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36 「ごめん」の代わりに
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「俺も死ぬ気で頑張ります」
そう言ったそばから、俺をじっと見つめて手を止める月森に注意をすると、そのあとは黙々と仕事に没頭し始めた。
今日から増し増しで頑張れるという言葉は、どうやら大袈裟でもないらしい。
昼休みになってもモニターに集中している月森に感心しつつ、弁当を食べるよう促した。
仕事に集中する月森はやっぱりいい男だな、と俺はあらためて惚れ直す。
「あの、先輩」
弁当を食べながら、なにやら言いづらそうに月森が口を開いた。
「なんだ?」
「その……ごめんなさいが禁止だと、本当に謝りたいときはどうすればいいですかね?」
「謝らなきゃいいだろ」
「いや、それは……」
答えながら、心の中でほくそ笑む。
あの時は、月森の「ごめんなさい」が完全にトラウマになりかけていて本気で禁止だと思っていたが、記憶が戻った今となってはトラウマでもなんでもない。
あの月森の「ごめんなさい」は、「好きになってごめんなさい」だと今はちゃんとわかっている。「ごめんなさい」を聞くと、あの時の月森の告白を思い出して胸がくすぐったい。
もちろん、今の俺だからそう思えるようになった。
この数ヶ月の記憶はちゃんと残っていると月森に伝えるためだけに、なんとなく『ごめんなさい禁止』を続行中だ。
だから、月森が謝るたびに俺はニヤけそうになるのを堪えている。
困り果てた顔で悩む月森を見て、ふとイタズラを思いついてスマホを手に取った。
『ごめんの代わりはキスでいいぞ』
そうメッセージを打って月森に送信した。
どんな顔すんだろ。すげぇ楽しみだ。
月森の前では本当の俺でいたいと、月森への気持ちを素直に伝えた。伝えた途端に想いがあふれて、伝えても伝えきれないほど月森がどんどん愛おしくなる。
月森は、自分のほうが重いと言う。俺がどれだけ重いか知りもしないで。
でも週末に伝えられた「好き」の嵐に、本当に月森も重いかもしれないと感じて、愛おしさが倍増した。
俺よりも重いと言い張る月森は、このメッセージでどんな反応を見せるだろう。
隣にいる俺からのメッセージに首をかしげてこちらを見る月森を無視して、俺は何事もなかったかのように弁当を食べ続ける。
月森はしばらく俺を見つめた後、スマホに視線を戻してポチポチと操作した。
すると、月森が目を瞬き、みるみる顔を赤らめて固まった。
マジか。週末あんなに抱き合ってキスをしたのに、まだこの反応か。可愛すぎるだろ。
俺は男らしい男が好みだったはずなのに、なぜか月森に関しては体型しか当てはまらない。懐かれて情がわいたからか。月森の人の良さが心地よすぎて、月森だけ特別枠な感じだ。
「あれ? 月森さん、顔赤いですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
後輩に指摘されて、月森はさらに顔を赤くした。
「あ、いや、大丈夫、たぶん、うん」
「いや、大丈夫じゃないですよ。ちょっと熱測ったほうがいいですって」
「あ、う、うん……。じゃあ、測ってくる、かな」
「ええ、そうしてください」
仕方なく立ち上がる月森を見て、俺は小さく笑った。
「先輩のせいですよ……っ」
月森が小声で抗議してくる。
「なんでだよ。人のせいにすんな」
「……っ、だって……っ」
「な? それでいいだろ?」
月森の手にあるスマホを視線で指すと、まるで「冗談でしょ?」とでも言いたげに目を見開いた。
「そ、外では無理です……っ」
中ならいいのか。
思わず吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。
「ったくしょうがねぇな。じゃあ家の中限定で許してやる。それならいいだろ?」
「……そ、それなら……」
と、明らかにホッと息をつく。それでいいんだ。マジか。
ただのイタズラが、本採用になった。
これからは、甘えたい時にキスをして、抱き合う時にキスをして、「ごめん」の代わりにキスをする。
この週末、月森は何かというとキスをしてきた。今朝だって何回した?
これじゃ、一日中キスしてなきゃならねぇだろ。
想像するだけで顔がにやける。
「その代わり、外ではなるべく謝んな。心臓に悪りぃから」
なんて嘘だけどな。
「……はい、気をつけます」
ホッとした顔で座ろうとする月森に「熱測りに行くんだろ?」と言うと、月森は子供みたいに唇をとがらせた。
その仕草に、俺はたまらず吹き出した。
「ガキかよ。笑わすなって」
「笑わせてません!」
……ほんと、俺はこんな幸せな日々を手放そうとしてたのか。
もし事故に遭っていなければ、俺は絶対に月森を好きだと認めなかっただろう。
もし記憶喪失になっていなければ、こんなふうに月森の前で本当の自分をさらけ出すなんてありえなかった。
「お、中村、なんか雰囲気変わったな?」
チームリーダーが意外そうな声を上げた。
「記憶喪失のときと足して二で割った感じか?」
「お、本当だ。記憶が戻ったらもう笑顔なんて見れないと思ってたよ」
「いいね、いい感じ」
「……どうも」
答えながら顔が強ばった。月森の前では素直に笑えても、他の人にはまだ無理だ。
すっかり定着した強気な仮面は、月森だから外せた。
人間不信は、そう簡単には治らない。
俺から笑顔が消えると、皆が落胆したように肩を落とした。
「なんだよ、月森限定か」
チームリーダーの言葉に「なぁんだ」と肩をすくめて皆が俺に興味を失う。
そのあっさりした空気はありがたかった。
「俺限定……」
月森のつぶやきが聞こえてふと見ると、その瞳は嬉しさが隠しきれずに輝いていた。顔を赤らめてうつむきながら微笑むその姿が嬉しさを物語っていて、俺まで嬉しくなる。
でも、月森の気持ちが、俺の気持ちが、俺たちのことが、皆にバレないかと不安が襲った。
俺がゲイだと知ったときの修也の反応、あれが世間一般の反応だろう。
俺だけならいいが、月森にあんな思いをさせたくない。
急に周りの目が気になり始めた。
月森がどんな目で見られているか……。
「月森さん、やっぱ絶対熱ありますよ。早く測って来てくださいっ」
「……あ……はい」
……まぁ、とりあえずは、大丈夫そうだな。
そう言ったそばから、俺をじっと見つめて手を止める月森に注意をすると、そのあとは黙々と仕事に没頭し始めた。
今日から増し増しで頑張れるという言葉は、どうやら大袈裟でもないらしい。
昼休みになってもモニターに集中している月森に感心しつつ、弁当を食べるよう促した。
仕事に集中する月森はやっぱりいい男だな、と俺はあらためて惚れ直す。
「あの、先輩」
弁当を食べながら、なにやら言いづらそうに月森が口を開いた。
「なんだ?」
「その……ごめんなさいが禁止だと、本当に謝りたいときはどうすればいいですかね?」
「謝らなきゃいいだろ」
「いや、それは……」
答えながら、心の中でほくそ笑む。
あの時は、月森の「ごめんなさい」が完全にトラウマになりかけていて本気で禁止だと思っていたが、記憶が戻った今となってはトラウマでもなんでもない。
あの月森の「ごめんなさい」は、「好きになってごめんなさい」だと今はちゃんとわかっている。「ごめんなさい」を聞くと、あの時の月森の告白を思い出して胸がくすぐったい。
もちろん、今の俺だからそう思えるようになった。
この数ヶ月の記憶はちゃんと残っていると月森に伝えるためだけに、なんとなく『ごめんなさい禁止』を続行中だ。
だから、月森が謝るたびに俺はニヤけそうになるのを堪えている。
困り果てた顔で悩む月森を見て、ふとイタズラを思いついてスマホを手に取った。
『ごめんの代わりはキスでいいぞ』
そうメッセージを打って月森に送信した。
どんな顔すんだろ。すげぇ楽しみだ。
月森の前では本当の俺でいたいと、月森への気持ちを素直に伝えた。伝えた途端に想いがあふれて、伝えても伝えきれないほど月森がどんどん愛おしくなる。
月森は、自分のほうが重いと言う。俺がどれだけ重いか知りもしないで。
でも週末に伝えられた「好き」の嵐に、本当に月森も重いかもしれないと感じて、愛おしさが倍増した。
俺よりも重いと言い張る月森は、このメッセージでどんな反応を見せるだろう。
隣にいる俺からのメッセージに首をかしげてこちらを見る月森を無視して、俺は何事もなかったかのように弁当を食べ続ける。
月森はしばらく俺を見つめた後、スマホに視線を戻してポチポチと操作した。
すると、月森が目を瞬き、みるみる顔を赤らめて固まった。
マジか。週末あんなに抱き合ってキスをしたのに、まだこの反応か。可愛すぎるだろ。
俺は男らしい男が好みだったはずなのに、なぜか月森に関しては体型しか当てはまらない。懐かれて情がわいたからか。月森の人の良さが心地よすぎて、月森だけ特別枠な感じだ。
「あれ? 月森さん、顔赤いですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
後輩に指摘されて、月森はさらに顔を赤くした。
「あ、いや、大丈夫、たぶん、うん」
「いや、大丈夫じゃないですよ。ちょっと熱測ったほうがいいですって」
「あ、う、うん……。じゃあ、測ってくる、かな」
「ええ、そうしてください」
仕方なく立ち上がる月森を見て、俺は小さく笑った。
「先輩のせいですよ……っ」
月森が小声で抗議してくる。
「なんでだよ。人のせいにすんな」
「……っ、だって……っ」
「な? それでいいだろ?」
月森の手にあるスマホを視線で指すと、まるで「冗談でしょ?」とでも言いたげに目を見開いた。
「そ、外では無理です……っ」
中ならいいのか。
思わず吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。
「ったくしょうがねぇな。じゃあ家の中限定で許してやる。それならいいだろ?」
「……そ、それなら……」
と、明らかにホッと息をつく。それでいいんだ。マジか。
ただのイタズラが、本採用になった。
これからは、甘えたい時にキスをして、抱き合う時にキスをして、「ごめん」の代わりにキスをする。
この週末、月森は何かというとキスをしてきた。今朝だって何回した?
これじゃ、一日中キスしてなきゃならねぇだろ。
想像するだけで顔がにやける。
「その代わり、外ではなるべく謝んな。心臓に悪りぃから」
なんて嘘だけどな。
「……はい、気をつけます」
ホッとした顔で座ろうとする月森に「熱測りに行くんだろ?」と言うと、月森は子供みたいに唇をとがらせた。
その仕草に、俺はたまらず吹き出した。
「ガキかよ。笑わすなって」
「笑わせてません!」
……ほんと、俺はこんな幸せな日々を手放そうとしてたのか。
もし事故に遭っていなければ、俺は絶対に月森を好きだと認めなかっただろう。
もし記憶喪失になっていなければ、こんなふうに月森の前で本当の自分をさらけ出すなんてありえなかった。
「お、中村、なんか雰囲気変わったな?」
チームリーダーが意外そうな声を上げた。
「記憶喪失のときと足して二で割った感じか?」
「お、本当だ。記憶が戻ったらもう笑顔なんて見れないと思ってたよ」
「いいね、いい感じ」
「……どうも」
答えながら顔が強ばった。月森の前では素直に笑えても、他の人にはまだ無理だ。
すっかり定着した強気な仮面は、月森だから外せた。
人間不信は、そう簡単には治らない。
俺から笑顔が消えると、皆が落胆したように肩を落とした。
「なんだよ、月森限定か」
チームリーダーの言葉に「なぁんだ」と肩をすくめて皆が俺に興味を失う。
そのあっさりした空気はありがたかった。
「俺限定……」
月森のつぶやきが聞こえてふと見ると、その瞳は嬉しさが隠しきれずに輝いていた。顔を赤らめてうつむきながら微笑むその姿が嬉しさを物語っていて、俺まで嬉しくなる。
でも、月森の気持ちが、俺の気持ちが、俺たちのことが、皆にバレないかと不安が襲った。
俺がゲイだと知ったときの修也の反応、あれが世間一般の反応だろう。
俺だけならいいが、月森にあんな思いをさせたくない。
急に周りの目が気になり始めた。
月森がどんな目で見られているか……。
「月森さん、やっぱ絶対熱ありますよ。早く測って来てくださいっ」
「……あ……はい」
……まぁ、とりあえずは、大丈夫そうだな。
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