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22・天文学者
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ルーニャを居間に独り置いて、ジャンは大股で廊下をずんずん歩いていった。半ば強引にナイトフォールを連れて隣の石榴の部屋へ入る。外は日が沈んでいたが、まだ街の上空は明るいオレンジ色だ。
「ジャン、烏の部屋にも行ってみるかい?」
「いえ、今日は石榴で新規開拓したら帰ります」
「またあとで色々と見てみるといい。幅広い好奇心は武器になるよ」
ナイトフォールが部屋の灯りを点ける。間接照明のランプが一つ、二つ、三つと光り、しだいに目の前が明るくなっていく。
ジャンはナイトフォールの後ろについて、お気に入りの烏の部屋より一回り大きな部屋を見渡した。窓のそばに置かれた机に地図帳が一冊ある。床に置かれた箱はふたが開いていて、なにやら本の表紙が見えた。新しい本を購入したのだろうか。これ以上本棚に収まるのか……?
「レッドウルフはあちらだったかな……」
ナイトフォールが部屋の奥へ真っ直ぐ向かっていく。姿勢が良く、迷いのない紳士の動作に憧れて、ジャンは意識して背を伸ばし歩いていくのだった。
「『竜騎士レッドウルフ』……あった。これだよ」
背の高いナイトフォールは本棚の上段からスッと一冊抜き出した。赤い表紙の竜が豪快に炎を吐いている。どうぞ、と隣のジャンに両手で差し出した。
「ありがとうございます」
自分も両手で本を受け取って、ジャンはパラパラとページをめくってみた。一ページの文字数はそんなに多くない。文字のフォントもなめらかで見栄えが好い。三百ページくらいならすぐ読み終えるだろう。
集中力がほどよく続く本を選んでくるとは、ルーニャのやつ、なかなかわかっている。
「せっかく屋敷まで来てくれたのに、なかなか君の話ができなくて、すまなかったね」
ジャンが満足したように本を閉じたので、ナイトフォールが口を開いた。ジャンはかぶりを振る。
「俺の方こそ、ただおしゃべりしてるだけで、先生のお時間をいただいてしまっているんじゃないかと反省しています」
「私はかまわないよ。君がときどき話してくれる深い話は、興味深い」
歓迎されているとわかると、若者の心にちょっとした甘えが生まれた。
「本当はもっとたくさん先生と話をしたいんです。烏の部屋ではじめて見せてくれた宇宙の写真集、あのおかげで将来のことを考えるようになりました」
「ありがとう、母も喜ぶよ」
「先生のお母様が天文学者だ、って知ったときはわくわくしました。天文台も見学に行ったし。……その、俺も、あそこで仕事ができるようになったらなあ、て……」
照れくさそうに夢を語る若者である。ジャンは将来について、すでに夢という望みを超えて目標という意志を持っている。ときどき発作を起こす体は爆弾を抱えているようなものだ。のんびりしている暇は、ない!
「最近は病院で検査してもらうたびに褒められるようになりました。大人になったらもっと体力がつくだろう、って。俺がこんなに元気なのは、ナイトフォール先生のおかげなんです」
グッと力をこめて、ジャンはナイトフォールに感謝の気持ちを伝えた。この人は、自分が道で倒れたときに助けてくれた恩師だ。
「そうか。……なら、よかった」
ナイトフォールも大きく、うん、とうなずいて、微笑んだ。すっとジャンのおでこにてのひらを当てる。
「!」
ジャンは不意打ちに驚いたというより、ドキッとした。ごく自然な仕草で身内のように触れられたのだ。
よかった、というナイトフォールの言葉がとてもあたたかく感じられたので、ジャンは先ほどルーニャに抱いた嫉妬の気持ちがすっかり鎮まってしまった。
「……今は、熱はないね?」
「はい。平気です」
今日のナイトフォール先生は、ずいぶんと雰囲気がやわらかい。論文の執筆にどれだけエネルギーをそそぐものなのかはわからない。近くで見ると、なんとなく眠そうな目をしている。 以前にも、先生が大きな仕事を終えた後で屋敷に訪れたことがあるけれど、そのときよりも活力があるように見える。美味しい食事で得られるエネルギーとは違う、もっと内側から湧いてくる、生命力というようなものが……。
「無理はしないように。長生きしてくれよ、ジャン」
「はい」
まっすぐな目に見つめられて、ジャンは素直に返事をするだけだった。
先生のさらりとした長い指が身体から離れていくのは、惜しい気がした。
「ジャン、烏の部屋にも行ってみるかい?」
「いえ、今日は石榴で新規開拓したら帰ります」
「またあとで色々と見てみるといい。幅広い好奇心は武器になるよ」
ナイトフォールが部屋の灯りを点ける。間接照明のランプが一つ、二つ、三つと光り、しだいに目の前が明るくなっていく。
ジャンはナイトフォールの後ろについて、お気に入りの烏の部屋より一回り大きな部屋を見渡した。窓のそばに置かれた机に地図帳が一冊ある。床に置かれた箱はふたが開いていて、なにやら本の表紙が見えた。新しい本を購入したのだろうか。これ以上本棚に収まるのか……?
「レッドウルフはあちらだったかな……」
ナイトフォールが部屋の奥へ真っ直ぐ向かっていく。姿勢が良く、迷いのない紳士の動作に憧れて、ジャンは意識して背を伸ばし歩いていくのだった。
「『竜騎士レッドウルフ』……あった。これだよ」
背の高いナイトフォールは本棚の上段からスッと一冊抜き出した。赤い表紙の竜が豪快に炎を吐いている。どうぞ、と隣のジャンに両手で差し出した。
「ありがとうございます」
自分も両手で本を受け取って、ジャンはパラパラとページをめくってみた。一ページの文字数はそんなに多くない。文字のフォントもなめらかで見栄えが好い。三百ページくらいならすぐ読み終えるだろう。
集中力がほどよく続く本を選んでくるとは、ルーニャのやつ、なかなかわかっている。
「せっかく屋敷まで来てくれたのに、なかなか君の話ができなくて、すまなかったね」
ジャンが満足したように本を閉じたので、ナイトフォールが口を開いた。ジャンはかぶりを振る。
「俺の方こそ、ただおしゃべりしてるだけで、先生のお時間をいただいてしまっているんじゃないかと反省しています」
「私はかまわないよ。君がときどき話してくれる深い話は、興味深い」
歓迎されているとわかると、若者の心にちょっとした甘えが生まれた。
「本当はもっとたくさん先生と話をしたいんです。烏の部屋ではじめて見せてくれた宇宙の写真集、あのおかげで将来のことを考えるようになりました」
「ありがとう、母も喜ぶよ」
「先生のお母様が天文学者だ、って知ったときはわくわくしました。天文台も見学に行ったし。……その、俺も、あそこで仕事ができるようになったらなあ、て……」
照れくさそうに夢を語る若者である。ジャンは将来について、すでに夢という望みを超えて目標という意志を持っている。ときどき発作を起こす体は爆弾を抱えているようなものだ。のんびりしている暇は、ない!
「最近は病院で検査してもらうたびに褒められるようになりました。大人になったらもっと体力がつくだろう、って。俺がこんなに元気なのは、ナイトフォール先生のおかげなんです」
グッと力をこめて、ジャンはナイトフォールに感謝の気持ちを伝えた。この人は、自分が道で倒れたときに助けてくれた恩師だ。
「そうか。……なら、よかった」
ナイトフォールも大きく、うん、とうなずいて、微笑んだ。すっとジャンのおでこにてのひらを当てる。
「!」
ジャンは不意打ちに驚いたというより、ドキッとした。ごく自然な仕草で身内のように触れられたのだ。
よかった、というナイトフォールの言葉がとてもあたたかく感じられたので、ジャンは先ほどルーニャに抱いた嫉妬の気持ちがすっかり鎮まってしまった。
「……今は、熱はないね?」
「はい。平気です」
今日のナイトフォール先生は、ずいぶんと雰囲気がやわらかい。論文の執筆にどれだけエネルギーをそそぐものなのかはわからない。近くで見ると、なんとなく眠そうな目をしている。 以前にも、先生が大きな仕事を終えた後で屋敷に訪れたことがあるけれど、そのときよりも活力があるように見える。美味しい食事で得られるエネルギーとは違う、もっと内側から湧いてくる、生命力というようなものが……。
「無理はしないように。長生きしてくれよ、ジャン」
「はい」
まっすぐな目に見つめられて、ジャンは素直に返事をするだけだった。
先生のさらりとした長い指が身体から離れていくのは、惜しい気がした。
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