氷華の吸血鬼ー銀氷の貴方と誓う永血の恋ー

四片霞彩

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鍵に導かれるは霧の街

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「いったい何が……」
 
 遠くまで細かく見える視界に気を取られていると、服の隙間から入り込んできた冷風にぶるりと肩を震わせて首を竦めてしまう。
 やがて店の前を行き来する人の足音や話し声が聞こえてきたかと思うと、店内を満たす古書の甘いカビと埃の臭いが強まったのだった。

「うっ……」
 
 今まで何も感じ無かった音と匂いが洪水のように一気にエレナに流れ込んだからか、乗り物酔いのように気持ち悪くなって口元に手を当てて小さく息を繰り返す。音と匂いの波は徐々に身体に馴染んだが、その頃には人並みに持っていた聴覚や嗅覚などの五感が妙に冴えわたっていることに気付いたのだった。

(音が近い……匂いも強くて。全部、近くにあるみたい……)

 瞬きを何度も繰り返して周囲を見渡すと、フローシィに限らず部屋全体が大きく見えた。巨人の国に紛れてしまったような心細さに固まっていると、エレナの目線に合わせるようにフローシィが片膝をついたのだった。

「契約成立だ。今日からはお前はノエリス。俺の従者となるヴァンパイアの小娘だ」
「え……っ。ヴァンパイア?」

 聞き慣れない高音に口を閉ざしてしまうと、フローシィはそっと部屋の片隅を指差す。大きくなったロングワンピースで床を引きずりながらフローシィが示した場所に向かったエレナはそこに大きな姿見を見つけて覗き込むが、そこに映っていたのはくりっとした大きな淡い水色の目を見開いた十歳前後のブロンド髪の美少女だった。
 嫌な予感がして恐る恐る自分の頬を触れると、鏡の中の美少女も同じように小さな白い手で紙のように白い頬を触って驚愕の表情を浮かべたのだった。

「嘘……」
「嘘なわけあるか。口を開け。まだヴァンパイアになりたてで短いが、牙も生えている」

 言われるがままに鏡の前で口を開くと、小さいながらも犬歯の先が尖っていた。信じたく無いというように口をギュッと閉じたが、伸びかけた犬歯が下唇に刺さって地味に痛い。
 堪らず口をわずかに開けてしまったが、その両端からは牙となった白い犬歯が見えていたのだった。

「伸びかけの牙は口内を痛めるが、生え揃うまでの辛抱だ。もっともその頃には完全体のヴァンパイアになっているだろうがな」
「嫌……こんなの夢を見ているだけ。そうに決まってる……」

 認められない、認めたくないと少女と化した自分の姿を否定するように、何度も頬や手をつねっては夢であることを確かめるが、夢から覚めることは無かった。
 それでも諦めきれずに頬を平手打ちし始めたところで、「いい加減にしろ」とフローシィが静かに止めたのだった。

「お前が鍵を持ってきたことで俺はお前と契約を結ばざるを得なくなった。これはお前の行動が生み出した結果だ。お前が鍵を拾いさえしなければこうはならなかった」
「だって契約なんて何も知らなくて。鍵もたまたま拾っただけで、そこに意味があるなんて思わなくて……ヴァンパイアなんて空想上の生き物が存在することもあり得ないし、そんなヴァンパイアに自分がなるなんてもっと信じられないし……」
「……混乱する気持ちも分かるが、まずは着替えでもして落ち着け。いつまでその格好で床に座り込んでいる」
「着替えって……子供用の服なんて持ってないのにどうしろって……」
 
 はぁと小さく溜め息を吐いてフローシィが指を鳴らすと、サイズが合わなくなったロングワンピースが子供と化したエレナの体型に合わせて再構成される。
 クラシカルな雰囲気はそのままに少女らしいレースやリボンがあしらわれた膝下丈のワンピースとなり、小さな足にはレースがあしらわれた白のニーハイソックスと黒のミニブーツが出現した。
 薄手のTシャツを着ていた洋服の内側には丸襟の白ブラウスまで現れると、今のエレナにピッタリの子供らしい格好へと変化したのだった。

「ほう……よく似合っているではないか。目覚めたばかりで本調子じゃ無かったにしては、随分と上手くいった」
「こんなの私じゃない……」
「感謝することだな、ノエリス。この俺の従者となれることを光栄に思え」

 賞賛よりも侮辱されている気がして両手をぎゅっと固く握り締める。
 このフローシィという男に勝手に契約を結ばされた上に、違う自分へと支配されていく恐怖にエレナが慄然としていると、突然鍵が開いたままになっていた店の入り口が乱暴に開け放たされる。

「招かれざる客が来たようだ。ふん……今夜は随分と鼻が良いようだな」
 
 フローシィが小馬鹿にして短く鼻で笑ったのと、来店を知らせるベルが続け様に嫌な金属音を立てたのがほぼ同時だった。
 耳の奥で響く残響に首を縮めていると、「ここにいろ」と端的に告げてフローシィが店内へと戻ってしまう。
 その背中を追いかけてレジカウンターの陰からそっと覗くと、警察官のような黒い制服姿の男たちがフローシィに詰問していた。

「この辺りに脱走した家畜が逃げ込んでいると通報が寄せられた。店を改めさせてもらう」
「それはご苦労なことだな。だが生憎とこの店に家畜はおらん。そもそも閉店中の店に逃げ込めるはずが無かろう」
「庇っている訳ではあるまいな? その時はお前も協力者として『牧場』で教育を受けてもらうぞ」
「こちらの利益にもならないのに庇う必要があるか? 侮辱も大概にしてもらおう。営業妨害も良いところだ」
「何を……っ!?」

 フローシィのように色白で血のように濃い赤い目を怒りでギラギラと光らせる警察官風の男だったが、ふとレジカウンターに目を向けるとそこに隠れていたエレナを見つけて嫌らしい笑みを浮かべる。
 ハンドサインだけで左右に控える部下に合図を出すと、「待てっ!」と制止するフローシィを無視してレジカウンターの陰からエレナを引き摺り出したのだった。

「おや、おかしなことだ。この店は店主の一人暮らしと聞いていたのに小娘が隠れていた」
「いっ、痛いっ!!」

 少女化したことで脆くなった腕を引っ張り上げられて咄嗟にエレナは苦悶の声を漏らすが、男たちはますます面白がるように下卑た声で笑っただけであった。
 腕と髪を引っ張られて警察官のような男の前まで連れて来られると冷笑されたのだった。

「通報があった黒髪の娘とは似ても似つかわない小娘だが、万が一ということもある。お前たちこの小娘を取り押さえろ。取り調べする」

 その言葉と同時にエレナは床に押し倒されると、部下たちによって羽交い締めにされる。凍えるような冷たい手に仰向けにされて吐き気を催す。
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