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第3章
あっけない決着
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眼前では兵士たちがぶつかりあって怒号を響かせている。
その頭上を悠々と飛ぶものがいた——キール様だ。
背中には黒い翼を生やして自由に飛び回っている。
赤い槍を伸ばしたり、使い魔がいたり、空を飛んだり。キール様の天啓はまるでびっくり箱みたいだ。
でも空を翔けるあの人の姿は、ただひたすらに美しいと思えた。
「ほらお嬢様、もうやることはやったんですから少し後ろに下がりましょ」
メリンダが手を引くので一歩後ろに下がると、同時に矢が降ってきて地面に刺さった。
下がらなくても当たりはしない距離ではあった。
けれどメリンダの天啓が危険を察知して知らせてくれたのだろう。まあ、こんな戦場にいて危険もなにもないけれど。
ただ前線にいても仕方がないのも確かだったので、私たちは後方へ下がることにした。
「それにしても人はなんで争うんですかねー?」
遠くに上がる土煙を見つめながらメリンダがそう呟いた。
「そうね……結局根底にあるのは欲なんじゃないかしら」
「なるほど、欲ですかー」
「物欲、支配欲、承認欲とかいろいろあるけれど、大抵は争いの元だもの」
「じゃあ今回の戦争の相手……メルクリア聖教国はなにを欲しがっているんですか?」
メリンダが純粋な疑問を投げかけてきた。
それに対して正確な答えを私は持っていない。
「さぁ、私たちの国が欲しいのかもね。けれど仮にも聖教国を名乗っているところがそんなことをするかな、とは思ってる」
「メルクリア聖教を信仰しない人が増えても仕方ないですもんね」
「住民を追い出して信者を入植でもさせるつもりとか」
「うーん、それよりもさっき辺境伯閣下がいっていたじゃないですか。『あれはもう人ではない』って」
「確かにいってたわね。教皇様のことよね? 随分高齢だとは聞くけれど」
「噂では病に伏しているとも聞きましたよ。あ、今思いついたんですけど……」
メリンダが突然声をひそめて、そう前置きをする。
そんなことをしなくても周囲の騒音で聞こえたりはしないけれど、心持ちの問題か。
「教皇さん、生きたくなっちゃったんじゃないですか?」
「生きたくなった?」
「なんとなく分かるんですよねー。もうすぐ死ぬんだって自分で分かっていても、そこに僅かな可能性があるとしたら縋っちゃう、そんな気持ちが」
確かにメリンダも似たようなことがあったから説得力がある。
その時は配血をして助かったわけだけど……。
「あ……」
線がつながったような気がした。
眼の前で行われている無益な行為そのものが、捨て石であったなら。
だとすれば、この戦争自体が陽動ということになる。
「もしかして狙いは……チェリエ?」
「まぁ教皇さんの考えは分からないですけど、話をまとめるとそうなっちゃいますよねー」
メリンダは困った顔をして頬をかいた。
そんな時、戦場で一際大きな声が上がった。それは喜色を含んだ歓声といってもいいものだった。
「なんか動きがあったみたいですねー」
「よく見えないから近づいてみましょ」
「ええー、嫌なんですけどー。でもまあ……平気そうですねー」
どうやらメリンダの天啓が大丈夫といっているらしいので安心して前線へ近づく。
そこでは両軍の激しいぶつかり合いが——起きていなかった。
「ええっと、向こうさんから戦意を感じませんねー」
「そうね、みんな武器を捨てて投降しちゃってるように見えるわ」
「やあ、リア。こっちはもう終わったぞ」
キール様が兵士たちをかき分けて近づいてくると、そう声を掛けてくれた。
その姿には傷ひとつない。それどころか真っ白なマントが汚れてすらいない。
「終わったとはどういう意味ですか?」
「既に聖枢機卿とやらを討ったからね。残った彼らは投降した。つまりここでの戦闘が終わったということだ」
なんということか。まだ開始の合図から半刻も経っていない。
私は驚きすぎて声も出せなかった。
「戦場を飛んで指揮官の元へ降りて、あとは剣を突きつける。それだけの簡単な仕事さ」
「簡単な仕事って……。キール様は本当に強かったんですね」
「人より長く生きているからな。それよりも戦場においてはリアの方がよっぽど役に立った」
「本当ですか? あまりに早すぎて実感がないのですけれど……」
「考えても見ろ、指揮官を下したからといってすぐに戦争は終わらない。その下につくものが新しい指揮官になるからな」
士気は当然下がるだろうけど、確かに副将みたいな人が新しい指揮官となって戦いは続きそうなものだ。
そもそもこの平原を埋め尽くすような規模の戦争は何日も、いや何ヶ月もかかるものだと思っていた。
「彼らはリアの作ってくれた鎧にまったく歯が立たなかったからな、諦めて投降してくれたというわけさ」
「それなら女性陣が夜なべして頑張った甲斐がありましたね」
「いやあ、ローゼリア様まさにそのとおりです」
ズィーレンさんが大きな体を揺らしながら近づいてきた。
その体は汚れてはいるものの、大きな怪我はないように見える。
「ありがたいことに、うちの兵士たちはほぼ全員が生存しております。これもひとえにこの鎧のおかげですな」
ズィーレンさんは鎧を叩くと、豪快に笑った。
こんなに早く終わったのなら、辺境伯軍だけじゃなくて、相手の方も被害は軽微だろう。
私は自分の天啓で皆の力になれたことが誇らしかったし、嬉しかった。
「ただそれにしたって相手からあまりやる気を感じませんでしたな。いつもの小競り合いのほうがよほど激しく当たっているくらいで」
「うむ、上から見ていてもその傾向は感じたぞ。消極的というかあまり本腰を入れていない、そんな空気感があったな」
「あ、それに関してなんですけどっ!」
思わず口を挟んだ。二人から見てもそう感じたならさっきの予想が現実味を帯びてきたから。
私はメリンダと話していた内容をキール様に伝えた。
「なるほど。死の間際で恐怖にかられてチェリエを狙う、か。ありえそうな話だ」
「もしかしたらこの前チェリエが狙われたのも……って、あれはミザリィの家が主犯でしたっけ?」
「いや、シェリングフォードの裏に聖教国がいたのだと考えている」
「え、でも隣の国じゃないですか」
「大方、この国を獲ってシェリングフォードに統治させる、なんていう密約でもあったのだろう。聖教国側がチェリエを狙っているだけだとすれば、それは守られそうにないがな」
キール様は吐き捨てるようにそういい切ると、黒い翼を出現させた。
「ただ、あながち間違った推論でもなさそうだ。私は城へ戻る」
「わ、私も連れて行ってくださいっ!」
「……わかった。ズィーレン、ここは任せていいか?」
「もちろんですとも。このズィーレンにお任せ下さい」
キール様はその言葉に頷くと、私の腰を引き寄せる。
「では、しっかり捕まってくれよ」
「はい。わかりました」
「ちょっとまったー!」
まさに飛び立とうとしたとき、メリンダが大きな声で割って入ってきた。
「私も、私も連れて行ってもらえませんか? お願いしますっ!」
「ううむ……そうしてやりたいが、しかし三人ともなると……」
なんだろう、いつものメリンダとは様子が少し違った。
キール様が難色を示しても構わずに、必死な様子で頭を下げている。
それはもはや懇願といってもいいくらいだった。
「キール様、私からもお願いしますっ! この子がここまでするってことは絶対になにかあるんですっ!」
「はぁ、仕方ない。かなり速度は落ちるだろうが、リアに頼まれたら断れないからな」
キール様は両目を閉じながらそういった。
その頭上を悠々と飛ぶものがいた——キール様だ。
背中には黒い翼を生やして自由に飛び回っている。
赤い槍を伸ばしたり、使い魔がいたり、空を飛んだり。キール様の天啓はまるでびっくり箱みたいだ。
でも空を翔けるあの人の姿は、ただひたすらに美しいと思えた。
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メリンダが手を引くので一歩後ろに下がると、同時に矢が降ってきて地面に刺さった。
下がらなくても当たりはしない距離ではあった。
けれどメリンダの天啓が危険を察知して知らせてくれたのだろう。まあ、こんな戦場にいて危険もなにもないけれど。
ただ前線にいても仕方がないのも確かだったので、私たちは後方へ下がることにした。
「それにしても人はなんで争うんですかねー?」
遠くに上がる土煙を見つめながらメリンダがそう呟いた。
「そうね……結局根底にあるのは欲なんじゃないかしら」
「なるほど、欲ですかー」
「物欲、支配欲、承認欲とかいろいろあるけれど、大抵は争いの元だもの」
「じゃあ今回の戦争の相手……メルクリア聖教国はなにを欲しがっているんですか?」
メリンダが純粋な疑問を投げかけてきた。
それに対して正確な答えを私は持っていない。
「さぁ、私たちの国が欲しいのかもね。けれど仮にも聖教国を名乗っているところがそんなことをするかな、とは思ってる」
「メルクリア聖教を信仰しない人が増えても仕方ないですもんね」
「住民を追い出して信者を入植でもさせるつもりとか」
「うーん、それよりもさっき辺境伯閣下がいっていたじゃないですか。『あれはもう人ではない』って」
「確かにいってたわね。教皇様のことよね? 随分高齢だとは聞くけれど」
「噂では病に伏しているとも聞きましたよ。あ、今思いついたんですけど……」
メリンダが突然声をひそめて、そう前置きをする。
そんなことをしなくても周囲の騒音で聞こえたりはしないけれど、心持ちの問題か。
「教皇さん、生きたくなっちゃったんじゃないですか?」
「生きたくなった?」
「なんとなく分かるんですよねー。もうすぐ死ぬんだって自分で分かっていても、そこに僅かな可能性があるとしたら縋っちゃう、そんな気持ちが」
確かにメリンダも似たようなことがあったから説得力がある。
その時は配血をして助かったわけだけど……。
「あ……」
線がつながったような気がした。
眼の前で行われている無益な行為そのものが、捨て石であったなら。
だとすれば、この戦争自体が陽動ということになる。
「もしかして狙いは……チェリエ?」
「まぁ教皇さんの考えは分からないですけど、話をまとめるとそうなっちゃいますよねー」
メリンダは困った顔をして頬をかいた。
そんな時、戦場で一際大きな声が上がった。それは喜色を含んだ歓声といってもいいものだった。
「なんか動きがあったみたいですねー」
「よく見えないから近づいてみましょ」
「ええー、嫌なんですけどー。でもまあ……平気そうですねー」
どうやらメリンダの天啓が大丈夫といっているらしいので安心して前線へ近づく。
そこでは両軍の激しいぶつかり合いが——起きていなかった。
「ええっと、向こうさんから戦意を感じませんねー」
「そうね、みんな武器を捨てて投降しちゃってるように見えるわ」
「やあ、リア。こっちはもう終わったぞ」
キール様が兵士たちをかき分けて近づいてくると、そう声を掛けてくれた。
その姿には傷ひとつない。それどころか真っ白なマントが汚れてすらいない。
「終わったとはどういう意味ですか?」
「既に聖枢機卿とやらを討ったからね。残った彼らは投降した。つまりここでの戦闘が終わったということだ」
なんということか。まだ開始の合図から半刻も経っていない。
私は驚きすぎて声も出せなかった。
「戦場を飛んで指揮官の元へ降りて、あとは剣を突きつける。それだけの簡単な仕事さ」
「簡単な仕事って……。キール様は本当に強かったんですね」
「人より長く生きているからな。それよりも戦場においてはリアの方がよっぽど役に立った」
「本当ですか? あまりに早すぎて実感がないのですけれど……」
「考えても見ろ、指揮官を下したからといってすぐに戦争は終わらない。その下につくものが新しい指揮官になるからな」
士気は当然下がるだろうけど、確かに副将みたいな人が新しい指揮官となって戦いは続きそうなものだ。
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「いやあ、ローゼリア様まさにそのとおりです」
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その体は汚れてはいるものの、大きな怪我はないように見える。
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ズィーレンさんは鎧を叩くと、豪快に笑った。
こんなに早く終わったのなら、辺境伯軍だけじゃなくて、相手の方も被害は軽微だろう。
私は自分の天啓で皆の力になれたことが誇らしかったし、嬉しかった。
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「うむ、上から見ていてもその傾向は感じたぞ。消極的というかあまり本腰を入れていない、そんな空気感があったな」
「あ、それに関してなんですけどっ!」
思わず口を挟んだ。二人から見てもそう感じたならさっきの予想が現実味を帯びてきたから。
私はメリンダと話していた内容をキール様に伝えた。
「なるほど。死の間際で恐怖にかられてチェリエを狙う、か。ありえそうな話だ」
「もしかしたらこの前チェリエが狙われたのも……って、あれはミザリィの家が主犯でしたっけ?」
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「え、でも隣の国じゃないですか」
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「……わかった。ズィーレン、ここは任せていいか?」
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