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4.一歩外へ
ユージーンは懐から封筒を二通取り出した。
「入国の際にはこれを見せてください。ギルド長の署名があるのですぐに入国できるでしょう。それから、こちらは私の署名が。これはギルドに行ったら必ず受付で提出してください」
「分かったわ」
「入国審査を終えたら門へ向かってください。マリーアンが待っています」
「うん」
「それから、あちらには獣人が多く暮らしています。彼等の文化やしきたりは先に学んでおいてください」
「うん」
「それからこれは料理長に包んでもらった弁当です。後で召し上がってください」
「うん」
「それからここにお金が。手持ちの硬貨とは別に用意しています。スリなどには気を付けてください。それから……」
「ねえユージーン」
次々とリリーシュに注意事項を伝えるユージーンに、リリーシュは思わず笑ってしまった。ユージーンは言葉を遮られ、ムッとリリーシュを見る。
「久しぶりに眼鏡を取ってみせて」
リリーシュの言葉にユージーンは一瞬躊躇したが、静かに眼鏡を取った。
紫眼に複雑な虹彩を持つユージーンの瞳が、陽の光を浴びてキラキラと揺らめいている。
真っ黒なスーツを身に纏い、銀色の長い髪を一つに纏め眼鏡をかけている姿は堅苦しい従者そのものだが、ユージーンは美しい顔をしている。
雨のあの日、鞭に打たれていた少年は美しく逞しい男に成長した。
向かいに座るリリーシュは、じっとユージーンの瞳を見つめ、ふわりと微笑んだ。
「やっぱり綺麗な色の瞳ね、ユージーン。貴方の瞳が見られなくなるのは残念だわ」
「お嬢様」
「ここにはなんの未練もないけれど……貴方を置いていくのだけが心残りよ」
「では私も連れて行ってください」
「駄目よ、連れて行けない。紹介状を書いたんだもの、ちゃんと次の仕事を見つけて」
「私はお嬢様のお傍で仕えたいのです」
「それじゃあ貴方と駆け落ちしたみたいじゃない。トーマスや家族が周囲に何を言われるか分からないでしょう。私はそういう禍根を残したくて家を出ていくのではないのよ」
「……どうして、そこまでお優しいのですか」
「優しい? 私が?」
「ご家族の事も婚約者の事も、もっとお怒りになって宜しいと思います。私の事だって……」
「あの人たちの事はもういいのよ。それに貴方のことも、ただ助けたいと思っただけ」
「ご自身が傷を負ったのに」
「言ったでしょう。後悔はしていないわ」
馬車がガタンと音を立てゆっくりと停車した。
外を見ると国境へ向かう大型馬車の乗り合い所に到着したところだった。外から御者に声をかけられ返事をする。
「着いたみたいね。そろそろ行くわ」
「お嬢様、やはり私も……」
「駄目よ、貴方には色々と書類の件や後始末を頼んでいるのだし」
鞄を受け取ったリリーシュは、扉を開けようとしたユージーンを制した。
「もう令嬢ではないの。自分で開けるわ」
「……」
リリーシュはユージーンに向かって手を差し出した。
「別れの挨拶よ。リリーシュ・ブランケ子爵令嬢はここで終わり。ここからはただのリリーシュよ」
ユージーンは差し出された手をじっと見つめ、その手を取り、強く優しく握り返した。
「……決して無理はなさらないでください」
「ありがとう、ユージーン」
リリーシュは握手をするユージーンの長く美しい指に視線を落とした。雨のあの日から今日までずっと、リリーシュを思いやり、どんな時でも優しく薬を塗り続けてくれた手だ。
リリーシュはその手を持ち上げ、ユージーンの長い指にそっと口付けを落とした。
「!!」
ユージーンがリリーシュのその行動に身体を硬直させ、目許を赤く染めた。リリーシュはその姿を見て満足げに声を出して笑うと、扉を自ら開けてステップを飛び越え、外へと飛び出した。
薄暗い馬車の中から、陽の光で眩しい白く輝く外へ。
「最後に貴方が驚く顔が見れてよかったわ、ユージーン!」
輝くような笑顔を残し、リリーシュはユージーンへ手を振ると馬車乗り場へ消えて行った。
ユージーンは馬車の中から、リリーシュの姿が見えなくなってもその方向を見つめ続けた。
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