【完結】「お前たち! 今日もシンデレラを虐めるわよ!」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

雪野原よる

文字の大きさ
35 / 38
後日談、或いはおまけ

35.エラ、戦闘民族の血が騒ぐ

しおりを挟む
「御主人様は、今夜はお戻りになりません。サルジア伯の集会に赴いておられますので」
「ふむぅ、分かったぞ」

 富裕層の集まる、大運河沿いの町屋敷。

 バクノン准男爵の愛人宅は、羽振りの良さを感じさせる豪壮な館だった。いささか成金ぽさはあるが、剥き出しの金ピカというわけでもない。未だに蝋燭をちまちまと点していたりする男爵家よりもずっと明るく、近代的に誂えられていて、住み心地が良さそうだ。羨ましい。

 ざっと見回しただけでも、女主人の性格がどんなか窺える。こんなにやり手なら、もっと高位貴族の愛人を捕まえていてもおかしくないのに、何故わざわざバクノン准男爵と……?

(本物はあんな、らしいし)

 シェラン演じる「正しきバクノン准男爵」を、気付かれないようにそっと横目で見る。

 尊大な口振り、腹を突き出して無駄に威張った歩き方、手を振って使用人を追い払う仕草。絵に描いたような小物悪役っぷりだ。

「もうよい、下がれ下がれ」
「はっ」

 横暴に振舞われるのには慣れているらしく、眉一つ動かさずに執事が引き下がっていく。偽の准男爵と従者は迷わず、真っ直ぐ主寝室へ向かったのだが……

「……なあ、従者君? 一つ質問があるんだが。あれは何だと思う?」

 寝室の真ん中で突っ立ったまま、シェランがぼそりと呟いた。

 心なしか、顔色が悪い。

「あれ? どれのことですか?」
「ほら、正面の書物棚の天辺にだな……」
「ああ、幽霊が憑いてますね。久しぶりに見ました」
「……」
「ドゥーカンさん、幽霊が苦手なんですか?」
「そ、そそそそんなはずはないだろ」

 答えるシェランの目は激しく泳いでいた。

「苦手じゃない、全然苦手じゃないが、ああいう連中は人間を脅かすためならどんな真似でも仕出かすからな。面倒だろ。かつて、俺の部屋の書棚にもあれと似た幽霊が一体住み着いていてな、そいつが俺の書類を……」

 シェランの言葉に呼応するように、ぼんやりとした幽霊の手が伸びて、鷲掴みにした白い紙をひらひらと振った。

「ヒッ」

(あっ、護らなきゃ)

 そう無意識に思ったのは、お義母さまは私が護る! と勇ましく宣言していた頃の気持ちの名残りだろうか。

 エラは懐から、銀色のナイフを取り出した。

「聖剣は流石に持ってきてないですけど、これさえあれば確実に仕留められますよ。ヤりますか?」
「ま、待て。なんだそれ。ナイフ? またしても家宝か?」
「いや、普通に食卓にある銀製のナイフですけど。純銀製なら、幽霊相手に戦えますから」
「お前の先祖、何してたんだ? 子孫に何かが受け継がれ過ぎだろ」

 戦闘民族か? 貴族って大抵、祖先は戦闘民族だもんな……と呟くうちに、シェランは顔色を取り戻してきたように見えたか、

「うわ、マジか……」
「ドゥーカンさん?」
「あいつの持ってる紙、お目当ての支払記録じゃねえか」

 エラには聞こえないぐらいに声を潜めて、シェランがガラの悪そうな悪罵を吐く。

(この人、どういうところで生まれ育ったんだろ)

 エラは思った。

 彼の幼少期の話は聞いたことがないのだが、興味はある。いつか聞いてみたいし、その品の悪そうな罵り文句を教わったっていい。

「じゃあ、取り返しますね」
「エラ?」

 長年の家事労働で培ったコントロールである(多分)。エラは手にしたナイフを綺麗に真っ直ぐに飛ばして、幽霊の脳天にぶち当て、呻きと共に昇天させた。

「……! !! !」

 硬直したシェランが強調記号を飛ばしまくっているのを尻目に、エラは床に落ちた書類を拾い上げた。厚みのある羊皮紙だ。

「これで回収終了ですね」
「あ、ああ」

 シェランに紙を手渡したとき、階下で突然、物音が生じた。重たげな軍靴が絨毯を踏む音。どやどやと、複数人が館になだれ込んできたようだ。

「……エラ。隅っこに行っとけ」
「あ、あれは?」

 シェランが答えるより早く、扉が勢いよく開いた。

 ぎらついた銀の槍の穂先が突き出され、それから鎖帷子に緋色のマントを羽織った兵士たちが踏み込んでくる。

 甲高い、居丈高な声が放たれた。

「カルスナック修道騎士団だ。聖王猊下のご命令により、国王の支払記録を回収に来た。大人しく渡して貰おう、そうで無ければ……」

 文言を言い終えるより前に、兵士が槍の柄でシェランを殴り飛ばした。

 ゴイン、と痛そうな音がして、シェランが床に倒れる。

「!!」

 エラは咄嗟に駆け寄って屈み込んだが、その視線は忙しく部屋の中を巡った。

(武器は……こういう館の女主人なら、寝台脇のチェストにナイフぐらい仕込んでいるはず……敵は5人だから、寝台の掛け布を使って)
「おい……エラ」

 シェランが囁く声がする。

「動くなよ。お前は主人の不幸を嘆く振りをしとけ。いいから、くれぐれもこの場で、戦闘民族に化けるなよ?」
「でも……シェラン……」
「いいから。しっ」

 痛めつけられたというのに、器用に騎士たちに見えない角度で唇に指を当てて見せるので、エラは激しく瞬きした。そんな彼女の前で、シェランは気絶したかのようにだらりと力を抜いて、書類が奪われるままに任せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...