したいことがあるので、書庫に入らせていただくことはできないでしょうか」
「王太子宮の書庫か。分かった、殿下に確認を取ろう」
「ありがとうございます」
騎士の後をついて歩きながら、仕事の話をする。
(――お陰で、少し気持ちが落ち着いたわ)
目の前を歩く騎士の後ろ姿を見ながら、どうしてあんなに腹が立ったのか、今なら分かる。
(ベルンハルトも馬鹿にされた気がしたのよね……)
私だけならともかく、まるで彼のことも蔑まれた気がして腹が立ったのだ。
目の前を歩く騎士の後頭部は、今でも叩きたい気持ちだけれど。隙あらば叩きたい。
「エリカ、ついでで申し訳ないが、これを見てくれ」
「はい?」
そう言って差し出された書類を受け取ろうとした瞬間、ベルンハルトは素早く私の手首を掴んで、強く引き寄せた。
突然のことに、よろけた私はそのまま彼の胸に飛び込む。
(!?)
驚いて顔を見上げれば、彼はいつの間にか眼鏡を外していた。
(え? なん……)
そしてそのまま、唇を塞がれる。
「~~っ!?」
熱い唇が強く合わされて、食べるように唇を食んだ。
目の前で騎士が歩いているというのに、こんな大胆なことをされるなんて思わず、心臓が跳ねて一気に顔が熱くなる。
激しく合わせた唇は、最後は静かに、音を立てないように、そっと離れていく。
至近距離で、青い瞳が強く私を捕らえた。
そしてゆっくりと顔を離した彼は、人差し指を口元に立てて小さく笑った。
(~~っ! べ、ベルンハルトったら!)
その姿のときにそれは反則だ! あなたは今、ヴィルツ補佐官の姿なのだから!
彼は笑いだしそうなのを堪えながら、そっと私の乱れた髪を耳にかけて、すました顔で眼鏡をかけた。
そうすると、彼は上司に戻る。
「――問題ないか?」
「あっ、ありません!?」
(大ありですけど!?)
心臓がバクバクとものすごい音を立てている。
どうしてこんな状況で平気な顔でいられるの!?
「そうか。そちらの仕事も忙しいのに、時間を取らせて悪かった」
「いっ、いいえ! いつでもどうぞ!?」
「~~っ、ぶふっ!」
私の返事を聞いた彼は、顔を逸らして口元を押さえた。
けれど、笑い声は塞ぎきれていない。笑わないでほしい! ひどい!
回廊の出口に到着して、前を歩いていた騎士がこちらを振り返った。いつの間にかやや距離が離れていた私たちを見て、怪訝な顔をしている。
ベルンハルトに頭を下げて、慌てて出入り口側へ移動した。きっと今、顔が赤い。
「エリカ、今日は初日だ。無理はせず早く帰るといい。ベルタ室長には俺からも伝えておこう」
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