所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか

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第3章

侮られた戦場

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 向かい合わせに敷かれた相手の陣から、数名の男が向かってくる。
 戦場と定められた地の中心で、開戦前に指揮官同士の剣を合わせるのが習わしらしい。

 こちらの陣からはキール様が歩み出て、既に中央でどっしりと構えている。
 だだっ広い平原に風が吹き抜けると、白いマントが大きくなびいた。
 その背には赤と、緑と金で彩られたの刺繍が踊っている。

「キール=ヴァンティエルだ」
「ジョロキス=ドロイア聖枢機卿せいすうききょうである」

 キール様と、ジョロキス聖枢機卿は互いに名乗りを上げ、視線をぶつけ合っている。
 深紅の衣はメルクリアの聖枢機卿のみが纏うことを許された色らしい。
 ジョロキス聖枢機卿も例に漏れず、深紅の鎧で恰幅かっぷくの良い体を包んでいる。
 
「なぜこうなったのだ? 今まで通り小競り合いで済ませておけばいいものを」
「我は教皇様の御心に従うまでよ」
「しかし、あれはもう人ではないと聞くぞ」
「……その侮辱は聞かなかったことにしておく」

 広い戦場にあって、二人の声はよく響いた。

「教皇はこの国が欲しいのか? 違うだろう?」
「さあ、知らんな。ところでそちらの兵士たちは随分と貧相に見えるがそんな装備で大丈夫か?」

 ジョロキス聖枢機卿はあざけりを隠さない声色でそう問いかける。
 ただ、そういわれるのも仕方がないところではあった。
 こちらの陣で緊張した面持ちをして構えている者たちを見れば、あまりにも軽装に見えるだろうから。
 彼らは鎧という鎧を着ていないどころか、普段着といっても差し支えない薄布のまま、戦場に立っている。

「どこかの誰かが装備品の横流しをしているようで、準備が間に合わなくてな。おや、そちらは随分と充実しているようだ」
「であろう? どこかの誰かから安く大量に流れてきたのでな」

 脂ぎった顔にニヤニヤとした表情を貼り付けた様は、その体型も相まって悪狸のようだ。
 そんな悪狸は、悪辣さを隠そうともせずに続ける。
 
「ああ、そうそう。装備の差で負けた、などと後で泣き喚かないようにしてくれたまえよ。をするのも戦のうちなのだから」
「良かった、こちらからもそう釘を刺しておくつもりだったのでな」
「減らず口を……」

 悪狸はぺっと唾を吐き捨てて、従者に持たせてあった大剣をひったくるようにして手元へ寄せる。
 それに合わせるように、キール様も自身の得物である長剣を腰から引き抜いた。
 たしか〝エストリエ〟という銘のその深紅の剣は、聖枢機卿の赤い鎧よりもさらに深く、濃い。
 互いの武器が天に掲げられ、交差するように打ち合わされると重い音が響いた。

 開戦の儀式を終えた二人は、互いの陣へと引き返す。
 これからしばらくの後に戦が始まる、そういうことだろう。

「リア、戦場の空気は大丈夫そうか?」
「ええ。全然へっちゃらです。まさかいまさら帰れとは言わないですよね?」
「言うわけがないだろう、この作戦はリアありきなのだから」

 キール様は優しく笑いながら私の頭を撫でてくれた。
 ちょっとだけ不安だった気持ちは、それで全てが消え失せる。

「うーん、でもやっぱりあんまりいい予感がしないんですけどねー」
「じゃあお城で待っていれば良かったじゃない」

 メリンダもなんだかんだ文句をいいながらついて来た。
 青い顔で馬車に揺られ、それでも我慢をして私のそばに控えてくれている。
 大群が陣を敷くこの戦場にあって、私とメリンダは浮いた存在だ。
 シンプルな服を着ている私はまだしも、メリンダはこんな場所でもメイド服を着ているもんだから悪目立ちするに決まっている。

「閣下、ついに始まりそうですな」

 戦場にきてはじめて挨拶を交わした兵士長のズィーレンが近づいてきてそういうと、相手の陣から太鼓の音が響く。
 太鼓に呼応するように相手から鬨の声があがり始めた。
 ふたつの音は私のお腹の奥底に響いて、恐怖とも興奮ともつかない感情が湧き上がってくる。

「相手は予想通り、こちらの装備不足を侮っていた」
「そのようですな。やつらの嘲りがこちらにも伝わっておりましたよ」
「それなら間違いなく出鼻をくじける、ということだ」
「ええ。そこから先はこのズィーレンの武をお見せしましょう」

 ズィーレンは、丸太のような腕をに力を込めてその戦意をあらわにする。
 期待しているぞ、とキール様がその肩を叩くとついにその時がきたらしい。
 うおぉぉぉという怒号が響いて、メルクリアの兵士たちが突っ込んできた。
 装備差を侮って速攻で叩き潰そうとしているに違いない。

「ではリア、頼んだぞ」

 キール様はそう言い残すと、マントを翻して突撃を迎え撃ちに出た。
 その足取りには、迷いも恐れもない。ただ自信に満ち溢れている。
 お互いの兵士たちの距離が近くなり、ついに衝突をするその直前に私は練り上げた魔力を象った。
 
「私たちのってやつを見なさい!」

 兵士たちの着た簡素な布の服のその胸元には小さな、小さな花の刺繍が入っている。
 それは、私の魔力で作った糸を使って刺された刺繍だった。
 私とチェリエ、他にも器用さに自信がある侍女や、街の針子までを集めて用意したもの。
 たくさんの女たちが何日も休まずに刺して、どうにか今日までに完成させたのだ。
 準備をするのも戦のうち、といっていたズィーレンのあの台詞は、まさにその通りで。

戦闘態勢フェイブラストっ!」

 私の叫び声で花の刺繍が光ると、そこから広がるように兵士の体を包み込んだ。
 光が収まると、兵士たちは輝く鎧で全身を包まれていた。
 何度か練習はしていたけど、全軍を対象にするのはこれが初めてで。上手くいってよかった。
 相対する貧相な装備をしていたはずの兵士が、突然光って完全装備になったことでメルクリア軍は恐慌に陥っていた。
 
 そんな戸惑ったままの相手は辺境伯軍の相手にならなかったらしい。
 最初に突撃をしたそのままの勢いで、悠々とメルクリア軍を飲み込んでいった。
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