【完結】計画的に出奔したら銀色の美しい従者が追ってきたお話

かほなみり

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8.あなたはもう自由

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「……何を我慢しているんですか」

 俯いた視界に、いつの間にかユージーンが跪きリリーシュの顔を覗いていた。

「え、何?」
「唇」

 ユージーンはそう言うとリリーシュの顎に手を添え噛み締める唇を親指で撫でた。

「傷になります。……よくない癖だ」
「癖?」
「何か辛い事や我慢をしている時、そうやって唇を噛んでいる」
「そ、そうかしら……」
「今は何を我慢しているんですか?」

 ユージーンの美しい指に唇を優しく撫でられ、リリーシュは顔が熱くなった。

「べ、別に何も我慢なんてしてないわ」
「お嬢様」

 久しぶりのその呼び名に心が揺さぶられ、淋しさが溢れてくる。誤魔化すために立ち上がり、部屋を見て回るふりをしてユージーンに背を向けた。

「それよりユージーンは、その格好どうしたの?」
「……従者ではないので」
「そうね」

 振り返り、じっくりユージーンを見る。
 長い髪を下ろし眼鏡を外したユージーンはそこに居るだけで人々の目を奪う。従者の時もそうだった。連れて歩くとあちこちの貴族の令嬢や婦人に声をかけられ、いつしかユージーンは眼鏡をかけるようになったのだ。

「……髪が伸びたわね」
「お嬢様は切ってしまわれたのですね」
「ええ、長いと大変なんだもの。凄く楽なのよ、コレ」
「……首が丸見えです」
「え、何か駄目?」

 不機嫌に眉根を寄せて言うユージーンの顔を見て、リリーシュは首を傾げた。何故不機嫌になるのか分からない。

「また伸ばして下さい」

 そう言ってリリーシュに近付いたユージーンは、そっとリリーシュの後頭部の髪を撫で、そのまま項に指を這わせた。
 その手付きに、リリーシュは顔が熱くなった。
 幼い頃からユージーンに肌を見せる事に何の抵抗もなく、背中の傷だって手当てをしてもらっていたが、こんな風に触れられた事はない。

「で、でも、手入れが大変なんだもの!」
「私がします」
「それなら……、え、え?」

 リリーシュはユージーンの顔を見上げた。思いの外近くにある顔に視線が釘付けになる。美しい顔は不機嫌ではなく、優しく笑んでいるように見えた。

「私がまた、お嬢様のお傍にいます」
「……! 駄目よ!」

 リリーシュは思いっきりユージーンの胸を押し返した。
 リリーシュのその行動に驚いたユージーンは目を瞠り固まった。項に触れていた指が離れ空を掻く。
 
「貴方はもう自由なのよ。私のそばにいる必要はないわ!」

 リリーシュはユージーンの顔を見ることが出来ず、走って隣の部屋に逃げ込んだ。

(このままでは駄目よ、何のためにここまで来たのか分からないわ!)

 ユージーンには幸せになって欲しい。誰にも縛られず自由に生きてほしい。そして、愛する人と一緒に暮らしてほしい。
 リリーシュは窓に近付くと息を吐きだし、痛む胸を押さえた。

(私が傷付いていたのは、トーマスの事ではないのに)

 あの夜見た、美しいあの人と一緒にいるユージーンの姿。美しい彼に相手がいない筈がなかったのだ。

 奴隷商に鞭打たれるユージーンを助けるために飛び出したのは、決して優しさから来るものではない。見ていられなかったのだ。辛かった。それは結局、自己満足だった。そしてその結果が、ユージーンの人生を縛り付ける事になってしまった。そんな事は望んでいなかったのに。

 リリーシュはいつまでもユージーンと一緒にいられると思っていた。
 だが、あのままトーマスと結婚していたらどうなっていただろうか。ユージーンを連れて行くことは出来なかっただろう。そうしたらユージーンは自由になれたかもしれない。愛する人と一緒に家庭を築いていたかもしれない。
 それを、近くで見るなど出来るはずがなかった。

(ユージーンが好き)

 その気持ちに気が付いたのはいつだったのか。
 自分に忠実な従者を好きだと気が付いたのは、一体いつなのか。その気持ちを置いてきたはずなのに、こうして顔を合わせると思いが溢れてくる。久しぶりの声に泣きたくなってしまう。

 リリーシュは窓の縁に手を突いて外に視線を向けた。グッと唇を噛み、ユージーンを何とか帰さなければと、思考を巡らせる。

「……唇」

 すると突然、後ろから逞しい腕が回され顎を掴まれた。
 驚いて身体を固くするリリーシュの窓の縁の手に、ユージーンが後ろから己の手を重ねた。その手は熱く、強くリリーシュの手を握る。
 顎を掴む指が唇を撫でても、背後から覆い被さるように囲まれ逃げることが出来ない。たリリーシュは小さく肩を震わせた。

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