【完結】計画的に出奔したら銀色の美しい従者が追ってきたお話

かほなみり

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3.一人で立ち上がる

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 掌に収まる大きさのブリキ缶を捻り、薄い水色のクリームを指に取ると、ユージーンはそっと傷痕に指を滑らせた。指先に触れる傷痕をなぞり確かめるように薬を擦り込むその手付きに、ふいにリリーシュは泣きたくなり、ぐっと唇を噛み締める。

 「この傷痕は私の誇りなのよ、ユージーン。貴方を助けた、私の誇り」

 キズ薬を塗り込むユージーンの手が止まった。リリーシュは膝の上に視線を落としたまま続ける。

「本当は消したくなかったの。私が私らしく出来るのも、この傷痕のお陰だから」
「……私は毎朝、この傷を見るたびにお嬢様との出会いを思い出しました」
「あら、じゃあもう思い出さずに済むわよ」
「それは無理です」
「何よそれ」

 声を出して笑い揺れるリリーシュの真っ白な肌に普段よりも丁寧に薬を塗り込み、ユージーンは終わりました、と小さく声をかけた。
 
「ありがとう」

 礼を言うリリーシュに黙ってうなずき、ユージーンは平民が着る柔らかな肌着を手渡す。ここからはユージーンは手伝わない。自分で服を着られなければ意味がないのだ。
 リリーシュは手渡された柔らかな肌着を身に付け、木綿のブラウスに袖を通し、素早くスカート部分を抜き去って紺色の張りのあるスカートを履いた。

「なんて楽なのかしら。一人で着られるし、無駄がなくていいわね」
「ジャケットを」
「ありがとう」

 ユージーンにジャケットを着せてもらったところで、ガタンと馬車が揺れた。ガタガタと響いてくる音は馬車が橋の上を走り郊外へ向かっていることを知らせている。

「書類の提出や銀行の手続き、手間をかけるけどよろしくね」
「承知しました」

 未だに眉根を寄せたままのユージーンを見て、リリーシュは首を傾げた。

「どうしたの?」
「……お金は、お持ちになった方が宜しいのでは」
「まだ言うの?」

 リリーシュはため息をつきユージーンに向き合った。ユージーンは窓のカーテンを開け、馬車の中に光を取り込む。

「トーマスに迷惑はかけられないわ。私が違約金を支払うことで正当な婚約解消だと示せれば、彼にあらぬ噂や迷惑がかかることもないでしょう」
「しかし、亡くなられた奥様の指輪をそのような目的でお売りになるのは、やはり得策ではありません」
「仕方ないわよ、私の資産なんてないんだもの。これからまた仕事をして、生きていくために自分でお金を稼ぐわ」
「……ギルドに話は通していますが、多くを稼ぐ事は難しいでしょう。マリーアンが向こうで店を開いていますが、手伝ったところでそれほどのお金にはなりません」
「当面は私が暮らしていける程度の収入でいいのよ」
「マリーアンにはお嬢様に無理はさせないよう伝えてあります」
「ユージーン! 私は平民になるのよ、おかしな気は使わせないでって言ったでしょう?」
「マリーアンがお嬢様の侍女だった時点で既にそれは無理です」

 眉根を寄せ不機嫌な顔のままのユージーンを見て、リリーシュは呆れて盛大にため息をついた。
 

 リリーシュは、トーマスとの婚約を破棄してすぐに隣国へ行こうと決めていた。
 事情があったにせよ、トーマスが他の令嬢と仲睦まじく過ごしている姿を見て、リリーシュは今後も貴族として生きていく事に疑問を持っていた。
 そして、何のしがらみにも囚われずに自由に生きていきたいと決意し、今日まで時間をかけて準備をしてきたのだ。
 
 そんなリリーシュのために、ユージーンが数少ないリリーシュの理解者である元侍女のマリーアンに、当面の居候先を頼んだ。
 結婚と共にリリーシュの侍女を泣く泣く辞め隣国で暮らすマリーアンは、喜んでその頼みを引き受けた。
 リリーシュは新婚の夫婦の許で世話になるのは心苦しいと断ったが、敷地に離れがあるから気にせず使って欲しいとのマリーアンの言葉に、何も頼る先がなかったリリーシュは甘えることにした。

「……一年です」
「え?」
「一年は大人しくしていて下さい。お嬢様の事はギルドには連絡済みです。暫くは簡単な仕事を受けられると思いますが、決して無理はしないで下さい」
「分かってるわよ。そこのギルド長ってユージーンの知り合いなんでしょう?」
「そうです。……これを」

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