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第七章 忘れられない不幸

第二十六話

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 教会に家族がやってきて、私はへたり込んで震えることしかできずにいる。

 イラホン様が移動しようか、家に戻ろうかと提案してくださるけれど……家族がなぜ教会に来たのか確認しておきたかった私は、静かに首を横に振って拒否した。

 私に拒否されてはどうすることもできない……イラホン様は静かに寄り添って、心配そうに私の身体を支えてくださる。

 そのおかげもあってか、今すぐ逃げ出したい心をグッと抑え込むことができた。

 十字架の前でへたり込む私のことなど見えていない家族は、神父様から息子であるカーフィンのことを紹介されているようだが、分かりやすく興味なさげな様子だ。

 他人を見下し、無関心なその態度に……あぁ、変わっていないのだなと感じた。

「――それで、本日はどういったご用向で?」

 神父様が家族にそう尋ねると、父がやっと本題に入れると言わんばかりに口を開いた。

「いや、娘が結婚するのでな。結婚式は相手側の領地にある大きな教会で執り行われるのだが、一応は領地内の教会にも挨拶ぐらいはしておこうと思ってな」

 まくし立てるようにそう言う父。

 母と妹はそんな父の言葉を聞いて、後ろでクスクスと笑っている。

 明らかにこの教会を馬鹿にした言い回しと嘲笑……何も変わっていない。

 変わっていない家族の言動に、少しずつ冷静になっていく自分がいた。

「……そうですか。それはおめでとうございます」

 神父様がそう言うと、相手のことなど何も考えていない父は、娘の婚約者がいかに大きな家柄であるのか、この結婚がいかに素晴らしいものであるのかを、まるで自分の手柄と言わんばかりに語り始める。

 そんな話を延々と聞かされる神父様とカーフィンには、心底同情する。

「これでやっと肩の荷がおりるというものだ」

 好き放題に話し終わった父は、そう言って肩に手を添えながら品のない笑い声をあげている。

 黙って聞いていた神父様は不思議そうな顔をして、ごくごく当たり前のことを尋ねた。

「おや、ムシバ家にはご令嬢がお二人おりましたよね。もうお一方もご結婚が決まったのですか?」

 神父様の言うもう一方のご令嬢は、ここでへたり込んでいる。

 茶会・夜会はおろか外に出たことすらほとんどないが、さすがにムシバ家に娘が二人いることは知られているようだ。

 まぁ、私のことを知らなくても……母が妊娠していたことは、領民や親しい人たちには分かることだろう。

 そんな神父様の問に、父も当たり前のように答える。

「何のことやら……我がムシバ家には、娘は一人しかおりませんよ」

 その表情は、幼い頃から見慣れたあの歪んだ笑みだった。

 家族以外の教会にいた全員が、怪訝な表情をしたのを感じる。

 領主一家の話だ……話し相手である神父様とカーフィン以外も、聞き耳を立てているのだろう。

 けれどこの人たちが何を言っているのか、普通だったら理解できないだろう。

 だけど私の表情は、いつもの通りだ……と無表情で固まっていた。

「邪魔だったクズであれば、少し前に処分しましたけれどね」

 母がくすくすと口元を扇で隠しながら、嫌なことを思い出したと言わんばかりに目元を歪ませてそう言った。

「結婚前にゴミ掃除ができて、良かったわ~」

 妹も母に続けるようにそう言って、両親によく似た歪んだ笑みを浮かべている。

 この教会で、今笑っているのは私の家族だけだ。

 ゴミ・クズ・おもちゃ……そんな言葉で私が表現されて、家族はそれを捨ててやったのだと実に楽しそうに笑っている。

 教会への侮辱を聞き流していた神父様も、さすがに動揺しているように見える。

 対して私は、恐怖や心配でぐちゃぐちゃになっていた頭と心が今や完全に冷めていた。

 いつもの聞き慣れた言葉を聞いて、私はスッと静かに立ち上がる。

「……アルサ?」

 突然立ち上がった私を、イラホン様が心配そうに声を掛けてくださる。

 その声に気が付いてか、カーフィンもこちらを見ているようだった。

 でも私の顔はピクリとも動かない。

 声も出ないし、出そうという発想すらない。

 私は家族のストレス発散を、侮蔑と嘲笑を……ただ静かに、無表情のまま聞いていた。

 自分がイラホン様と出会う前の自分に戻っていくのを感じる。

 幸せを感じていた自分も、幸せを望んでいた自分も……どんどん消えていく。

 視界も聴覚も思考も表情筋も……全部止まった。

 そこには家族に見えていないことすらもはや理解できていない私が、ただいつも通りに立っているだけだった。
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