【完結】対兄最強兵器として転生しましたが、お兄様は塩対応です

雪野原よる

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6.お兄様はステータス異常です

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「勝手に奥宮を出て、本当に良かったのかなあ」
「大丈夫、大丈夫よぉ」

 ぼそぼそと気弱に呟く私の横で、セージャスが調子よく受け合う。

(うーん、全く当てにならない)

 魔王城というと、お化けの城みたいなイメージがあるけれど、お兄様の座す魔王城中央の主塔はそれなりに整備が行き届いていて、埃や砂が地層のように積もったり、蜘蛛の巣が古いレースみたいに垂れ下がったり……なんてことはない。かといって生活感があるというわけでもなくて、その逆だ。

 時間が止まってしまったかのように静かで、人の気配がしない城。

 造りは精緻で古雅。壁には一面の飾り絵、頭上は飾り天井が薄明るい灯に照らし出されている。床には絨毯もなく床敷き草スローイングハーブも無いけれど、細かなタイルが敷き詰められて複雑な文様を描き出していた。そのタイルの上に、コツ、コツと靴音が反響して、私とセージャスとクンケル君は慌ててカーテンの中に隠れた。

(人がいないわけじゃないんだよね)

 完全に無人城というわけじゃないのは確かだ。

 本当に魔王らしい魔王であれば、たった一人で魔王城に君臨してやっていけるらしいけれど、お兄様はあくまで人間として生活している。食事も摂るし、睡眠も取っているらしい。だから、身近に召し使う者も必要なわけで。

「……やっぱり、魔王様のご命令に逆らうのは良くないと思います」

 ガラガラとカートを押す召使いらしき影が、遠い廊下に消えていくのを眺めながら、クンケル君が冴えない表情で言う。いつもピンと伸びた耳が少し垂れていて、私は申し訳ない気分になった。

(巻き込んじゃって、ごめんねクンケル君)

 お兄様の言いつけに思いっ切り逆らっているのだ。悪い結果しか思い浮かばない。下手をしたら、お兄様に切り捨てられないまでも、この城から追い出されるかもしれない。

(でもやっぱり、どうしてもお兄様の考えていることが知りたい)

 私が我慢できないから、ここまで来てしまった。

 お兄様に嫌われているのは辛い。ここにいることがバレたら、さらに嫌われるかもしれないけれど、バレなければ、何とか原因を突き止めることができたら、少しでも好きになってもらえたら──

(うーん、我ながら無謀)

 こういうのって、大抵バレるものだ。

 それは分かっているけれど、お兄様の言うとおり、奥宮でじっと大人しくしていて、そのままずっとお兄様と話す機会も分かり合う機会もなくて……なんて、それはそれで最悪の事態なわけで。

「……妹ちゃん、ほら、あそこに居るわよぉ。気を付けて」

 傍らから、セージャスが囁いてくる。

 部屋の外周を巡る廊下に、お兄様が一人でぽつんと佇んでいた。薄日が差す窓際に立ち、空を見上げている。私より少し色の濃い紫色の瞳が、淡く日に透けていた。人形めいた整った横顔には何の表情も浮かんでいないけれど、どこか淋しげに見えて、私は胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。

 人間の姿で生まれて、人の殻を破ろうとしないお兄様。誰も傍に寄せ付けず、何も語らないお兄様。遠い、遠いお兄様。

 お兄様は、何を考えているの?

「ほら、鑑定魔法を掛けちゃいなさいよぉ」
「……うん」

〈スキル発動。好感度を見る(兄限定):ランクSSS〉

 ──あ、何か出た。

 お兄様の頭の上辺りに、文字列と数字、それに直線に伸びる測定線ゲージが見える。線の色はオレンジ色で、周囲が薄暗くてもくっきりと見やすい。親切設計だ。

(……意外と長いな?)

 好感度といっても、嫌われ度だったらどうしよう……と、私はドキドキしながら目を凝らし、

「ヒ、ヒィ?!」

 思わず奇声を迸らせてしまった。



 魔王アイゼイア・リシツィニアン・ユグノス
 状態:初恋
 好感度 5477/9999




(…………状態:初恋って何?)






 何度考えても意味が分からない。
 でも、何度も繰り返しじっくりと考えている余裕はないようだ。

「……そこで何をしている」

 見えない煙がふわーっと立ち込めるように、目に見えない冷気が押し寄せてきた。流石は魔王の威圧。カツ、コツ、と床の上で鳴る靴音が私の背筋を凍り付かせる。

 お兄様が私を睨んでいる。

 紫色の瞳はアメジストのようだけれど、こんなに冷たく光る鉱石は見たことがない。根底に刃物でも埋まっているかのようだ。

「あ、あの……」
「奥宮から出ないように、と言ったはずだが」
「い、言われました!」

 私は完全にパニクっていた。

「でも、でも! お兄様に会いたいから破りました!」

 ……何を言っているのだろう私。

 妙にハキハキと、背筋を伸ばして、小学生のように声を張り上げて言ってしまった。

「……」

 お兄様も、「何だこいつ」という目で私を見ている。その眉間にくっきりと縦皺が刻まれて、愚かな人間に対する侮蔑の念があからさまに滲み出ていた。けれども次の瞬間、オレンジ色のバーがにゅっと伸びた。

 好感度 5492/9999

(上がったああああ)

 え、こう見えて怒ってないの? 怒ってるけど好感度は上がるの? どっちなの?

 私が恐れおののきながら見つめていると、お兄様は私の周囲をざっと見渡し、

「……セージャスとクンケルはどこに行った? お前に付いているよう言い付けたはずだが」
「二人ともいますよ! あれ? ……いない?!」

 私が奇声を上げてお兄様に見咎められた瞬間、二人ともどこかに姿を消したらしい。巻き添えを食いたくない、その気持ちはすごく良く分かる。

「い、いや、でも、二人ともここまできちんと護衛してきてくれたんですよ。職務放棄じゃないです」
「……」

 お兄様は感情の見えない顔でこちらを見ている。

 どこまでも愚かな人間め、口だけは良く回るようだがそのうるさい舌を引っこ抜けば静かになるか? と思っていそうな顔だ。

 好感度5492もあるのに、この表情。……逆に凄くない?!

(いや、でも、この状態なら……ひょっとして、ちょっと押しても大丈夫?)

 私はごくりと唾を飲み込んだ。

「あの、お兄様」
「……」
「勝手なことを言ってごめんなさい。でも、私、どうしてもお兄様のことが知りたいんです! お兄様に近付きたいんです」

 ──ピッ。

〈スキル発動。上目遣い(兄限定):ランクSSS〉

 全力でお兄様に媚びたい気持ちが自然と溢れてしまった。

「……」

 お兄様は一切反応を示さず、真顔のまま私を見ていた。それから、いかにも興味が無さそうに視線を逸らし、

「……いいだろう。状況を理解せずに犬死されるよりは、僅かでもその脳味噌に事実を叩き込んでやった方が良さそうだ。ついて来い、話を聞かせてやる」

 くるりと踵を返して、私を先導するように歩き始めた。

 その金髪の上に見える測定線ゲージが、またもや50ばかり伸びているのを見て、私はもう……お兄様どういうことなの、お兄様謎すぎる、意外にチョロ……いや、逆に鉄壁なの? どうしたら目に見えてデレるお兄様が見られるの? 何がお兄様をここまでさせてるの? と、心の中が喧々諤々、大忙しで大変なことになっていた。
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