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14.男爵家、幽霊屋敷と化す
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「……お化けを呼ぶ?」
予想外の提案に、シェランは目を瞬かせた。
「はいですわ。実は俺、通信講座で初級『悪魔召喚師』の資格を取ったばかりで、低位ゴーストなら沢山召喚できるようになったんですわ」
「通信講座?! 悪魔召喚って、通信講座で学べるものなのか?」
「俺は提出物の出来が良くて、成績優秀者として学費の3割を返還してもらったのですわ」
ドクは得意げに胸を反らすが、シェランは「提出物……」と低く口の中で呟くだけで、それ以上突っ込もうとはしなかった。
突っ込んではいけない気がする。詐欺師としての勘だ。
「……それで、この家にゴーストを喚んで、どうする気なんだ?」
「この家を幽霊屋敷にするのですわ!」
ドクの顔が生き生きしている。肌は相変わらず消し炭のような色をしているが。
「夜な夜なゴーストがうろつくような家に、若い女の子が留まっていられるわけがないのですわ。俺は全然平気だし、アンガスは鈍いから大丈夫だと思いますが……ボスはきっと、幽霊なんて怖くないですわね?」
「幽霊を見たことないからな。分からんが……お前が喚んだゴーストだと分かっていれば、まあ問題は無いだろう」
シェランは頷き、痩せて骨ばった部下の顔をしげしげと見つめた。
「誰もが予想外の特技を持ってるものだな。言われてみればお前にぴったりな特技だという気もするが……とにかく、何というか、見直したぞ、ドク」
「光栄ですわ、ボス」
こうして、トレンマーダ男爵家は幽霊屋敷と化した。
王都の外れ、貴族街の端の方に位置しているせいか、さほど人の噂にも上らなかったのは恐らく幸運、と言えるだろう。新聞記者に取り囲まれたらシェランとしては後ろめたいことしかないので、そうならなくて良かった。
御用達にやってくる商人たちや、走り使いの少年たちは早々に異常を察したのだが、「あの屋敷、昼でも何だか黒い靄に包まれているような……」と薄々感じるに留まっていた。昼であれば、幽霊の姿を見ることはないのだから当然だ。
本番は、なんといっても夜である。
「ヒュウゥ~」とか細い声を発しながら、白い人影が走り抜ける(ドクの説明によれば、幽霊は音を立てずに動けるらしい。だとすれば、あれは単なる嫌がらせなのか、気付いて欲しくて発しているのか)。煙突には地獄の業火のような何物かが取り憑いて、絶えずモクモクと煙を巻き上げている。
床下で何かがカタカタと音を立て、飾りの甲冑の目の奥はぼんやりと光り、鏡の向こうでは骸骨の顔が微笑む。
「やべえな」
どこから何が襲ってくるか分からない。その夜、自室で立ち尽くしていたシェランの首筋に、ひたり、と冷たい手が触れた。
ヒッ! と全身の毛を逆立たせながら振り払うと、目に見えない何かが遠くにすっ飛んでいき、そこで嘲笑うような哄笑を響かせた。
「くっ」
気にしていない振りをして、暖炉の側にある安楽椅子にどさっと腰を下ろす。しかし、すでに誰かが……彷徨える幽霊が一体、椅子の上に座っていたようだ……
「!!!」
冷気がシェランの全身を包み込んだ。
(今、俺は幽霊と一体化してるのか?!)
飛び退きたい。だが、怯えを見せれば見せるほど、奴らは調子に乗る。そのことを、この数日間でシェランは痛いほど学んでいた。
冷たい汗が額に滲む。シェランは耐えた……ひたすら耐えた……
彼にとって幽霊がトラウマと化したのは、この頃からであった。
予想外の提案に、シェランは目を瞬かせた。
「はいですわ。実は俺、通信講座で初級『悪魔召喚師』の資格を取ったばかりで、低位ゴーストなら沢山召喚できるようになったんですわ」
「通信講座?! 悪魔召喚って、通信講座で学べるものなのか?」
「俺は提出物の出来が良くて、成績優秀者として学費の3割を返還してもらったのですわ」
ドクは得意げに胸を反らすが、シェランは「提出物……」と低く口の中で呟くだけで、それ以上突っ込もうとはしなかった。
突っ込んではいけない気がする。詐欺師としての勘だ。
「……それで、この家にゴーストを喚んで、どうする気なんだ?」
「この家を幽霊屋敷にするのですわ!」
ドクの顔が生き生きしている。肌は相変わらず消し炭のような色をしているが。
「夜な夜なゴーストがうろつくような家に、若い女の子が留まっていられるわけがないのですわ。俺は全然平気だし、アンガスは鈍いから大丈夫だと思いますが……ボスはきっと、幽霊なんて怖くないですわね?」
「幽霊を見たことないからな。分からんが……お前が喚んだゴーストだと分かっていれば、まあ問題は無いだろう」
シェランは頷き、痩せて骨ばった部下の顔をしげしげと見つめた。
「誰もが予想外の特技を持ってるものだな。言われてみればお前にぴったりな特技だという気もするが……とにかく、何というか、見直したぞ、ドク」
「光栄ですわ、ボス」
こうして、トレンマーダ男爵家は幽霊屋敷と化した。
王都の外れ、貴族街の端の方に位置しているせいか、さほど人の噂にも上らなかったのは恐らく幸運、と言えるだろう。新聞記者に取り囲まれたらシェランとしては後ろめたいことしかないので、そうならなくて良かった。
御用達にやってくる商人たちや、走り使いの少年たちは早々に異常を察したのだが、「あの屋敷、昼でも何だか黒い靄に包まれているような……」と薄々感じるに留まっていた。昼であれば、幽霊の姿を見ることはないのだから当然だ。
本番は、なんといっても夜である。
「ヒュウゥ~」とか細い声を発しながら、白い人影が走り抜ける(ドクの説明によれば、幽霊は音を立てずに動けるらしい。だとすれば、あれは単なる嫌がらせなのか、気付いて欲しくて発しているのか)。煙突には地獄の業火のような何物かが取り憑いて、絶えずモクモクと煙を巻き上げている。
床下で何かがカタカタと音を立て、飾りの甲冑の目の奥はぼんやりと光り、鏡の向こうでは骸骨の顔が微笑む。
「やべえな」
どこから何が襲ってくるか分からない。その夜、自室で立ち尽くしていたシェランの首筋に、ひたり、と冷たい手が触れた。
ヒッ! と全身の毛を逆立たせながら振り払うと、目に見えない何かが遠くにすっ飛んでいき、そこで嘲笑うような哄笑を響かせた。
「くっ」
気にしていない振りをして、暖炉の側にある安楽椅子にどさっと腰を下ろす。しかし、すでに誰かが……彷徨える幽霊が一体、椅子の上に座っていたようだ……
「!!!」
冷気がシェランの全身を包み込んだ。
(今、俺は幽霊と一体化してるのか?!)
飛び退きたい。だが、怯えを見せれば見せるほど、奴らは調子に乗る。そのことを、この数日間でシェランは痛いほど学んでいた。
冷たい汗が額に滲む。シェランは耐えた……ひたすら耐えた……
彼にとって幽霊がトラウマと化したのは、この頃からであった。
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