【完結】対兄最強兵器として転生しましたが、お兄様は塩対応です

雪野原よる

文字の大きさ
5 / 26

5.お犬様と朝ごはん

しおりを挟む
「……これで満足か」

 お兄様が、倒れたセージャスの胸板に足を乗せてグリグリしている。

 体格も筋肉量も全く異なる。お兄様の長いけれど細い足で、硬い鱗に覆われて分厚く盛り上がったセージャスの体をグリグリしたところで、大したダメージは無さそうなんだけど、よく見たら靴の踵を変化させて尖らせてある。そんな情け容赦無い魔王のお兄様もとても素敵……!

 いや待て私。

「……」

 くらくらする頭に手を当てて、私は思考をまとめようとした。

 くらくらするのは、私がほっと安心したからだ。お兄様が傷付いて血を流すのが、苦しめられるのが辛かった。胸をぎゅっと絞られたみたいだった。結局、何が何だか分からないうちに物事が片付いて、お兄様が元気に(?)えげつない魔王ムーブを取っているのを見て一安心したのだけれど、あれ?

(そういえば、女神様は「魔王を浄化して世界を救うように」と言っていたような?)

 このままだと私、むしろお兄様の魔王化に手を貸してない?

(いやいや、手を貸すどころか、私は何一つ出来ていなかったし。震えながら見守ってただけだし。それに、私がお兄様の応援をするのは当たり前のことだし)

 世界を敵に回してもお兄様の味方をする存在、それが妹。妹=私。妹として転生したのだから、私の言動は一箇所たりとも間違ってない。

(うんうん)

 私が納得して落ち着いた頃、お兄様がこちらに向き直った。腕も顔も人のものに戻っていて、大きな黒い翼も消え失せている。金の髪がやや乱れているのと、黒いマントの裾がボロボロになっていること以外、普段と変わっているところはない──いや、血! 血が出てる!

 その頬を伝う血に焦った私は、数歩近付いて回復魔法を唱えようとした。

「……止せ」

 お兄様がぱっと後ずさる。激しい眼光で睨み付けられた。

 えっ、そんなに私に近付かれたくないの?

 ひそかに衝撃を受けて固まる私の前で、お兄様は口の中で何かを詠唱した。ふんわりと淡い回復の光がお兄様の前に立ち昇り、その白い顔を照らし出す。私がはっと我に返ったとき、お兄様はすでに踵を返していた。

「……お前は奥宮から出るな。余計な仕事を増やされるのは迷惑だ」
「……は」

 はい、と答えようとして、声が出なかった。

 片手でセージャスの襟首を掴み、巨体を引き摺りながら、お兄様がカツカツと靴音を立てて遠ざかって行く。その背中を、呆然としたまま見送った。







「僕が新しいお世話係です! よろしくね!」

 ほわほわ。ふんわり。

 翌朝、部屋の扉をノックした人物(?)を見て、私は呆気に取られた。

「クンケルと言います! コボルト族です」
「うん、ええと……クンケル君、よろしくね?」

 私が曖昧に微笑んで返すと、クンケル君はにっかりと笑んだ。たぶん。私には犬の表情というのはよく分からないのだけれど。

 そう、クンケル君は、どこからどう見ても犬でした。

 といっても、二足歩行の犬だ。後ろ足はとても短く、お腹は寸胴でとても長い。水兵服をいかめしくしたような服を纏い、ピンと立った耳の間には紺色の帽子を乗せている。お洒落だ。体毛は藍色がかった黒で、くるくるした巻き毛になって渦巻いていた。

 ああ、抱き締めたい。ふわっふわしてそう。ぬいぐるみみたい。

(でも……れっきとした魔族なんだよね)

「僕、ちっちゃいから世話役には向かないだろうって魔王様に言われてたんですけど、今回は急な抜擢で。そう言う魔王様だってちっちゃいのに、よく言いますよね~!」
「え」
「でも僕、これでも選定の十三の悪魔なんですよ。魔王様にはすでに忠誠を誓ってるので、セージャスみたいに裏切ったりしないので安心して下さいね」
「う、うん」

 声が高い。テンションが高い。

 若干押され気味な私は、遥か下にあるふわふわした頭を見下ろして、

(このクンケル君に「ちっちゃい」と言われるお兄様……)

 多少のショックを受けていた。

 お兄様は多分170cm台だと思うんだけれど、一方のクンケル君は100cmに達していないぐらいだ。でも、クンケル君の自己認識が強気かつ強靭すぎて、とても突っ込みを入れられる雰囲気じゃない。

「じゃあ、朝ごはんにしましょうか。準備しますね」

 とてとてと部屋に入ってきたクンケル君が、肩から提げた鞄を開いた。折り畳んだテーブルクロスを取り出し、木製のテーブルの上に広げる。続いてお皿やカトラリー類が出てきた。それからバスケット。ほかほかの湯気が立ち昇りそうな温かいパンが並べられる。スープ鍋。ミルク壺。得体が知れない肉のソーセージ。フルーツの盛り合わせ。

「ク、クンケル君……それって異次元収納鞄マジックバッグ?」
「そうですよ! 何でも入るんです! 僕たち一族の発明品です」
「す、すごいね」

 私も魔道士一族の端くれだから、噂には聞いたことがあるけれど、伝説の品だと思い込んでいた。

 そんなものを平然と装備してるなんて、流石は十三の悪魔だ。

「クンケル君、お世話係として最高すぎない?」
「僕もそう思います!」
「あらあら、私の立場が無いわねえ」

 飄々とした声が聞こえてきて、私はビクッとした。いつの間にかテーブルの向かい側に、顔が濃くてごつい男が腰掛けている。バチッとウインクを飛ばされて、クンケル君が「ウウ~」と唸り声を上げた。

「……何してるんですか、セージャスさん」
「朝ごはんを頂きに来たのよぉ。警戒しないで頂戴、今の私は魔王様の忠実な臣下だから、妹ちゃんに手出ししたりしないわ」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと。ほら見て、魔王様にこんなのを付けられちゃったの」

 セージャスがシャツの胸元を押し開き、張り出した浅黒い筋肉を見せつけてくる。その仕草がやけに自慢たらしくて、ちょっとばかりイラッとした。

「ほらほら」

 見たくない。見たくないけど、嫌々ながら目を凝らすと、彼の肌の上に金色の文字らしきものが浮かび上がっているのが分かった。呪文?

「魔王様に逆らわないこと、妹ちゃんに手出ししないこと。こうして制約魔法を刻み込まれちゃったの、横暴じゃない? 酷いわよねぇ?」

 酷いと言いつつ、セージャスの口調がどことなく嬉しそうだ。

「へー、そうですか」
「わあ、妹ちゃんの好感度が低い」

 騒いでいるセージャスを無視して、クンケル君の用意してくれた朝食を頂くことにした。サラダをもしゃもしゃ食んでいると、向かいからぱっと手が伸び、パン籠の中からロールパンが幾つか消え失せる。……これ、「妹ちゃんに手出ししない」の禁則事項には当てはまらないのかな?

「セージャスさん、本当に何しに来たんですか?」
「そりゃ、妹ちゃんの護衛よぉ。魔王様はちょっとばかり本気を出したみたいだけど、まだまだ弱いし、妹ちゃんを人質に取られたら間違いなく負けちゃうものねぇ」
「……」

 私に襲い掛かってきたセージャスらしい発想だ。

 でも、

「私に人質としての価値なんか無いですよ」
「ん? んん?」
「セージャスさんに襲われた時に来てくれたのだって、単にユグノス家への義理立てみたいなものだと思いますし」
「んー」
「私、お兄様には嫌われてますし……」

 だんだん声が小さくなってきた。

 分かっていることでも、改めて口にすると胸が軋む。私が肩を落としてしょんぼりしていると、クンケル君が私の前にそっとミルクプリンを置いてくれた。クンケル君、好き。

「んー、そうねぇ……妹ちゃん、鑑定魔法は使えないの? 強い魔道士一族の出なんでしょう?」

 さっきから妙な声を出しながら身体を捩っていたセージャスが、口元に拳を当てながら言う。

「簡単な道具鑑定ぐらいなら出来ますけど、人間相手の読心とかはさっぱりで……いや」

 私はふと思い出して、女神様に授かったスキル一覧を脳裏で展開した。

 お兄様不在の時期が長かったせいで、魔王城に来るまでは使われることもなく持ち腐れになっていたスキル群。改めて内容を見返すこともしていなかったのだけれど、ひょっとして……

(あった)

「スキル:好感度を見る(兄限定) ランクSSS」

 随分と用途が限られるとはいえ、鑑定といえば鑑定と言えるかもしれない。

「お兄様の状態なら、ちょっとは見られるみたいです」

 私が告げると、セージャスはニヤァと笑った。

「ふふ、それよ、それ。妹ちゃん、一度お兄様の様子を見てみるといいわ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...