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27.男爵家、混乱の極み
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「……お義母さまであれば、たとえその正体が足がたくさんある虫だったとしても大丈夫、愛せる、って思ってましたけども」
長々とした説明を聞き終わった後で、エラがぽつりと発した言葉がそれだ。
「虫じゃなくて男だったとか……微妙な気分です」
「虫より下なのか。それに、なんでわざわざそんな喩え……もうちょっと、なんか無いのか。まだまともな喩えが」
もはや隠すことは何も無いので、シェランは思ったことをそのまま口に出した。
「……」
エラが、暗い瞳で彼を見上げる。
今、二人はシェランの部屋の寝台の端と端、ぎりぎりまで離れたところに座っていた。エラはかっちりと足を揃えて座り、シェランはもう完全に女性らしさの演技を投げ捨てて、気怠げに足を放り出して座っている。
態度はそんなだが、さっきまで、シェランは真面目に全てをエラに語っていた。言い逃れするどころか、聞かれていないことまで全部積極的に暴露していく姿勢だ。
一つには、シェランはもう中途半端な嘘をつきたくなかったのである。特に、エラには。
その間、部屋の外では気絶した男爵が運ばれていったり、壊れた扉が片付けられたりして、何かと喧しかったのだが、やがてそれも過ぎ去り、男爵家は夜の静けさに包まれている。
いや、そこまで静かというわけではなかった。アンガスとドクがどすどすと部屋の中になだれ込んできて、二人の前に立つ。
「全部終わったですわ、ボス」
「あの、エラ……その、騙していて、ごめんなさい、ですわ……」
アンガスが、熊のような体躯を丸めてうなだれる。その隣で、ドクが撫で肩をさらに落としてしゅんとしていた。
今の彼らは従僕の格好をしていて、ドレスを着ているわけではない。だが、可愛い妹を前にしょんぼりと反省している姉たちの構図にしか見えなかったのは……シェランも彼らも、この状況に馴染みすぎて感覚がおかしくなっているのだろうか。
「姉さまたち、謝らないで下さい。姉さまたちのことは怒っていません」
「ほ、本当に?」
「本当です。これまでも、これからだって、姉さまは私の姉さまです」
「エラ……!」
「………………なあお前ら、本当にそれでいいのか?」
感極まって手を取り合っている姉妹たちを横目に、どうしても我慢できなくなったシェランはぼそりと突っ込んだ。
パッと振り向いたエラが、剥き出しの怒りをあらわに彼を睨む。
「お義母さま……お義母さまだけどお義母さまじゃない人は黙ってて下さい! あのお義母さまが本物じゃなかったとか……ありえない! 詐欺師なら詐欺師らしく、最後まで騙し切ったらどうなんですか。怠慢です」
「怠慢……」
「悪人なんだか善人なんだか中途半端過ぎますし。貴方がそうやって煮え切らないから、結局私が傷付く羽目になるんです」
「それはその……そうだな。ごめん」
「謝らないで下さい!」
「え」
謝ったら駄目なのか。
一体どうしろというんだ?
ちらりと部下たちを見ると、彼らは許された者の余裕からか、気の毒そうにシェランを見ていた。同情しているように見えるが、そのくせ、若干せせら笑うような雰囲気も入り混じっている(ような気がする)
(あいつら、自分たちは簡単に許されたからといって、いい気になりやがって)
「お義母さま……じゃない人! 聞いてますか」
「あ、ああ」
その呼び方はどうなんだ。と思うが、今のシェランは文句を言える立場ではない。
「貴方はもっと詐欺師らしく、悪の限りを尽くして下さい」
「ん?」
「お義母さまが偽物だったと知って心からの怒りをぶつけたいのに、貴方が心底悪人じゃないからぶつけられないんです。無念すぎます。こうなったら、いっそ最低最悪の詐欺師になってもらった方が気が楽です」
「……なるほど?」
シェランは状況をなんとか理解しようとした、のだが……
「……最低最悪の詐欺師って、一体何をしたらいいんだ?」
「そうですね……。男爵家のお金を湯水のように使って、家にごろつきを集め、毎晩酒盛りします。後は山ほど女性を連れ込んで、ハーレムを作るとかでしょうか」
「うわ……」
「ボス、最低です」「ボスがそんな人だったなんて」
なぜか部下たちから罵られた。解せない。
「ついでに私のことも脅して、『俺のハーレムに入れよ』と迫ります。最低ですね」
「お前の詐欺師の概念はどうなってるんだ?」
「壁ドンとかしそうな人」
「……実際にやったらどうなる?」
「首の骨をへし折ります」
「殺害予告するな」
シェランは溜息をつき、すっと背筋を伸ばしてモードを切り替えた。伏し目がちの睫毛を瞬かせ、しなやかな指先を伸ばしてエラの顎を捕らえる。
「私の可愛いエラ……どこでそんな悪いことを覚えたのかしら」
「あ、ああ…………お、おお義母さまっ、そんな」
「逃さないわよ仔猫ちゃん……私のハーレムに入りなさいな」
「あっ、やだ……入ります♡♡」
──後にエラは、「お義母さまがお義母さまじゃないのにお義母さまで動揺していた、あの時のことは全部黒歴史として忘れ去りたい」と語っている。
長々とした説明を聞き終わった後で、エラがぽつりと発した言葉がそれだ。
「虫じゃなくて男だったとか……微妙な気分です」
「虫より下なのか。それに、なんでわざわざそんな喩え……もうちょっと、なんか無いのか。まだまともな喩えが」
もはや隠すことは何も無いので、シェランは思ったことをそのまま口に出した。
「……」
エラが、暗い瞳で彼を見上げる。
今、二人はシェランの部屋の寝台の端と端、ぎりぎりまで離れたところに座っていた。エラはかっちりと足を揃えて座り、シェランはもう完全に女性らしさの演技を投げ捨てて、気怠げに足を放り出して座っている。
態度はそんなだが、さっきまで、シェランは真面目に全てをエラに語っていた。言い逃れするどころか、聞かれていないことまで全部積極的に暴露していく姿勢だ。
一つには、シェランはもう中途半端な嘘をつきたくなかったのである。特に、エラには。
その間、部屋の外では気絶した男爵が運ばれていったり、壊れた扉が片付けられたりして、何かと喧しかったのだが、やがてそれも過ぎ去り、男爵家は夜の静けさに包まれている。
いや、そこまで静かというわけではなかった。アンガスとドクがどすどすと部屋の中になだれ込んできて、二人の前に立つ。
「全部終わったですわ、ボス」
「あの、エラ……その、騙していて、ごめんなさい、ですわ……」
アンガスが、熊のような体躯を丸めてうなだれる。その隣で、ドクが撫で肩をさらに落としてしゅんとしていた。
今の彼らは従僕の格好をしていて、ドレスを着ているわけではない。だが、可愛い妹を前にしょんぼりと反省している姉たちの構図にしか見えなかったのは……シェランも彼らも、この状況に馴染みすぎて感覚がおかしくなっているのだろうか。
「姉さまたち、謝らないで下さい。姉さまたちのことは怒っていません」
「ほ、本当に?」
「本当です。これまでも、これからだって、姉さまは私の姉さまです」
「エラ……!」
「………………なあお前ら、本当にそれでいいのか?」
感極まって手を取り合っている姉妹たちを横目に、どうしても我慢できなくなったシェランはぼそりと突っ込んだ。
パッと振り向いたエラが、剥き出しの怒りをあらわに彼を睨む。
「お義母さま……お義母さまだけどお義母さまじゃない人は黙ってて下さい! あのお義母さまが本物じゃなかったとか……ありえない! 詐欺師なら詐欺師らしく、最後まで騙し切ったらどうなんですか。怠慢です」
「怠慢……」
「悪人なんだか善人なんだか中途半端過ぎますし。貴方がそうやって煮え切らないから、結局私が傷付く羽目になるんです」
「それはその……そうだな。ごめん」
「謝らないで下さい!」
「え」
謝ったら駄目なのか。
一体どうしろというんだ?
ちらりと部下たちを見ると、彼らは許された者の余裕からか、気の毒そうにシェランを見ていた。同情しているように見えるが、そのくせ、若干せせら笑うような雰囲気も入り混じっている(ような気がする)
(あいつら、自分たちは簡単に許されたからといって、いい気になりやがって)
「お義母さま……じゃない人! 聞いてますか」
「あ、ああ」
その呼び方はどうなんだ。と思うが、今のシェランは文句を言える立場ではない。
「貴方はもっと詐欺師らしく、悪の限りを尽くして下さい」
「ん?」
「お義母さまが偽物だったと知って心からの怒りをぶつけたいのに、貴方が心底悪人じゃないからぶつけられないんです。無念すぎます。こうなったら、いっそ最低最悪の詐欺師になってもらった方が気が楽です」
「……なるほど?」
シェランは状況をなんとか理解しようとした、のだが……
「……最低最悪の詐欺師って、一体何をしたらいいんだ?」
「そうですね……。男爵家のお金を湯水のように使って、家にごろつきを集め、毎晩酒盛りします。後は山ほど女性を連れ込んで、ハーレムを作るとかでしょうか」
「うわ……」
「ボス、最低です」「ボスがそんな人だったなんて」
なぜか部下たちから罵られた。解せない。
「ついでに私のことも脅して、『俺のハーレムに入れよ』と迫ります。最低ですね」
「お前の詐欺師の概念はどうなってるんだ?」
「壁ドンとかしそうな人」
「……実際にやったらどうなる?」
「首の骨をへし折ります」
「殺害予告するな」
シェランは溜息をつき、すっと背筋を伸ばしてモードを切り替えた。伏し目がちの睫毛を瞬かせ、しなやかな指先を伸ばしてエラの顎を捕らえる。
「私の可愛いエラ……どこでそんな悪いことを覚えたのかしら」
「あ、ああ…………お、おお義母さまっ、そんな」
「逃さないわよ仔猫ちゃん……私のハーレムに入りなさいな」
「あっ、やだ……入ります♡♡」
──後にエラは、「お義母さまがお義母さまじゃないのにお義母さまで動揺していた、あの時のことは全部黒歴史として忘れ去りたい」と語っている。
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