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7.婚約
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ゲインズ公爵夫人は、闊達な方だ。
お義母さまと同い年で、かつては同じ学園に通っていたのだという。
「成績は同じぐらいで、仲良くなれると思ったのに、あのやたら偉そうな態度でしょう。ずっと気に入らないと思いながら、いつもどこか意識してしまっていたの。まさか、あんなに重度の照れ屋だなんて。理解できなくて、何年も腹を立てていた私が馬鹿だったのね」
呆れたような顔をして言いながら、以来、お義母さまが尖った物言いをするたびに、扇の陰で笑いを噛み殺していらっしゃる。
それどころか、「昔、学園に通っていたときの刺々したエピソード」を細々と私に書き綴ってくるのだ。それを読み解いて、「これは絶対にこうだったんですよ!」と盛り上がるのが楽しいので、私もせっせと返信を書いている。お義母さまをダシにした関係なのである。
「……それが、私に、婚約の話を?」
頭がついていけなくて、私は喉の奥から言葉をひねり出した。
お義父さまは、難しい顔をしていらっしゃる。見事に整えた口髭を、さっきからやたらと捻っているせいで、せっかくの形が崩れてしまいそうだ。
「……うむ。公爵家の跡取りの妻にと。光栄な話であることは違いない」
「跡取りと……」
なんてことだ。それでは、私が将来の公爵夫人に?
「お前は確かに、この家の正式な娘ではない。だが、財産は平等に三等分するし、実の娘同様の格式で扱うことは衆知させている」
「お義父さま……」
「よく考えろ。私も、お前の気持ちを無視して無理矢理嫁がせるほどの鬼畜ではないからな。良縁だとは思うのだが……」
心なしか、お義父さまの言葉の棘が弱い。いつもの捻くれっぷりが嘘のようだ。それだけ真剣に考えているのだろう。眉間に皺を寄せながら、私に釣書を差し出してきた。
受け取って、ぱらりと捲る。
(お義兄さまほどではないけれど、美男子寄りかな)
線が細い、貴族の子弟らしい顔立ちだ。温室栽培、という感じがする。逆に言えば、威圧感がなくて付き合いやすいかもしれない。
「悪い方ではなさそうですね」
「簡単に身辺調査をしたが、特に問題はなさそうだ」
その割に、苦虫を噛み潰したような顔で仰る。
私は天を仰いで、うーんと考えた。
「……我が家にとって、悪くない話ですよね?」
私が公爵夫人になれば、この伯爵家にいろいろと利便を図れるだろう。ヴィオラがいずれ結婚するときに、持参金を倍にしてあげられるかもしれない。
未来の姑とはいい関係を築けていると思うし(だからこそ、私に声を掛けてくれたわけだけれど)、未来の夫にも特に問題が見つからない。私は恋らしい恋をしたことがない。一番大事なのは、この伯爵家の繁栄だ。大好きなこの家族に恩が返せる。考えれば考えるほど、最高の話なのでは?
「……お義父さま。一日考えさせてもらってもいいですか? 前向きに考えようかなと思います」
「じっくり考えろ。それからだな、我が家のために受けるというなら止めろ。お前一人がどんな道を選ぼうと、そんなことで潰れるような我が家ではないからな! 思い上がるんじゃないぞ! いいな、そのことは心しておけ」
「はい、お義父さま」
私はにっこり笑った。
その後、半月も経たずに、こうして笑っていられなくなるなんて、その時の私は考えてもみなかったのだ。
それから一週間後、公爵家の書斎で対面し、私は公爵家子息のルドヴィグ・ゲインズとの婚約を承諾した。お義父さまは微妙な顔をしていたけれど、公爵家の方々はにこやかで、私は今後上手くやっていけそうだと思っていたのだ。
何かが変わったのは、その二週間後だった。
お義母さまと同い年で、かつては同じ学園に通っていたのだという。
「成績は同じぐらいで、仲良くなれると思ったのに、あのやたら偉そうな態度でしょう。ずっと気に入らないと思いながら、いつもどこか意識してしまっていたの。まさか、あんなに重度の照れ屋だなんて。理解できなくて、何年も腹を立てていた私が馬鹿だったのね」
呆れたような顔をして言いながら、以来、お義母さまが尖った物言いをするたびに、扇の陰で笑いを噛み殺していらっしゃる。
それどころか、「昔、学園に通っていたときの刺々したエピソード」を細々と私に書き綴ってくるのだ。それを読み解いて、「これは絶対にこうだったんですよ!」と盛り上がるのが楽しいので、私もせっせと返信を書いている。お義母さまをダシにした関係なのである。
「……それが、私に、婚約の話を?」
頭がついていけなくて、私は喉の奥から言葉をひねり出した。
お義父さまは、難しい顔をしていらっしゃる。見事に整えた口髭を、さっきからやたらと捻っているせいで、せっかくの形が崩れてしまいそうだ。
「……うむ。公爵家の跡取りの妻にと。光栄な話であることは違いない」
「跡取りと……」
なんてことだ。それでは、私が将来の公爵夫人に?
「お前は確かに、この家の正式な娘ではない。だが、財産は平等に三等分するし、実の娘同様の格式で扱うことは衆知させている」
「お義父さま……」
「よく考えろ。私も、お前の気持ちを無視して無理矢理嫁がせるほどの鬼畜ではないからな。良縁だとは思うのだが……」
心なしか、お義父さまの言葉の棘が弱い。いつもの捻くれっぷりが嘘のようだ。それだけ真剣に考えているのだろう。眉間に皺を寄せながら、私に釣書を差し出してきた。
受け取って、ぱらりと捲る。
(お義兄さまほどではないけれど、美男子寄りかな)
線が細い、貴族の子弟らしい顔立ちだ。温室栽培、という感じがする。逆に言えば、威圧感がなくて付き合いやすいかもしれない。
「悪い方ではなさそうですね」
「簡単に身辺調査をしたが、特に問題はなさそうだ」
その割に、苦虫を噛み潰したような顔で仰る。
私は天を仰いで、うーんと考えた。
「……我が家にとって、悪くない話ですよね?」
私が公爵夫人になれば、この伯爵家にいろいろと利便を図れるだろう。ヴィオラがいずれ結婚するときに、持参金を倍にしてあげられるかもしれない。
未来の姑とはいい関係を築けていると思うし(だからこそ、私に声を掛けてくれたわけだけれど)、未来の夫にも特に問題が見つからない。私は恋らしい恋をしたことがない。一番大事なのは、この伯爵家の繁栄だ。大好きなこの家族に恩が返せる。考えれば考えるほど、最高の話なのでは?
「……お義父さま。一日考えさせてもらってもいいですか? 前向きに考えようかなと思います」
「じっくり考えろ。それからだな、我が家のために受けるというなら止めろ。お前一人がどんな道を選ぼうと、そんなことで潰れるような我が家ではないからな! 思い上がるんじゃないぞ! いいな、そのことは心しておけ」
「はい、お義父さま」
私はにっこり笑った。
その後、半月も経たずに、こうして笑っていられなくなるなんて、その時の私は考えてもみなかったのだ。
それから一週間後、公爵家の書斎で対面し、私は公爵家子息のルドヴィグ・ゲインズとの婚約を承諾した。お義父さまは微妙な顔をしていたけれど、公爵家の方々はにこやかで、私は今後上手くやっていけそうだと思っていたのだ。
何かが変わったのは、その二週間後だった。
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