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41 最終話 終 〜毎日が宝物〜
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「映画館と言えばですね。まず、一緒にポップコーンが食べたいです!」
ポップコーン……?
「そんなん、家でも食べれるだろ」
「映画館で食べるから美味しいんですよっ」
「いやでも、俺そんな好きじゃ――――」
「でも二つ買っちゃだめです。買うのは一つ!」
ああ、なんだ。俺がそんな好きじゃないって知ってたのか。と思ったが、あとに続く月森の話でどうやら違うらしいとわかる。
「ポップコーンは俺が持ちます。で、先輩と一緒に交互に食べるんですけど、こうやって手がぶつかっちゃったりして」
月森のジェスチャーが面白い。じっと見ていると、不意に月森の指が俺の唇に触れた。
「だから俺が先輩の口にポップコーンを入れてあげるんです。こうやって」
そして、めちゃくちゃ笑顔で月森が続けた。
「ね? 外で堂々と『あーん』ができます!」
それを聞いて首をかしげる。
月森は昔から、割と普通に「あーん」をしてくる。「先輩、こっちも美味しいですよ」と、食べ歩きのアイスだったり、クレープだったり、ホットドッグだったり。
まぁ、確かに座った状態での「あーん」はやったことねぇな。ねぇわ。だからこだわってるのか?
「それから、映画館に入ったら絶対に先輩が注目あびるんで、俺が睨みを効かせます。こうやって!」
キッと睨みつけた顔を見せてくる月森に、俺はさらに首をかしげる。
それって別に映画館じゃなくても、いつも月森がやってくれることだよな。
「あっ、そうだ先輩、ホラーは大丈夫ですか?」
「……それ絶対血が出るやつじゃねぇ?」
「出ないのもありますよきっと! 幽霊ものとか」
「……血が出ねぇならいいけどよ」
「やった! じゃあ俺、ホラーが観たいです!」
「お前ホラー好きだったんだ」
「そうでもないですけど、怖いシーンとかで手が繋げるじゃないですかっ!」
……いや、手を繋ぎたいだけなら、別にホラーじゃなくても映画館は暗いんだしさ……と思ったが黙ってた。
「でも俺、別にホラーは怖くねぇから、すがりつくの期待してんならそれはねぇぞ?」
「大丈夫です! 俺が怖いんで俺が繋ぎますからっ!」
ぶはっと思わず吹き出した。
お前がすがりつくのかよ。「大丈夫」の意味がわかんねぇ。マジで面白すぎる。
「映画を観終わったら、どのシーンが良かったとか、カフェでコーヒーを飲みながら一緒に盛り上がるんですっ。あ、もちろん先輩のお気に入りのカフェで!」
たぶん、良かったシーンの話より月森がすがってきたシーンの話で盛り上がるだろうな、と想像して笑いが漏れる。
「ね、どうですか? 映画デート、魅力的ですよねっ?」
「まぁ、プレゼンは色々面白かった」
プレゼン通りに想像するだけで、可愛くて愛しくて楽しい映画デートだ。
ホラーにビビってすがりつく月森の姿を思い浮かべると、男らしさの欠片もないな、と笑ってしまう。
でも、これが月森だ。俺の好きな男。一生手放さないと決めた男。
「俺、夢だったんです。映画デート」
その言葉に、緩んでいた顔が一瞬で強ばった。
……そうか、夢だったのか。
昔は可愛い女の子とのデートを想像していたんだろうか……。
いまだに俺は、月森がゲイなのかどうか聞けずにいる。もしノンケだと言われたら、月森の『一生』の言葉を疑ってしまいそうで怖いんだ。
「先輩? どうしました?」
月森が俺の顔を覗き込む。
「……いや、なんでも……」
なんでもないと言いかけて、どうせ通用しないだろうと思い直す。先日、会社で同じやり取りをして月森に怒ったことを思い出した。月森に怒っておいて自分がやるのは違うだろ……。
「先輩?」
「……いや。お前が夢だったっつーからさ」
「……?」
「昔は可愛い女の子と映画デートすんのが夢だったのかなって思ってさ」
すると、月森がきょとんと俺を見返した。
それからハッとしたように目を大きくして「違いますよ?!」と声を上げた。
「先輩と行くのが夢だったんです!」
「……俺と?」
「そうですよ! 高二の時、勇気出して映画に誘ったら速攻で断られて撃沈しました」
「は? そんなことあったか?」
「あったんです!」
全然覚えてねぇ。……まぁ、行くって言うわけねぇけど。
そうか。俺と行くのが夢だったのか。……そうか。
「月森」
「はい?」
そっと月森の頬に触れて優しく撫でた。もちろん、キスの合図で。
「好きだ」
「俺も、大好きです」
そして、期待通りの笑顔と優しい口づけ。
柔らかい月森の唇が、くすぐるように俺の唇をついばむ。物足りなくて首に腕を回すと、月森がクスッと笑って深いキスに変わった。
パジャマのまま朝の準備と朝食を済ませ、着替えるために俺だけ部屋に引っ込んだ。
月森の服はリビングにある。大きいベッドが届いたら、ここにベッドと二人分の服を置こう。
リビングが広くなるから、テレビを大きくするのもいいな。
これから先、きっと月森が血の出ない映画やドラマを調べてくるだろう。
そんなことを考えながら着替えていると、自然と鼻歌が出た。
いや待てよ。もっと広い部屋に引っ越すか?
もうずっと月森と一緒に暮らすんだ。もっとちゃんとした所に引っ越すのもいいな。
まぁでも、別に急ぐことでもない。月森とゆっくり話し合おう。
着替え終わってリビングに戻ると、まだパジャマのままベッドに服を並べて悩んでいる月森に眉をひそめた。
「おい、何してんだ?」
「うーん、何着ていこうか迷っちゃって…………え?」
服から視線を外して俺を見た月森が、目を瞬いた。
「なんだよ」
「え、っと、なんで……ジャージ?」
「なんでって、ベッド買ったらバスケ行くだろ?」
すると、月森の瞬きの回数が増える。
なんだよ。いつもならバスケだよな?
「もう二週間もボール触ってねぇしさ」
月森に振られていたと勘違いして、ここを出ていくための大量の作り置きで週末を潰し、先週は月森とイチャついて終わった。
そろそろバスケがしたい。
「お前もバスケしてぇだろ?」
そう聞くと、月森は「えっと……」と口をにごし、「バスケ……したいかも、です」とはっきりしない返答を返してくる。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って、ベッドに並べた服をそそくさとクローゼットにしまっていく。あれはどう見てもジャージじゃない。
そこで俺はハッとした。そうか、デートだ。ベッドを買ったあともデートなんだ。ただの買い物じゃねぇんだからそりゃそうだろ。
……しまった。ついいつもの流れでバスケに行くと思い込んでしまった。
「月森……」
「はい?」
ジャージを手に振り返る月森の腕を引いてベッドに座らせ、膝の上にまたがった。
「せ、先輩?」
「ごめん、月森……。別にお前とデートしたくないわけじゃねぇんだ。ただ……ついいつもと同じ調子でバスケ行くよなって思っちゃってさ……」
俺の弁明に、月森がふわっと優しい笑顔を見せる。
「はい。大丈夫です。わかってます。もう二週間ですもんね。俺もバスケしたいです。バスケ行きましょう」
「……ガッカリしたか?」
「してないですよ」
「ほんとはしただろ?」
「……ちょっとだけです」
「……ごめん。ほんと、悪かった」
「来週は映画デートしてくれますか?」
「するよ。行こう、映画デート」
「じゃあ、明日はどうします? 掃除洗濯……ですかね」
「俺さ。ベッド買う以外にしたいデートあんだけど」
月森の顔がパッと明るくなる。
「えっ、なんですかっ? 明日はそのデートしましょうっ」
と声を弾ませる月森のうなじを、俺はスルスルと撫でた。
「家デートがしたいんだ」
「家デート?」
「お前と、一日中イチャつきてぇ」
平気だと思ったのに頬が熱くなった。……恥っず。
月森の顔も真っ赤に染まり、二人で照れて笑った。
「じ、じゃあ、明日は家事が終わったら……家デートしましょうか」
「家事は今日の夜やっちまおうぜ。一日ゆっくりしてぇだろ? な?」
イチャつく時間が減るのはごめんだ。
「……はい。……ですね」
月森が大いに照れた可愛い顔で、俺の唇を優しくふさいだ。
「好きです……」
「ん……好きだ……」
唇を合わせながら、愛をささやく。
「大好き」
「愛してる……」
「愛してます……」
「俺のほうが……もっと愛してる」
いつも、愛の言葉の掛け合いを終えるタイミングがわからない。わからないからいつまでも続く。そのうちお互いに笑い出す。でもその笑いは、お互いの重さを再確認して幸せになった証拠。
「ん……、そろそろベッド……買いに行こうぜ」
「はい、行きましょう」
名残惜しそうにもう一度キスをして、月森は動き出した。
「そうだ。今日の夕飯は天ぷらな」
「わっ、天ぷら! やった!」
月森の笑顔が見たくて作った料理アプリの月森フォルダに、天ぷらのレシピは入っていない。記憶のない俺には作れなかった月森の好物だ。
明日は残った天ぷらで天ぷらそばにしよう。そばも月森の好物だ。
「先輩、明日は天ぷらそばがいいですっ!」
「お前、いつから人の心が読めるようになった?」
「え?」
きょとんとする月森に、俺は笑った。
「なんでもねぇよ。んじゃ明日は天ぷらそばな」
「やった!」
夕飯の話をしているだけで癒される。映画デートも楽しみだし、家デートは想像するだけで期待で胸が熱くなる。本当に俺は幸せだ。
ベッドを買いに、俺たちは部屋を後にした。
新しいベッドも、映画デートも、恋人としての新しい思い出がこれからたくさん増えていくだろう。
何気ない日常の一瞬一瞬が、かけがえのない大切な宝物になる。
「ところでお前さ」
「はい?」
「俺の名前、知ってるか?」
「え?」
「だから、俺の名前知ってるかって」
「そんなの当たり前じゃないですか。突然どうしたんですか?」
「んじゃ、ちょっと言ってみろ」
「中村先輩」
「……そっちじゃねぇよ、ばぁか」
「あ……っ、えっと、は、陽樹先輩……ですか?」
「先輩はいらねぇ」
「えっ、じゃあ、陽樹……さん?」
「……キモ」
「ええっ? ……じゃあ、陽樹……くん?」
「もっとキモい」
「ええ……っ?」
「呼び捨てでいいって」
「えっ、それはちょっと……」
困った顔で考え込み、ぶつぶつ言いながら横断歩道を渡ろうとする月森の腕を取った。
「おい、そっちじゃねぇよ。こっちだ、直弥」
「え……っ、せ、せんぱ……っ」
パッと顔を真っ赤に染める月森に、俺まで伝染しそうになった。
「あっ、えっと、は、陽樹せん……さん? くん……?」
「なんだよ、せんさんくんって」
ほんと月森は可愛いな、と笑みがこぼれる。
こんな風に月森と一緒に過ごせる幸せを、これからもずっと感じていきたい。
春の温かな日差しの中、芽吹く緑を見つめながら、俺は心からこの幸せが続くことを願った。
「しゃーねーな。つけてもいいよ、先輩って」
「……っ、陽樹先輩っ」
「もうずっとそう呼べよ、直弥」
「はいっ! 陽樹先輩っ!」
~END~
ポップコーン……?
「そんなん、家でも食べれるだろ」
「映画館で食べるから美味しいんですよっ」
「いやでも、俺そんな好きじゃ――――」
「でも二つ買っちゃだめです。買うのは一つ!」
ああ、なんだ。俺がそんな好きじゃないって知ってたのか。と思ったが、あとに続く月森の話でどうやら違うらしいとわかる。
「ポップコーンは俺が持ちます。で、先輩と一緒に交互に食べるんですけど、こうやって手がぶつかっちゃったりして」
月森のジェスチャーが面白い。じっと見ていると、不意に月森の指が俺の唇に触れた。
「だから俺が先輩の口にポップコーンを入れてあげるんです。こうやって」
そして、めちゃくちゃ笑顔で月森が続けた。
「ね? 外で堂々と『あーん』ができます!」
それを聞いて首をかしげる。
月森は昔から、割と普通に「あーん」をしてくる。「先輩、こっちも美味しいですよ」と、食べ歩きのアイスだったり、クレープだったり、ホットドッグだったり。
まぁ、確かに座った状態での「あーん」はやったことねぇな。ねぇわ。だからこだわってるのか?
「それから、映画館に入ったら絶対に先輩が注目あびるんで、俺が睨みを効かせます。こうやって!」
キッと睨みつけた顔を見せてくる月森に、俺はさらに首をかしげる。
それって別に映画館じゃなくても、いつも月森がやってくれることだよな。
「あっ、そうだ先輩、ホラーは大丈夫ですか?」
「……それ絶対血が出るやつじゃねぇ?」
「出ないのもありますよきっと! 幽霊ものとか」
「……血が出ねぇならいいけどよ」
「やった! じゃあ俺、ホラーが観たいです!」
「お前ホラー好きだったんだ」
「そうでもないですけど、怖いシーンとかで手が繋げるじゃないですかっ!」
……いや、手を繋ぎたいだけなら、別にホラーじゃなくても映画館は暗いんだしさ……と思ったが黙ってた。
「でも俺、別にホラーは怖くねぇから、すがりつくの期待してんならそれはねぇぞ?」
「大丈夫です! 俺が怖いんで俺が繋ぎますからっ!」
ぶはっと思わず吹き出した。
お前がすがりつくのかよ。「大丈夫」の意味がわかんねぇ。マジで面白すぎる。
「映画を観終わったら、どのシーンが良かったとか、カフェでコーヒーを飲みながら一緒に盛り上がるんですっ。あ、もちろん先輩のお気に入りのカフェで!」
たぶん、良かったシーンの話より月森がすがってきたシーンの話で盛り上がるだろうな、と想像して笑いが漏れる。
「ね、どうですか? 映画デート、魅力的ですよねっ?」
「まぁ、プレゼンは色々面白かった」
プレゼン通りに想像するだけで、可愛くて愛しくて楽しい映画デートだ。
ホラーにビビってすがりつく月森の姿を思い浮かべると、男らしさの欠片もないな、と笑ってしまう。
でも、これが月森だ。俺の好きな男。一生手放さないと決めた男。
「俺、夢だったんです。映画デート」
その言葉に、緩んでいた顔が一瞬で強ばった。
……そうか、夢だったのか。
昔は可愛い女の子とのデートを想像していたんだろうか……。
いまだに俺は、月森がゲイなのかどうか聞けずにいる。もしノンケだと言われたら、月森の『一生』の言葉を疑ってしまいそうで怖いんだ。
「先輩? どうしました?」
月森が俺の顔を覗き込む。
「……いや、なんでも……」
なんでもないと言いかけて、どうせ通用しないだろうと思い直す。先日、会社で同じやり取りをして月森に怒ったことを思い出した。月森に怒っておいて自分がやるのは違うだろ……。
「先輩?」
「……いや。お前が夢だったっつーからさ」
「……?」
「昔は可愛い女の子と映画デートすんのが夢だったのかなって思ってさ」
すると、月森がきょとんと俺を見返した。
それからハッとしたように目を大きくして「違いますよ?!」と声を上げた。
「先輩と行くのが夢だったんです!」
「……俺と?」
「そうですよ! 高二の時、勇気出して映画に誘ったら速攻で断られて撃沈しました」
「は? そんなことあったか?」
「あったんです!」
全然覚えてねぇ。……まぁ、行くって言うわけねぇけど。
そうか。俺と行くのが夢だったのか。……そうか。
「月森」
「はい?」
そっと月森の頬に触れて優しく撫でた。もちろん、キスの合図で。
「好きだ」
「俺も、大好きです」
そして、期待通りの笑顔と優しい口づけ。
柔らかい月森の唇が、くすぐるように俺の唇をついばむ。物足りなくて首に腕を回すと、月森がクスッと笑って深いキスに変わった。
パジャマのまま朝の準備と朝食を済ませ、着替えるために俺だけ部屋に引っ込んだ。
月森の服はリビングにある。大きいベッドが届いたら、ここにベッドと二人分の服を置こう。
リビングが広くなるから、テレビを大きくするのもいいな。
これから先、きっと月森が血の出ない映画やドラマを調べてくるだろう。
そんなことを考えながら着替えていると、自然と鼻歌が出た。
いや待てよ。もっと広い部屋に引っ越すか?
もうずっと月森と一緒に暮らすんだ。もっとちゃんとした所に引っ越すのもいいな。
まぁでも、別に急ぐことでもない。月森とゆっくり話し合おう。
着替え終わってリビングに戻ると、まだパジャマのままベッドに服を並べて悩んでいる月森に眉をひそめた。
「おい、何してんだ?」
「うーん、何着ていこうか迷っちゃって…………え?」
服から視線を外して俺を見た月森が、目を瞬いた。
「なんだよ」
「え、っと、なんで……ジャージ?」
「なんでって、ベッド買ったらバスケ行くだろ?」
すると、月森の瞬きの回数が増える。
なんだよ。いつもならバスケだよな?
「もう二週間もボール触ってねぇしさ」
月森に振られていたと勘違いして、ここを出ていくための大量の作り置きで週末を潰し、先週は月森とイチャついて終わった。
そろそろバスケがしたい。
「お前もバスケしてぇだろ?」
そう聞くと、月森は「えっと……」と口をにごし、「バスケ……したいかも、です」とはっきりしない返答を返してくる。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って、ベッドに並べた服をそそくさとクローゼットにしまっていく。あれはどう見てもジャージじゃない。
そこで俺はハッとした。そうか、デートだ。ベッドを買ったあともデートなんだ。ただの買い物じゃねぇんだからそりゃそうだろ。
……しまった。ついいつもの流れでバスケに行くと思い込んでしまった。
「月森……」
「はい?」
ジャージを手に振り返る月森の腕を引いてベッドに座らせ、膝の上にまたがった。
「せ、先輩?」
「ごめん、月森……。別にお前とデートしたくないわけじゃねぇんだ。ただ……ついいつもと同じ調子でバスケ行くよなって思っちゃってさ……」
俺の弁明に、月森がふわっと優しい笑顔を見せる。
「はい。大丈夫です。わかってます。もう二週間ですもんね。俺もバスケしたいです。バスケ行きましょう」
「……ガッカリしたか?」
「してないですよ」
「ほんとはしただろ?」
「……ちょっとだけです」
「……ごめん。ほんと、悪かった」
「来週は映画デートしてくれますか?」
「するよ。行こう、映画デート」
「じゃあ、明日はどうします? 掃除洗濯……ですかね」
「俺さ。ベッド買う以外にしたいデートあんだけど」
月森の顔がパッと明るくなる。
「えっ、なんですかっ? 明日はそのデートしましょうっ」
と声を弾ませる月森のうなじを、俺はスルスルと撫でた。
「家デートがしたいんだ」
「家デート?」
「お前と、一日中イチャつきてぇ」
平気だと思ったのに頬が熱くなった。……恥っず。
月森の顔も真っ赤に染まり、二人で照れて笑った。
「じ、じゃあ、明日は家事が終わったら……家デートしましょうか」
「家事は今日の夜やっちまおうぜ。一日ゆっくりしてぇだろ? な?」
イチャつく時間が減るのはごめんだ。
「……はい。……ですね」
月森が大いに照れた可愛い顔で、俺の唇を優しくふさいだ。
「好きです……」
「ん……好きだ……」
唇を合わせながら、愛をささやく。
「大好き」
「愛してる……」
「愛してます……」
「俺のほうが……もっと愛してる」
いつも、愛の言葉の掛け合いを終えるタイミングがわからない。わからないからいつまでも続く。そのうちお互いに笑い出す。でもその笑いは、お互いの重さを再確認して幸せになった証拠。
「ん……、そろそろベッド……買いに行こうぜ」
「はい、行きましょう」
名残惜しそうにもう一度キスをして、月森は動き出した。
「そうだ。今日の夕飯は天ぷらな」
「わっ、天ぷら! やった!」
月森の笑顔が見たくて作った料理アプリの月森フォルダに、天ぷらのレシピは入っていない。記憶のない俺には作れなかった月森の好物だ。
明日は残った天ぷらで天ぷらそばにしよう。そばも月森の好物だ。
「先輩、明日は天ぷらそばがいいですっ!」
「お前、いつから人の心が読めるようになった?」
「え?」
きょとんとする月森に、俺は笑った。
「なんでもねぇよ。んじゃ明日は天ぷらそばな」
「やった!」
夕飯の話をしているだけで癒される。映画デートも楽しみだし、家デートは想像するだけで期待で胸が熱くなる。本当に俺は幸せだ。
ベッドを買いに、俺たちは部屋を後にした。
新しいベッドも、映画デートも、恋人としての新しい思い出がこれからたくさん増えていくだろう。
何気ない日常の一瞬一瞬が、かけがえのない大切な宝物になる。
「ところでお前さ」
「はい?」
「俺の名前、知ってるか?」
「え?」
「だから、俺の名前知ってるかって」
「そんなの当たり前じゃないですか。突然どうしたんですか?」
「んじゃ、ちょっと言ってみろ」
「中村先輩」
「……そっちじゃねぇよ、ばぁか」
「あ……っ、えっと、は、陽樹先輩……ですか?」
「先輩はいらねぇ」
「えっ、じゃあ、陽樹……さん?」
「……キモ」
「ええっ? ……じゃあ、陽樹……くん?」
「もっとキモい」
「ええ……っ?」
「呼び捨てでいいって」
「えっ、それはちょっと……」
困った顔で考え込み、ぶつぶつ言いながら横断歩道を渡ろうとする月森の腕を取った。
「おい、そっちじゃねぇよ。こっちだ、直弥」
「え……っ、せ、せんぱ……っ」
パッと顔を真っ赤に染める月森に、俺まで伝染しそうになった。
「あっ、えっと、は、陽樹せん……さん? くん……?」
「なんだよ、せんさんくんって」
ほんと月森は可愛いな、と笑みがこぼれる。
こんな風に月森と一緒に過ごせる幸せを、これからもずっと感じていきたい。
春の温かな日差しの中、芽吹く緑を見つめながら、俺は心からこの幸せが続くことを願った。
「しゃーねーな。つけてもいいよ、先輩って」
「……っ、陽樹先輩っ」
「もうずっとそう呼べよ、直弥」
「はいっ! 陽樹先輩っ!」
~END~
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