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しおりを挟む「いい加減にして! 人を呼ぶわよ!」
「残念、扉は閉めているから、叫んでも誰にも聞こえませんよ」
「なにを……!」
「なぁ、アンタさ、本当に噂通りの女なの?」
「は?」
騎士が私の腕を掴んだまま、じろじろと身体に視線を這わせた。その気持ち悪さにぞわぞわと怖気が立つ。
「田舎の男爵令嬢が身体を使って結婚相手を捕まえたのに、結局浮気されて捨てられたんだろう? 噂ほど、アッチがよくないのか? すげえ名器だって噂じゃん」
「~~っ!!」
その言葉に、今度こそ腹が立った。
手にしていたランタンで殴ろうと振り上げると、騎士が慌ててパッと腕を離す。
「あっぶな……! おい、火事でも起こす気か!?」
「アンタが燃えればいいのよ!」
その場から走って逃げ去ろうとする私を、騎士は腰を掴んで壁に押さえつけた。手からランタンを取り上げられる。
「離して!」
「どうせアンタも久しぶりだろ? そのつもりでここに来たんだから」
「は? それはどういう……」
暴れる私を大きな身体で押さえつけた彼は、自分のズボンのベルトをカチャカチャと外しだした。
(なにしてんのよ気持ち悪い……!)
「やめて、離して! ~~っ! 誰か! 誰か!」
「うるさい! いいから黙ってろって!」
「誰か助けて!」
「黙れ!」
「!!」
薄暗闇で手を振り上げたのが見えて、ぎゅっと目を閉じる。
(ベルンハルト……!)
突然、私を押さえつけていた騎士が目の前から横へ吹き飛んだ。
「!?」
驚いてその場にしゃがみ込むと当時に、大きな音を立てて騎士が本棚に激突した。そしてすぐ、彼の上に圧し掛かる人物。
「――なにをしている!!」
(ベルンハルト!)
薄暗闇で、ランタンの明かりを跳ね返す彼の眼鏡が見えた。
「ぐ、そ、れは、そこの女が……っ」
首を押さえつけられて苦しそうに呻きながら、騎士が私を指さした。
「誘ったんだ……っ!」
「なんだと!?」
「ぐっ、ここに来たいって、その女が言ってるって……っ、誘われ、たんだよ……っ! ヤリたがったのはその女だ!!」
その言葉に全身から血の気が引いた。
(私に誘われたって初めから言うつもりだったの!?)
所詮、田舎者の婚約者に浮気された女の言うことなんて、誰も聞かないだろうと高をくくっていたのだ。
悔しさで、身体がぶるぶると震える。
騎士の言葉を聞いたベルンハルトから、ものすごい怒りが噴きだした。
「俺がここへ入って来たとき、彼女の助けを求める声が聞こえたぞ!」
「そ、それは……! うぐ……っ!」
「名を言え。階級はなんだ!!」
ベルンハルトはぎりぎりと騎士の首元を締め、騎士はなにを言おうにも声を発することができず苦しんでいる。彼の手首をはがそうと、必死にもがいて暴れても、一向に力は緩まない。
「ヴィルツ補佐官! それ以上は死んでしまいます!」
そこへ、騒ぎを聞きつけたほかの騎士と、ベルタ室長、アルギッタが駆けつけた。
「エリカ!? 大丈夫!?」
「ヴィルツ補佐官、その者はほかの騎士に任せて彼女を!」
ベルタ室長の言葉で我に返ったベルンハルトが、騎士を床に叩きつけるように手を離して私の前に跪いた。
「エリカ、大丈夫か!? どこかケガは!?」
彼の言葉にふるふると首を振る。目の前でホッと息を吐きだした彼の表情を見て、泣きたくなった。思わず両手で顔を覆う。
「エリカ!? やはりどこか……!」
「――しい……」
「え?」
両手で覆っても、掌がみるみる濡れていく。涙が止められない。
「――っ、くや、しい……っ」
こんなふうに蔑まれることも、軽んじられることも。
知らない人間に圧力を掛けられて、暴力を振るわれる理不尽さに抵抗できない自分も。
「悔しい……っ!」
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。情けない自分に、もっと情けなくなる。
膝を抱えてうずくまる私の目の前で、ベルンハルトが動く気配がした。そして、私から離れていく。
顔を上げて離れていった姿を追えば、彼は拘束されている騎士の前で立ち止まった。
そして、その顔を思いっきり殴る。
「ぐぁっ!」
「!!」
「ヴィルツ補佐官!」
彼を制止しようとするほかの騎士を、ベルタ室長が手を出すなと抑える。
ベルンハルトは膝から崩れ落ちた騎士を見下ろして、自分の拳を握り締めた。
「騎士はいかなる場面であっても相手の尊厳を傷つけてはならない。己の行動そのものが主の質を語るも同然だからだ。近衛であるならば、その教えを叩きこまれたはずだ!」
騎士は、ブッと口から血を吐きだした。カツン、と白い歯が、血と一緒に吐き出されて床を転がる。
「お前は二度とこの場所に戻ることはないだろう。――連れていけ!」
騎士たちによって立たされた彼は、なにも言わないままその場を後にした。
「――エリカ」
ベルンハルトは自分の制服の上着を脱いで、私の頭にすっぽりと被せた。
「!?」
「そのままで。なにも見なくていい」
そう言って、彼は私を横抱きに抱き上げた。
暗闇で、彼の香りに包まれている感覚に、涙がこみあげてくる。上着の中でそっと彼の胸にしがみ付くと、優しく背中を撫でられて、また涙が溢れた。
「ベルタ室長、あとは頼みます」
「ええ。私から王太子妃殿下へ説明します。アルギッタ、リーベルトの荷物を後で持って来て」
「はい!」
「ヴィ、ヴィルツ補佐官! 待ってください!」
(テッサ? テッサがどうしてここに……)
すぐ近くでテッサが彼を引き留めている。
「ストラスト伯爵令嬢、先ほども言った通り、あなたの異動希望は私ではどうしようもない。妃殿下とベルタ室長に相談してくれ。今日はこれで失礼する」
「は、はい……」
どれほどの騒ぎになっているか分からないまま、私は一人、それでも止められない涙をベルンハルトのシャツに沁み込ませていた。
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