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番外
足ツボ踏み台付きの手紙
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「親愛なる女王陛下、そして従姉のユージェニーへ
春の園遊会はとても楽しかったわ! 招いてくれて有難う。
でも、貴方が一回も座らなかったのは吃驚したわ。立食形式とはいえ、あちこちに椅子は用意されていたのに。
だから、話題の光景はこの目で見られなかったのよね……残念だったわ。領地に帰ってから、随分と周りのおばさま方に責められてしまったのよ。土産話が聞きたかったのに、って。
そう、今、周りの話題といえば貴方たちのことばかりなの。最近、うちの領地は安定していて、他に話題になるようなこともないし。それを知っていて、貴方の国からやってくる吟遊詩人は真っ先にうちの城に立ち寄るのよ。「あの国の女王陛下と宰相閣下の道ならぬ恋の話をお聞かせしましょう」とか言って。
一応確認しておくけど、貴方と宰相閣下って婚約者同士だったわよね? むしろ、何故まだ結婚していないの?
特に障害になるようなこともないし、「道ならぬ恋」って言われる理由もよく分からないわ。その方が受けがいいのかしらね。
それにしても、今回やって来た吟遊詩人の詩は面白かったわ。貴方、宰相閣下の上で寝てるんですって? 凛としたうら若き女王、彼女を膝の上にて支える宰相はまるで天に仕える巫女を腕に抱く魔王のようであった……って唄われていたわ。ただ膝上に乗せてるだけなのに魔王みたいだって、そう言われてしまう宰相閣下って凄いわよね。私も園遊会で宰相閣下と少し対面で話す機会があったのだけれど、独特の凄味があるわよねあの人。
しかし、椅子の上で寝ていると足腰がむくんで大変だと思うわ。最近うちの領地で開発した足ツボ踏み台を送るわね。それと、たまには寝台で寝たほうがいいわ。
忠実なる従妹のイネスより」
「親愛なる従妹のイネスへ
まずは誤解を解かせて頂戴。
本当に、それは誤解なのよ……私は別に、宰相の上で寝ているわけではないのよ。それは、一回だけ、彼の上でうたた寝してしまったことは認めるわ。でも一回だけだし、ほんの少しの間よ? いや、二時間近く眠ってしまったかもしれないけれど、一晩とかではないのよ。とても大きな違いだと思うわ。
それが何故、私が寝台を使わない、みたいな話になっているの?
それにその吟遊詩人……洗脳でもされているのかしら。
洗脳と言えば……昔から、宰相の関わった人間は、ころりと意見を変えることが多かったわ。私が即位したばかりの頃、国は荒れに荒れていたし、私に味方してくれる人間は本当に少なくて、私もいつ王座から放り出されるとも知れなくて。なのに、宰相が近付いてしばらく話をしていただけで、翌朝になると満面の笑顔で私に揉み手してくる、みたいな貴族が沢山いたの。私はそれで助けられたようなものだけれど……あれは未だによく分からない、私には身に付けられない技術なのよね。
とにかく、彼は人を洗脳するのに躊躇ったりしないし、最近は「なぜ洗脳するのか」という根本の理由すら不明なのよ。昔は私の為にやってくれているんだと思っていたけれど、今では最初から私欲のためだったのかと思うし、その私欲そのものがよく分からないわ……まあ、最近は宰相の心理を分析するのは止めにしたの。結局、宰相はただの椅子、つまり無機物だもの。無機物、もしくは無機物になりたがっている人の心理なんて考えても仕方がないわ。椅子の役割は座られることだけ、そうでしょう?
婚約は……仕方ないのよ。他にいないんだもの……とりあえず、宰相には「無機物と結婚するのはハードルが高くて、まだ決断できないわ」と言っておいたら、「椅子と無理矢理結婚させられる女王陛下……なるほど」と呟きながら去っていったわ。その三日後、王立歌劇場で新たな演目『椅子に無理矢理娶られた花嫁』が公開されたの。あれから一週間経つけど、宰相とは三語以上口を利かないようにしているわ。
とにかく、足ツボ踏み台を有難う。とても痛いのね……少しずつ慣らして使ってみることにするわ。
変わらぬ親愛と共に、ユージェニー」
春の園遊会はとても楽しかったわ! 招いてくれて有難う。
でも、貴方が一回も座らなかったのは吃驚したわ。立食形式とはいえ、あちこちに椅子は用意されていたのに。
だから、話題の光景はこの目で見られなかったのよね……残念だったわ。領地に帰ってから、随分と周りのおばさま方に責められてしまったのよ。土産話が聞きたかったのに、って。
そう、今、周りの話題といえば貴方たちのことばかりなの。最近、うちの領地は安定していて、他に話題になるようなこともないし。それを知っていて、貴方の国からやってくる吟遊詩人は真っ先にうちの城に立ち寄るのよ。「あの国の女王陛下と宰相閣下の道ならぬ恋の話をお聞かせしましょう」とか言って。
一応確認しておくけど、貴方と宰相閣下って婚約者同士だったわよね? むしろ、何故まだ結婚していないの?
特に障害になるようなこともないし、「道ならぬ恋」って言われる理由もよく分からないわ。その方が受けがいいのかしらね。
それにしても、今回やって来た吟遊詩人の詩は面白かったわ。貴方、宰相閣下の上で寝てるんですって? 凛としたうら若き女王、彼女を膝の上にて支える宰相はまるで天に仕える巫女を腕に抱く魔王のようであった……って唄われていたわ。ただ膝上に乗せてるだけなのに魔王みたいだって、そう言われてしまう宰相閣下って凄いわよね。私も園遊会で宰相閣下と少し対面で話す機会があったのだけれど、独特の凄味があるわよねあの人。
しかし、椅子の上で寝ていると足腰がむくんで大変だと思うわ。最近うちの領地で開発した足ツボ踏み台を送るわね。それと、たまには寝台で寝たほうがいいわ。
忠実なる従妹のイネスより」
「親愛なる従妹のイネスへ
まずは誤解を解かせて頂戴。
本当に、それは誤解なのよ……私は別に、宰相の上で寝ているわけではないのよ。それは、一回だけ、彼の上でうたた寝してしまったことは認めるわ。でも一回だけだし、ほんの少しの間よ? いや、二時間近く眠ってしまったかもしれないけれど、一晩とかではないのよ。とても大きな違いだと思うわ。
それが何故、私が寝台を使わない、みたいな話になっているの?
それにその吟遊詩人……洗脳でもされているのかしら。
洗脳と言えば……昔から、宰相の関わった人間は、ころりと意見を変えることが多かったわ。私が即位したばかりの頃、国は荒れに荒れていたし、私に味方してくれる人間は本当に少なくて、私もいつ王座から放り出されるとも知れなくて。なのに、宰相が近付いてしばらく話をしていただけで、翌朝になると満面の笑顔で私に揉み手してくる、みたいな貴族が沢山いたの。私はそれで助けられたようなものだけれど……あれは未だによく分からない、私には身に付けられない技術なのよね。
とにかく、彼は人を洗脳するのに躊躇ったりしないし、最近は「なぜ洗脳するのか」という根本の理由すら不明なのよ。昔は私の為にやってくれているんだと思っていたけれど、今では最初から私欲のためだったのかと思うし、その私欲そのものがよく分からないわ……まあ、最近は宰相の心理を分析するのは止めにしたの。結局、宰相はただの椅子、つまり無機物だもの。無機物、もしくは無機物になりたがっている人の心理なんて考えても仕方がないわ。椅子の役割は座られることだけ、そうでしょう?
婚約は……仕方ないのよ。他にいないんだもの……とりあえず、宰相には「無機物と結婚するのはハードルが高くて、まだ決断できないわ」と言っておいたら、「椅子と無理矢理結婚させられる女王陛下……なるほど」と呟きながら去っていったわ。その三日後、王立歌劇場で新たな演目『椅子に無理矢理娶られた花嫁』が公開されたの。あれから一週間経つけど、宰相とは三語以上口を利かないようにしているわ。
とにかく、足ツボ踏み台を有難う。とても痛いのね……少しずつ慣らして使ってみることにするわ。
変わらぬ親愛と共に、ユージェニー」
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