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ただいま~♪

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「ただいま~♪」

 わざと明るい声で帰宅を知らせると、がさごそと物音が聞こえた。

 きっと、怯えているのだろう。今日はなにをされるだろうか? と、恐怖すればいい。

 ああ、いい気味だ。もっと怖がればいい。もっと怯えればいい。みっともなく震えてろ。

 アイツのいる部屋のドアを開けると、むわりと強い悪臭が鼻を突く。

 まあ、世話をしていないから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

「臭いし汚いな」

 この一言に、屈辱という顔をするアイツ。だけど、コイツはわたしに媚びへつらうことしかできない。

 前に反抗したときには手足を振り回したので、手足を拘束することにした。

 それでも反抗されたので、今度は世話をするのをやめて長時間放置した。

 空腹と脱水で、意識が朦朧として死に掛けていたところを、死なない程度に世話を再開してやった。

 わたしの手を借りないと生きて行けないクセに、反抗的な目をする。けれど、『両手足を切り落とすか?』と聞くと、手足を振り回して反抗することは無くなった。

 切り落とすと、体重が軽くなるから楽になると思うんだけどなぁ? どうせ、もうまともに動かない手足だし。邪魔で、要らないんだよなぁ。

「お前は本当に役立たずだよな? なんにもできないでわたしに養われているクセに、家事すらできないで寝たきり。もうさ、疲れて帰って来て、お前の世話をしないといけないとか、本当に怠い」

 そう言うと、放置されるという恐怖でか、なにかを言いたそうに唸るアイツ。

「は? なに言ってるかわかんないんだけど?」

 鼻で嗤うと、アイツは悔しそうな顔をする。

 ああ、もっと顔を歪ませろ。苦痛を感じろ。

 もっと、もっともっと苦しめばいい!

 そのために、わたしは憎いコイツを自宅で介護すると決めたのだから。

「ふふっ、ねえ? 『怪我が治ったら覚えてろ』とか思ってたりする?」
「むぐぅ~っ!!」

 唸るアイツを嗤って見下す。

「また、わたしを殴るつもりでいる? でもそれ、無理だから。お前は、ず~っとそのままなんだよ」
「っ!?」

 驚いたように見開く目。なんとも間抜けな顔だ。

「お前は、あのとき不倫相手を階段から突き落とそうとした。けど、不倫相手が必死でお前の服を掴んで、一緒に階段から落ちた。なあ、お前がこうなったのは、自業自得だろ」

 人を殺そうと……いや、生まれる前のあの子を殺した人殺し。それを全く悪いとも思っていないで、また同じようなことをした真性の外道。

「う~っ、ううっ!?」

 真っ赤な顔で、どうやら怒っているようだ。

「だから、なに言ってんのかわかんないんだよ。んで、階段から落ちたお前は、頭や背中を強く打って脊椎せきついを損傷。そして、あちこちを骨折。手足はなんとなく動かせるみたいだけど、麻痺が残ってるだろ? 舌も回らない。もうお前は、一生歩けない。一生寝たきりで、普通の生活は送れない」
「んんっ!? むうーっ!!」
「ちなみに、浮気相手の女の方は上手くお前をクッションにしたようで、軽傷で済んだみたいだけど」

 階段から突き落とされた割に、運良く流産もしなかったようだ。けど彼女が、コイツの子供を産むのかは、わたしもわからない。

 彼女の方は、コイツと……そして、「アイツを落としてくれてありがとう」と心底からの笑顔でお礼を言ったわたしのことを、とても怖がっていたから。もう、二度と姿を見せないかもしれない。

 まあ、そんなことどうでもいいけど。

「殺すつもりだった相手に、大怪我を負わされた気分はどう?」
「ぐぅっ、うぐぅっ!?」
「ああ、そうだ、彼女は言ってたよ。『階段から落ちそうになったわたしを、彼が身を呈して庇ってくれたんです』だってさ。まあ? 不倫して妊娠。挙げ句、痴情のもつれで会社の階段から突き落とされて殺され掛けた、だなんて、普通の神経してれば言えないよね? わたしも、それに同意しておいたから。よかったな? 殺人未遂で逮捕されなくて」
「ぐがうぅっ!!」

 怒って、唸る姿にも飽きて来たなぁ。

「だからさ、お前は脊椎損傷で寝たきりのまま。わたしに世話されないと、生きて行けない。わかってんの? ほら? わたし、介護士だし? 仕方ないから、本当は嫌だけど世話してやるよ。まあ? リハビリを頑張れば、奇跡的に身体が動くようになるかもね。だから、ほら? 這いつくばって、みっともなくわたしに懇願してみろよ」
「ぅうぐうっ!? がぁあアぁっーーっ!?」
「あははははははははははははっ!!」

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