彼を探して〜Pay foreword to your Journey 〜

霜月美雨

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20代前半。

自分を置き去りにしたフィアンセを探しに日本を飛び出した。

彼の居処がこの国である確証はなかった。

再会して何を言いたいのかもわからなかった。

話せたところで何が変えられるのかも分からなかった。

それでもただ働きながら彼を待っているなんて出来なかった。


「待っててね。」


その言葉がまさか、
海外に仕事に出てしまう、数年になるかもしれない別れを意味するなんて、
当時は思いもしなかった。

ずっと一緒だったのにーー

なぜ本当の事を言ってくれなかったのーー?

私は一緒に行っちゃいけなかったのー?

どんな気持ちであの言葉を言ったのーー?

…………

彼に向けて放った疑問の矢たちは

海を渡った後、
殻を脱ぎ去り全て自分に降り注いだ。

ー彼は自分の仕事を見つけただけだ。私は?

ー私はどうしたいの?何ができるの?どこに行けるのーー?


~~~~~~~


濃いオレンジが今日もこの街の埃っぽい空気を染めていく。夕暮れ。

私は河原で指輪の日焼け跡を見つめた。

この炎のような夕焼け色に溺れてしまいたい……


そばを通る男が、持っているのかも分からない小船の客引きをしていた。

私はスッと立ち上がり、
足早にその場を去った。

いつもの食堂に向かう。

夕飯時で賑わう路地の人だかりが喧しく耳にさわる。

飲食店から立ち上る湯気。

路肩の痩せた野良犬と
物乞いの老婆。

空を見上げると、
こんなにたくさんあるのかと疑うほどの星々が、夜空に輝き出していた。

~~~~~~

食堂の手前の階段の踊り場で、
Yさんと鉢合わせた。

「あ!いた!!」

Yさんの方が先に口を開いた。

「良かった~先にここ来てみて。」

私は何も言わずに笑った。

私達は一緒に食堂の席についた。

~~~~

食が進まない私の様子を見て、
Yさんが聞く

「どした?腹痛いん?」

「ううん。なんかお腹いっぱいになっちゃった…^^;」

「ん~~~?ならこれ貰っていい?」

「どうぞ。」

私の皿にあった惣菜を、成長期の学生みたいに頬張っているYさんに私は聞いた。

「Yさんは、いつから今の仕事やりたいと思ったんですか?きっかけとか、あった?」

「ん~~~??」

語尾に上向き矢印がつくようなトーン

食べ物をごくんっと飲み込んで言う。

「前々からやりたいとは思ってたけど、オレも大学入ってからやね。きっかけはーー」

Yさんはスラスラと経緯を話してくれた。
当時、若者バックパッカーの火付け役、バイブルといわれていた著書の作者とも合同で仕事したいから、企画の話を既に連絡していることまで……

「すごいなぁ~…なんでYさんは、そんなにやりたい事、どんどんみつけて、どんどん出来るの?私は出来ることしか見つからない…」

~~~??
もぐもぐしたまま、喉の奥で半音上げてくる

「オレもバイトは出来ることから色々やったよ~?ビリヤード、パチ屋、喫茶店、アパレル…日雇いのキャッチもしてた時期あるよ~笑
なんかないの?やりたい事。」


ん~~~

考え込んで無言になった私を
水を飲みながら彼はみている。

「そんなに~?絶対なんかしらあるやろ~」

Yさんは早いうちに母親をなくしていた。
父親の話は聞いたことがなかった。
10代からバイトもしていたと聞いていたし、兄弟の学費すら、彼が払っていた可能性すらあった。

飲み干された氷のない銀のグラスが、
テーブルにカン!と短く鳴って、置かれた。

「続き、宿で話す?」

「……うん。。」


続けたところで、自分のやりたい事が出てくるとは思えなかった。
私は曖昧に答えると、いつも通り会計を済ませて(でもYさんがいるから顔なじみの店主が割引してくれた)店を後にした。

~~~~~

満点の星空の下、細くなっていく路地をYさんのいつもの早い歩調に合わせて歩いてゆく。

簡易なビーチサンダルで、けれども鍛え抜かれた脚の筋肉で、
足場の悪い暗がりの路地を軽やかに、まるで自分の庭のように歩く後ろ姿は逞しかった。

ローカルも日本人もそれ以外の旅人達も、
2度彼を見れば声を掛け、慕った。

短時間で相手の懐を掴む人柄は、
生まれつきにせよ後付けにせよ
紛れもないリーダーだった。

おおよそ同じ年月を
一体どうやって生きてきたら
こんな人格になるのだろうか。

Yさん無しでこの時間にここをあるいたら、袋小路にまよってしまうか、
また危険な目にあっていたかもしれなかった。


宿に近くにつれ、街灯が減ってゆくーー

私は不意に立ち止まり、細い路地から星空を見上げた。
煌めく星々は彼らの役目を全うし、自らに疑問など抱く間も無く瞬いている。


少しして、Yさんが私が足を止めた事に気づき、振り返る。


「ミウちゃん、平気?」


「うん……。」


返した声は掠れていた。


「平気。 星、きれいだね。」


星々の輝きが瞳に滲んでいくのを静かに見ていた。

「ーーーー安心する。宇宙にいるんだって
感じがして。」


私もYさんも都会生まれだった。
こんな星数の夜空を見ることは、日本では叶わなかった

「そうだねーーーー」


細い流れ星が続いて、
路地の上を流れていった


「ーーコーヒー淹れようか?」

「うん。飲みたい。」


笑顔の瞳に、
小さな星屑がぽろぽろと溢れた。
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