【完結】「お前たち! 今日もシンデレラを虐めるわよ!」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

雪野原よる

文字の大きさ
26 / 38

26.詐欺師、バレる

しおりを挟む
「さ、詐欺師?」

 男爵の顔が青褪めた。

 シェランは唇の端を吊り上げて笑うと、見せ付けるように明るいランプの光の輪の中に立ち、ドレスの胸元を結ぶ紐を解き始めた。

「せっかくだから見せてやるよ。あんたが欲しがった美女の秘密、見たいだろう?」

 見てもらわなければ困る。見て、色ボケした頭に男の裸体という現実を叩き込み、もう二度と「妻のために生きて帰る」などという意気込みと気合が湧かないようにしなければならない。

 シェランはほっそりとして見えるが、だからこそドレスの下の身体は徹底的に引き締めている。後は詰め物を駆使して、優雅な凹凸があるように見せ掛けているだけだ。その下にあるのは筋肉の筋がしっかりした身体であり、贅肉がないからこそ、その筋はよりくっきりと際立つ。このぐらいの明るさがあれば、幻想の抱きようもないほどきちんと見えるだろう。

「あ……あ、わ、わ……お、男……」

 呂律の回らない言葉を吐き出しながら、男爵がよろめいて後ずさった。

「……」

 シェランは嗜虐的な笑みを深めた。

 視界の端で、戸口の向こうから覗き込んでいるアンガスとドクの姿を確認する。シェランの指示で、仲間内の援護を頼んで、屋敷内に十人ほどのごろつきを引き入れているのだ。門の前で待たせている馬車まで、男爵を丁重に、大切なとしてお運びして差し上げて、そのまま目的地である極海の鉱山まで送り届ける予定だ。

 なお、エラの部屋の前には簡易のバリケードと二人の男を配して、明朝まで出て来られないように塞いである。

(ここで、エラにやって来られては困るからな)

 「私がお義母さまを守る」と言ってくれた少女の顔を思い出して、シェランの胸がちくりと痛んだが、彼はその感情を無視した。

 関わらせないのが一番だ。

 エラが眠っているうちに、さっさと全てを終わらせよう──

「お義母さまあああああ!」

 特大のつむじ風が飛び込んできた。

(は?)

 ボゴン! と勢い余って何かを粉砕する音がした。戸口に立っていた見張りの男がのされて床に倒れ込む。つむじ風……ではなく、飾り剣を手にしたエラが、部屋の真ん中に仁王立ちしていた。何事だ。シェランが我に返るより早く、据わった目を男爵に向け、

「お義母さまを手篭めにしようなんて……許さない! 一生寝てろォ!!」

 スチャ! と構えた剣の刃を、力任せに男爵の頭に叩き付けた。

 ……あくまで儀礼用のなまくら剣で、幽霊ぐらいしか祓えない仕様でよかった。エラもそれを分かっていて全力で叩いたのだろう。多分。

 シェランは呆然としながらも、素早く戸口に視線を走らせ、同じように呆然と立っているアンガスとドクの姿を見た。その視線の間で、スローモーションのように男爵が崩れ落ちる。シェランは脳が痺れるような感覚を味わいながら、無理矢理指を動かして、はだけた服を手繰り寄せ、胸元を覆った。

「お義母さま!!」

 振り返ったエラが、仔犬が飛びつくように駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか?! ああ、あの男に無理矢理脱がされて……」
「だ、大丈夫よ、大丈夫」

 シェランは機械じみた声で返したが、エラが突如大粒の涙を零し始めたのでぎょっとした。

「お義母さま……お義母さまぁ……」
「エ、エラ?」
「お義母さまが、あんな男に触れられるなんて……」

 誤解している。大いに誤解されている。

 だが、その誤解をシェランが解くより早く、エラは泣きながらシェランの襟元に手を掛け、大きく左右に開いて、シェランが隠していた胸元をランプの灯の元にさらけ出した。

「──え?」

 待ちなさい、何を見ているの、悪い子だわ……などという文言がシェランの頭の中に泡のように浮かんでは消えていく。

(この場で何を言えと)

 見られている。緑色の目を見開いて、食い入るように、滅茶苦茶エラに見られている。

「……」

 沈黙が続き、それも延々と続いた。その間、シェランは色々なことを考えたのだが、最終的には諦観が全てを埋め尽くした。

(だって、無理だろ。こんな破天荒な娘……俺が予想した以上のことを毎回やりやがって)

 そういうところも嫌いではない。というか、そういうところがあるから好きになったのだ。

 これはもはやどうしようもない。後は、なるべく彼女を傷付けずに話すことが出来ればいいのだが。

 シェランは天を仰いで溜息をつき、

「……エラ。とりあえず座って話さないか?」

 初めてエラに向ける素の声で、そう提案した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...