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後編
しおりを挟む「……それが、アンタの言う新しい運命とやらなワケ?」
「おう」
「そう……わたしは、一応、アンタが頑張ってたことを知ってる。本当は、お調子者で少し馬鹿で、あんまり勉強が好きじゃなかったことも。そういうのを隠すために、お堅い振りをしていたことを知ってる」
兄貴は俺と違って物静かだったから。それを真似てた。
「ま、無駄になったけどな?」
「アンタは、それでいいの?」
「いいんじゃね? だってさ、貴族ってめんどくせぇじゃん。それに俺、香水苦手ー。あれ臭い。男も女も香水好きな連中はやたら臭いしー。社交場なんて、更に酒と煙草の臭いも加わるんだぜ? 息できなくて堪ったもんじゃねぇっての。あ、ちなみに、酒と煙草も禁止になったわ」
医者曰く、社交場に漂う煙草の煙に肺がやられたんじゃないか、とのこと。酒も煙草も、人体には有毒なのは昔から言われている。特に、身体が弱い奴が摂取すると寿命が縮むから少しでも長生きしたけりゃ、絶対やめとけと言われた。
「あー、そりゃもう、貴族的なお付き合い全面的にできないわねー」
「そういうこと」
「……強がってたり、しない?」
「ん~? どうだろなー? わかんね。つか、君に言うのもあれだけどさ。俺、自分が君と結婚するとか、そういう未来? が、来るとは思えなかったっつーか……兄貴が死んでるからなー? 俺も、あんまり長生きしないだろうな、って。前から薄々思ってたし」
「本当に、わたしに言うことじゃないわね……」
「うん、なんか、ごめん。まあ、そういうワケだから、俺と婚約解消してください」
ごめんと頭を下げると、なぜかギロリと睨まれた。
「・・・実は、ね。アンタに言ってないことがあるの」
「うん? なんだ?」
「・・・わたし、この地域でお嫁さんにしたくない貴族令嬢ワースト一位なの」
低い声で落とされた言葉。
「は? え? なにそれ?」
「うちの兄様、こないだ。王太子殿下の近衛騎士に抜擢されたじゃない?」
「おお、一番上の兄貴なー。昔、ちょっとだけ剣習ったことあるわ。全く付いてけなくて、すぐ呆れられたけど」
俺は、彼女の二番目の兄貴と同学年で悪友だ。
「そう。その剣馬鹿脳筋クソ兄様が昔、妹に負けたことがあるとか抜かしやがって! 自分より強い令嬢は勘弁してください、と。婚約の打診が何度か断られたことがあるの」
「マジかー」
「それに……なんというか、わたしも若気の至りで……近所のいじめっ子野郎共を、弟達を躾ける勢いで片っ端からぶん殴っていたから。乱暴者だと思われていて……」
「あー、君。お嬢さん達にはめっちゃ人気あるよなー」
「チキン野郎共には遠巻きにされてるし、昔とっちめた野郎共には悪評を流されてるから。多分、あなたとの婚約が流れたら、わたし。他国とか、最悪。年の離れた相手に嫁ぐことになると思う。そうじゃなかったら、特殊性癖持ちから婚約の打診が来る……」
どんよりとした顔で婚約者が言い募る。
「や、別に君。無理に結婚しなくてもいいんじゃね? 兄弟多いし」
上に兄二人で下に弟二人の五人兄妹弟。
「まあね。でも、ほら? 煩くてお節介焼きの親族ってどこにでもいるじゃない? そういうのに断り難い縁談を持って来られても困る……」
「あ~……王太子殿下の近衛、の妹だもんなぁ。良からぬ輩とか、見知らぬ友人やら、めっちゃ遠い、自称親戚とかが増えてる感じ?」
「そ。で、うちの兄弟に片っ端から縁談が持ち込まれてる」
「うっわ、なんかタイミング悪いなー」
「ええ。そういうワケで、もう少しわたくしとの婚約を続けてくれないかしら?」
「え~……」
「婚約が必要無いとこちらで判断すれば、わたくしの方から時期を見てあなたへ婚約解消の打診を致します」
じっと俺を見詰める瞳に、妥協した。
「……わかったよ。ま、こっちの都合で婚約解消をしようと言ったんだ。君の都合がいいときでいいよ。あ、でも、君がいいなって思う男ができたら教えてね? 微力ながら、俺も手伝うからさ」
「田舎に引っ込むのに?」
「ま、これでも一応次期当主予定だったからね。それなりの人脈は築いていたんだよ」
「そう。それじゃあ、もしものときはお願いするかもね」
「うん、任せて。これでも、君より三つは上なんだ」
「期待しないで待ってる。ということで、婚約は継続。これからも宜しくね?」
「おう。学生は恋愛に励めー? んで、いい人見付けて来い」
「はいはい、わたしを怖がらなくてアンタよりいい男がいたらねー」
「はっはっは、そんなんたくさんいるに決まってんだろ? 君は、気が強くて少々お転婆だけど、よく見るとなかなか可愛いしさ」
「うん? なんか言った?」
「いいえ、なんでもありません! それじゃあわたくし、失礼致しますわ。そうそう、長期休暇には暇人のお相手をして差し上げますので、充分にもてなしてくださいな?」
「はっはっは、楽しみに待ってるわ」
ツンと澄ました顔をして、友人の妹兼婚約者殿は帰って行った。
別に、もう俺に付き合ってくれることないのになぁ……
万が一、彼女と結婚したら――――兄妹のように過ごせるかな? なんて、まだ先のことなんてわからねぇか。
そうはならないように……彼女に好きな人ができて、その相手と幸せになれるように。そう祈り続けておくとするか。
俺のことなんか、早く忘れちまえ。
――おしまい――
❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅
読んでくださり、ありがとうございました。
病弱令嬢の話はよくあるけど、病弱令息の話はあんまりないよなぁ……と。
まあ、なんかコメディーっぽく始まったのにビターエンドです。
おまけ。
悪友「おう、こら親友。うちの可愛い淑女な妹のどこに不満があんだ? 言ってみろこの馬鹿野郎がよ? 妹泣かしたら殺すぞ」(#゜Д゜)ノ
主人公「あん? 別に不満なんてねぇよ。なにしに来た、シスコン野郎。つか、淑女は婚約解消打診されたからってアイアンクローかまさねぇだろ」┐( ̄ヘ ̄)┌
悪友「ふっ、お前は全然わかってねぇな。そういうお転婆なとこも可愛いだろ?」(*ゝ∀・*)-☆
主人公「お前もう帰れ?」( ◜◡◝ )
悪友「なんだよ、せっかく見舞いに来てやったのによー。フンっ、俺はもう帰るけど、引き留めたって振り返ってやらないんだから!」ヾ(*`⌒´*)ノ
主人公「誰が引き留めるか。とっとと帰れ」( ゜∀゜)ノシ
悪友「妹が淑女科から薬学科へ転科したことなんか、絶対教えてやらないんだから!」(*`▽´*)
主人公「え? は? なにそれ? ちょっ、もっと詳しく!」Σ(*゜Д゜*)
悪友「俺、もう帰るんだから! じゃあな、お大事にしろよ!」(*`艸´)
ビターエンドのままにしようかと思ったら、なんか婚約者ちゃんの兄が主張しやがったので、おまけを入れました。(*ノω・*)テヘ
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。
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