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ヴァンパイア編。

21.ごきげんよう、皆様。

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 アルが船へ滞在して二週間程。手首の骨のヒビが全快したので港を出航して、陸地から離れた頃。

 それは、来た。

「 ~♥️」

 最初は小さくて気付かなかった。けど、アルが驚いた顔で慌てて甲板へ駆け出したのが印象的だった。

「っ!? 嘘だろ・・・」
「ちょっ、どうしたのさ? アル」

 アルについて甲板へ向かうと、

「ア~ル~様~~~♥️♥️♥️」

 澄んだソプラノの魅力的な声が、甘やかに海上へと渡り響いたのだった。ハートマークが乱舞してる感じ?

「は? な、なに? アル?」

 思わずアルを見ると、困ったような顔。あ、初めて見るかも。アルのこんな顔は。

「・・・マジか…」
「なんだありゃ?」
「アルちゃんの知り合い、なのは間違いないよね? 思いっ切りアルちゃんのこと呼んでるし」

 声を聴いて出て来たであろうヒューとヤブ医者。

「あ~…まあ、そうですね・・・」

 海上の、こちらへと近付いて来る巨大な船から響く甘やかなソプラノの声。その船上から、大きく手を振る小さな人影が見えた。

「耳、良いヒトは塞いでてください」
「え?」

 聞き返す間も無くアルが大きく息を吸い、

「(リリ、恥ずかしいからやめて!)」

 向こう側へとなにかを言ったらしい。

「(わかりましたわ、アル様♥️♥️♥️)」
「っ!」

 僕にはなにも聴こえなかったが、ジンは両耳を押さえて顔をしかめている。

「? なに? 今の。アル?」
「…超音波ってやつ。高周波だね」
「高周波? なにそれ?」
「超高音の音のこと。可聴音域かちょうおんいきが広いモノにしかき取れない音だね。蝙蝠こうもりとか、イルカやくじらなんかがエコーロケーションやコミュニケーションなどに使う音。犬科のヒトや、動物なんかも耳が良いからね。聴こえるみたいだよ?」

 ちらりとジンへ向けられる翡翠の視線。

「エコーロケーション?」
「超音波や音の跳ね返りに拠って、地形や距離を測ることだよ」
「へぇ…」
「ンで、なにを言ったんだ?」

 ヒューが聞く。

「あ、僕も知りたい」
「…恥ずかしいからやめてって…」

 ぽそりと呟くアルト。

「そういえば、止んだねー。あの声」

 いきなり割り込んだのは、ミクリヤさんの声。

「わっ!? ミクリヤさん、いつの間に…」
「今かなー」

 ミクリヤさんは、気配を殺すのが得意なヒトだ。

「で、あれアル君の知り合い?派手だねー」
「はは…」
「ところでさ、あの船…なんかこっちに突っ込んで来るような気がするんだけど?」
「え?」

 ジンの言う通り、その船はこの船目掛けてやって来る。それも、猛スピードで、だ。

「ちょっ、ちょっとアルっ!?」

※※※※※※※※※※※※※※※

 猛スピードで突っ込んで来た船は、不自然な程静かにこの船へと並走し、ぴたりと隣に並んだ。そして、

「アル様~っ♥️」

 甘やかなソプラノが名前を呼び、この船よりも高い位置から、女の子が甲板へと飛び降りて来た。真っ逆さまに。

「ハアっ!?」
「ちょっ、危ないっ!?」
「バカかっ!?」
「あ、死んだなこれ」

 カイル、ジン、ヒューの慌てる声と、なにげにヒドい雪君の感想を聞きながら甲板を強く蹴り、高く跳ねて落ちて来る彼女をキャッチ。背中に翼膜よくまくを出して強く羽撃はばたく。

「アル様♥️」
「リリ…無茶し過ぎ」

 上手く拾えたことに安堵する。

「アル様に、早くお逢いしたくて…♥️」

 ぽっと頬を染めるリリをお姫様抱っこしながらパタパタと羽撃き、ゆっくりと甲板へと降りる。

「お邪魔致しますわ」

 と、甲板へと降り立つのは、ふわりとウェーブの掛かった赤味の強い髪の毛に、アクアマリンの瞳。赤いフレームの眼鏡を掛け、フリルのドレスをまとった可愛らしい小柄な少女。

「ごきげんよう、皆様。初めまして。わたくし、リリアナイト・ローズマリーと申します」

 ドレスの裾を摘み、にこりと淑女の挨拶。

「どうぞお見知りおきを。お気軽に、ミス・ローズマリーとお呼びくださいな」
「それ、気軽か? リリ」
「当然ですわ。見知らぬ殿方に、馴れ馴れしく名前を呼ばれる筋合いはありませんもの」

 リリは相変わらず、笑顔でバッサリ行くな…しかも、名前を聞く気さえも無い。

「え~と…リリちゃん、でいいのかな?」
「いいえ、是非とも、ミス・ローズマリーで。もしくは、ミス・ロゼマリア。または鬼百合、タイガリス。そうでなければ、単なるミスとでもお呼びくださいな」

 ジンの言葉を即行断るリリ。ロゼマリアは、ローズマリーの別発音だ。ファミリーネームか、あだ名で呼べと言っている。全然気軽じゃない。

「鬼百合?」
雌虎タイガリス?」

 首を傾げるジンとヒューに、にこりと微笑むリリ。

「ええ。わたくしのあだ名ですわ」

 可愛らしい少女の見た目には似つかわしくないあだ名に困惑げな二人。

「あだ名? 似合わなくない?」

 カイルも首を傾げる。

「ふふっ…わたくし、アクアス銀行の専務を致しておりますの。リリアナイトという名前から、鬼百合タイガーリリー。それが転じて、タイガリスと呼ばれるようになりました。専務でも宜しくてよ?」

 実はリリは、アダマス傘下の銀行の重役。この年若く可愛らしい少女の見た目に反し、鬼のように仕事をこなすことから名付けられた異名だ。

「では、本題に入らせて頂きますわね? アル様」
「ん?」
「わたくしの船にお乗りくださいませ」
「? …リリ?」
「スティング様からお聞き致しましたわ。結婚を迫られて、逃亡中なのだと。ならば、アル様へリリの船を提供致します。こんな狭い船で、アル様が身も知らぬ殿方達と無理に過ごすことはありません」
「リリ」
「結婚が条件ならば、どうぞリリをアル様のお嫁さんにしてくださいませっ♥️」

 ぽっと頬を染めるリリ。まあ、可愛いけどね…

「や、あのな、リリ?」
「え~と、鬼百合ちゃん?」

 困惑したように切り出すジン。

「なんでしょうか? 銀髪の方」
「アルちゃんは、女の子だよ?」
「ええ。存知ぞんじていましてよ? それがどうか致しまして?銀髪の方」
「え? あ…いや・・・アルちゃん?」
「ああ、ヴァンパイアの方は、女性を好む女性も多いので、特に問題ありませんわ。アル様も、女性の血を好まれますもの。リリの血で宜しければ、幾らでもお飲みください…♥️」
「あのな、リリ。そうじゃない」
「ハッ! もしかして、お子様でしょうか? 確かに、女性同士では難しいかと思われますが・・・」

 頬を染めたリリの、爆弾発言。

「アル様がお子を望むのであれば、リリはアル様のお父様へ授けて戴くことも覚悟致しております!」
「マジか・・・ぶっ飛んだ覚悟の仕方だな」

 雪君が言う。確かに。冗談じゃない。

「・・・リリ、それはやめろ。リリが望まないことはするな。オレは、自分を大切にできない子は好きじゃない。本気で怒るぞ」
「はい。アル様がそれを望まないのであれば、そのようなことは致しませんっ! リリは、リリはっ・・・単一生殖ができるよう努力致しますっ!」
「や…それって、努力でどうにかできる問題じゃないと思うんだけど・・・」

 ぽつりと呟くジン。

 さすがはあの兄さんの天敵ライバル。リリは強い。
 そして、このままじゃらちが明かない。

「リリ」

 小さく呼んで抱き締める。そして、

「アル様…」

 聞かれると厄介なので、リリの耳元へ囁《ささや》く。

「(あのな、リリ・・・)」

 基本的にはみんな耳が良さそうなので、高周波でのひそひそ。ジンには音としては聴こえていても、きっと意味は理解できないであろう会話で、リリへ事情の説明。アダマス関連の施設の使用は慎むようにとの命令を。
 リリの船は、アダマスでも重要な銀行施設だ。一時的な利用は可能でも、滞在することはできない。
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