【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる

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ジェスエル

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 「聖女」というのは、建国神の愛し子のことだ。

 四大元素に加えて光の魔法を使いこなし、更に「豊穣」のスキルを擁する。……とは言われているけれど、現在、その能力のほとんどはロックされている。

 解錠には、結婚することが条件だという。

 陰陽の繋がりが必要、というのが建国神のご意思なのかしら? その辺りの真相は分からないけれど、私が生まれた時に、その条件は告げ知らされていた。知らないのは、私を政略結婚の駒として引き込もうとした王家と、一族外の人間だけだ。

(聖女でなくても、私はそれなりに優秀な駒だったと思うのだけど)

 ぼうっと考えながら、海水に足の先を浸す。

 夏の終わり、一日の終わりの光に温められた水はほんのりとあたたかくて、同時に私の体の熱を吸い取っていくような感覚がした。

 賑やかすぎる一族の集まる広間を離れて、城の人気がない物陰に座り込み、海に続くきざはしで足を濡らしていたのだ。

 勿論、靴は脱いでいる。

 ガーターベルトで繋いだ薄いストッキングも脱ぎ捨てて、その辺の床にまとめて置いてある。淑女としては、決して見られてはならない光景だけれど……

「ニアナ」
「あら」

 従兄の声がして、私は顔を上げた。

 日が傾いているので、屋内の影は深く長い。その中から現れたジェスエルは、日の残映を受けて眩しそうに目を細めた。

 こんなところで、こんな格好をしているのを見られてしまったけれど、私は悪びれないわよ、ジェスエル。

(押し掛けてきたのは貴方ですからね)

 挑戦的な目で見つめると、ジェスエルは相変わらず、何を考えているか分からない目で私を見下ろし、

「……よい場所を見つけたものだな。隣に座っても?」
「一族の話し合いは終わったの?」
「あれは話し合いじゃない、単に酒を飲む口実が欲しい連中の集まりだ」

 うんざりとした口調で言うと、それ以上問うこともなく、ジェスエルは隣に座り込んだ。当然だけれど、靴は脱がない。いつも謹厳な彼が、だらしなく着崩している姿なんて想像できない。

 私のように素足を海に浸したりはせず、半ば両足を投げ出し、背中を柱に預けてもたれ掛かる。くつろいだ体勢なのに、何故かいつも通り禁欲的で抑制されて見えた。まるで役人か僧侶のような、かっちりとした黒とグレーの服装のせいかもしれない。

 その禁欲的な目で、彼が私の、海に浸している脚をじっと見るので、私は内心当惑した。

 女性が脚を見せるなんてはしたない。そう思うのが普通だ。それに、いつも長いドレスの裾に隠されているので、普段は見せる機会なんてない。でも、今の私は膝が完全にあらわになるほどスカートをたくし上げていて、白く細い脹脛が海水の中で揺らめいて見える。

(「なんてはしたないんだ、隠せ!」と説教されそうなものだけれど……そういう雰囲気じゃなさそうね)

 むしろ、説教された方がマシだったかもしれない。

 何を考えているか分からない従兄の目から隠すように、私は少しだけドレスの裾を広げて下ろした。

「……今回のことは、災難だったな」
「え?」

 唐突に言われて、私は瞬きした。

 いや、別に唐突でもないのかもしれない。私は婚約破棄されたばかりなのだから、ジェスエルがその話を振るのは当たり前だ。

「……そうね。災難だったと思うわ」
「君はずっと頑張っていたからな」
「……貴方、私の何を知ってるの?」

 これは八つ当たりや非難ではなくて、純粋な疑問と問いかけだった。

 王子の婚約者として定められて以来、私は王城で、王家の関係者とばかり過ごしていたのだ。フローズニクの次期当主として、一族の中でも最も濃く煮詰まったような連中の間で教育されていたジェスエルとは、ほぼ関わった記憶がない(そんな状態で、一見まともな人間に育ったジェスエルはつくづく凄いと思う。それともこれは、反動なのかしら)。

「離れていても、様子はある程度分かる。私には使い魔ファミリアがいるしな」
「使い魔……」

 ジェスエルは、私のように神の愛し子だったり、魔術師であったりするわけじゃない。

 彼は、魔女の息子だ。

 変人奇人ばかりのフローズニクでは、異国人の血が混じっている程度では驚きもしないのだけれど、魔女の血は流石に珍しい。なんでも、ジェスエルの父は異国と交易する際に森の魔女と出会い、一目惚れして、必死に口説き落として連れ帰ってきたらしい。

 ごく幼い頃、多くの従兄弟たちと引き合わされたとき、温和な顔立ちの女性に手を引かれて、押し黙って立っていた少年のジェスエルを覚えている。特に変わったところのない少年だったけれど、その肩には小さな白いフクロウが乗って、何事かを囁くように耳元に嘴を近付けていた。

「貴方、今、どれだけ使い魔がいるの?」
「狼、フクロウ、鼠、猫……一時契約を除けば、そんなところだな」
「まあ」

 私は目を輝かせた。

「ここに呼ぶか?」
「いいの?」
「ああ」

 ジェスエルが頷く。口元は笑みの形に吊り上がったけれど、その黒い目にはやはり、感情というものが浮かんでいなくて……本当に分かりづらい人だ。
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