誰が為の異端審問か。

月白ヤトヒコ

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さあ、告悔を。※閲覧注意!読み飛ばしても大丈夫です。

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 ※拷問、虐待、BL注意。
 ※苦手な方はこの話を飛ばしてください。読まなくても、話が繋がるようにしています。

__________

 目を覚ますと、暗い場所にいた。
 頭がぼんやりとして、身体が動かない。

「ぅっ・・・」

 顔を動かすと、鈍く頭が痛んだ。
 わたしは、座っていた。

 手を上げようとしたら、ギシギシと皮が軋む音がして、手が上に上がらない。足も同様。
 ベルトで拘束されているようだ。

「起きたようだな?では、始めるとしよう」

 サイズの合わない黒のワンピースを着た少女が、わたしの正面に立っていた。
 秋も中頃という季節に、白い両肩を剥き出しにし、裸足の爪先まで見えているという寒々しい格好。

 誰だ?この少女は?
 見覚えがあるような・・・?

 考えようとするが、頭が働かない。

 ふわふわと霞が掛かるようで・・・

 淡い金色の長い髪、アクアマリンの瞳。
 なぜか、この美しい少女から目が離せない。

「異端とは、なにをして差すか?正しくないモノ。間違っていること。そして、邪道」

 寒々しい黒衣の美少女・・・が、滔々とうとうと語り出した。

 ぼんやりとした頭に、内容はあまり入って来ないが、耳が、彼女の声を追わずにいられない。

 ゾクゾクするような、頭がとろけそうな程に甘美な響きの、ソプラノ・・・・の声。

「知っているか?教会は、悪魔の存在は認めていても、悪魔の実在は認めていない。人間ひと以外の存在、具体的に言えば、悪魔などを見たと主張する者もまた、異端者としている」

 ふっくらと艶めく赤い唇が、弧を描く。

「その、実在しないとされるモノを裁く権限を教会より与えられし異端審問官もまた、異端者だ」

 無知を、嘲嗤あざわらうかのように。

「それにしても、とことんクズだな?飲む、打つ、買うでこさえた借金。最初の被害者、高利貸しの男は、殺して借金がチャラになるとでも?」

 美しい声が、殊更ことさら馬鹿にする。

「二人目。押収した阿片の横流しが、この浮浪者にバレ、脅されていた?警察にあるまじき行為だ」

 もっと、彼女の美しい声を聞いていたい。

「三人目。よくわからんな。なんだ?老婆に死ねと言われて、気でも悪くしたか?四人目。まあ、高級娼婦は金の無い奴の相手はすまい。五人目。目撃者を消そうとした?六人目。以前、道で花売りを買おうとして、あの少年に美人局つつもたせに遭った、と?」

 クスクスとわらう美しい声の美少女。

「実に愚かしく、実に身勝手極まりない。そして、自身はなるべく手を下さず、阿片中毒者を使った犯行。されど、か弱き子供なら自分で殺せる、と。まさしく、人間のクズというべき所業だな?欲得まみれの、醜く、感情的で、理性を感じられない程に馬鹿馬鹿しい、理由にもならぬ下らない浅ましさは、まさしく人間らしい。なかなかたのしませてもらったよ」

 高みから、人間という存在を蔑むような、憐れむようなアクアマリンの視線が、

「途中までは、な」

 一気に温度を下げて冷たく凍り付いた。

が、遠き姉妹を巻き込むまでは」

 冷えた瞳と美しい声の温度に、ゾクリと全身が粟立った。心なしか、気温まで下がった気がする。

「・・・我が種族には、掟があってな?恩には加護を。そして、仇には報いを。というワケで、我が遠き姉妹を傷付けしお前に、礼をせねば」

 透き通ったアクアマリンの瞳が、魔性を帯びてギラギラと碧く輝く。

 それは、蠱惑こわく的で抗い難く、目を逸らすことが許されない程に美しい・・・魔性。

「ククっ…異端審問官を騙っていたんだ。魔女の嫌疑が掛けられし人間ひとがどうなるか、わからぬワケではあるまいな?男も女も関係無い。疑われた時点で、既に問答無用。悪魔に通じた魔女なれば、人間に在らざる者とする。さあ、告悔こっかいを」

 それは、魔女だと告白するまで終わらぬ拷問。

「まあ、魔女でないという免罪符を、教会関係者から高額で譲り受ければ別だが・・・如何せん、私は貨幣価値など知らんし、借金浸けのお前に用意できるとも思わん。では、悔い改めろ?私は神など信じていないが、優秀な異端審問官なんだ」

 美しい魔性が持つのは、長い針。
 それを、白く細い手が握りわたしの・・・

「ぎゃーーーーっ!!!」

 激痛と共に、酷く耳障りな声がした。

 痛い!痛い!痛い!が、そんなこと・・・・よりも、この美しい声をもっと聞いていたい。

「どうした?爪の間に針を刺しただけだ。今からそんな絶叫を上げていては、とてもたん」

 赤い唇が愉しげに弧を描く。

「なにせ、全身を針で刺して確かめなくてはいけないからな?その後は、指を万力で締め上げ、ゆっくりと指先から手を、足を潰して壊して行こう。大丈夫だ。拷問のノウハウは、人間の方が詳しいだろう?死なないように、れど苦痛は地獄のように与えることを目的とし、人間が開発した道具だ」

 魔女が嗤う。

「大丈夫。人間の身体を壊すのは容易いが、壊し尽くすにはそれなりに時間が掛かる」

 凄艶に・・・

「じっくり、丁寧に壊して行こう。その間に死ねば、お前は人間だと証明されるさ?」

 ああ、もっと、この甘美な声を・・・

「ぐっ、がぁァァーーーっ!?!?」

 聞いていたいというのに、この美しい声を遮る酷い声が、とても五月蝿うるさいんだ・・・

「全くもって、人間ひととは恐ろしい」

 クスクスと、美しい…声、が・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 まあ、彼らを人間ひとだと判っているからこそ、この告悔拷問の全ては茶番に過ぎぬ…のだがな?

 馬鹿馬鹿しくも滑稽な・・・遊びに過ぎない。

 恩には加護を。仇には報いを。

※※※※※※※※※※※※※※※

 男の絶叫が響いて五月蝿うるさい。耳が痛い。

 けれど、そのお陰であのを聴かずに済む。

 彼女の本気の声は、まさしく魔性。

 男をたぶらかし、破滅へいざなう恐ろしき声。

 やがてここまで、血の匂いが漂って来た。

 全く、シンは相変わらず悪趣味だ。

 殺すなら、一息にさっさと殺せばいいのに。

 まあ、あのヒトは・・・元々、解剖マニアで頭が大分イっている系のヤバいヒトなのだが。

 口元と服を血で汚した少年を見やり、シンに血を洗い落とされて綺麗になった少女を見下ろす。

 露骨な扱いの差だ。

 シンの関心の差と言ってもいい。

 少年は倉庫の隅に転がっており、冷たくなった少女は・・・抱き抱えられている。神父服の男に。

「あ~あ・・・シン様ったら張り切っちゃって。ホント怖いよねー?解剖してるときの狂喜の表情」

 シンの解剖癖については、酷いトラウマがあるのであまり話題に振ってほしくないのだが・・・
 淫魔の末裔まつえいのコイツ、ライは俺を嫌っているので、言うだけ無駄だろう。

「でも、凄く綺麗なんだよねー」

 コイツはシンに傾倒している。
 昔、シンに救われたから。

 く言う俺も、だが・・・

「それにしても、シン様が動くとは思わなかったなぁ。ボク、この子欲しかったのにさ」

 ライが、腕の中の冷たくなった少女を見下ろす。

「・・・なぜ、欲しいと?」
「だって、この子シン様に少し似てるし?ボクを見やる冷ややかな視線とか?魅了効かない相手って、なかなか貴重なんだよ。ボクの魅了、不便だからさ。オンオフできないで垂れ流しだし?」

 ライは、淫魔の末裔。
 なんでも、本人の性別は男なのに、性質は女淫魔サキュバスだというかなり珍しい体質。
 男女を問わず魅了し、特に男を惹き付ける体質。ライと長時間…個人差はあるが、数分から数時間程接触すると、魅了耐性を持たないモノは彼へ惹き付けられてしまう。接触の程度に拠っては、発情するという。

 俺は、シンといるので耐性が付いている。断じて、コイツに発情などしない!

 ライは元々、淫魔の血が混じっていることを知らないで暮らすただの人間で・・・教会で育ち、修道士を目指していたそうだが、少年だった頃に教会のお偉いさん達に犯されたのだという。
 それが原因で、ライは成長が酷く緩やかになってしまった。人間の寿命を逸脱する程に。

 五十年程前に、シンが拾った。

 シン曰く、「ラファエルは男と交わることがなければ、通常の人間として暮らせて行けた筈だろうよ」とのこと。
 ちなみに、ラファエルはライの本名だ。しかし、天使の名前で呼ばれることを、本人が嫌っている。シン以外には呼ばせない名前。普段は、ライ嘘吐きを名乗っている。

 あのヒトは・・・実験好きだからな。

 俺も、百年程前に拾われた。

 俺は元々・・・人間の味を覚えさせられた人狼。

 どこぞの閉鎖的な田舎の、古臭いアンデッドの吸血鬼が住む城で、幼い頃から飼われていた。両親は知らない。もう、知るすべも無い。

 人外を狩る人外のヒト達が、その吸血鬼を滅ぼして、俺は一時的に保護された。

 けれど、人間の味を覚えた人狼は、大概は処分されてしまう定めにある。
 血に狂った獣など、面倒な存在だからな。

 それを、偶々あの吸血鬼が人魚の一部を所持していたことで、俺の運命は変わった。

 幼い俺を殺すことを躊躇ためらったヒト達を見て、「実験をしよう」とシンが笑って言ったのだ。

 それはそれは、非道な実験だった。

 餓えさせた俺へ、シンが腕を差し出し、それを噛む度に俺はシンに刻まれる。そして、あのが言い聞かせ続けた。「お前は人間を喰らうことができなくなる。お前は、人間を喰えない。お前の身体は、人肉を受け付けない。胃が受け付けなくなる。口へ入れると、吐き出してしまう」と、身体を刻まれる激痛と共に、文字通り身に染み込まれた。

 結果、シンの実験は成功。
 俺は、人間を喰えなくなった。

 シンが人魚で、俺が人狼。共に回復力が強い種族だから成功した実験だ。
 どちらかの回復力が弱かったり、または俺がシンの血肉に適合しなければ、失敗していたであろう非道な実験。

 そして俺は、シンに『盾』を意味するシルトと名付けられた。それから俺は、シンに付き従っている。文字通り、彼女が俺を盾と扱うように。

 シンは、実験の為には本気で非道なことをする。自身の身が傷付くことさえ、全くいとわない。

 あのヒトは頭がおかしい狂人のたぐいだ。

 きっとシンは、俺が死んでも構わなかった。

 けれど、あの狂った感性に救われたモノもいる。

 俺や、ライのように・・・

「この子、シン様が回収するんでしょ?」
「だろうな」
「頭良くて、ボクの魅了効かなくて、シン様に似て、けれど常識あって、可愛い子だったのになぁ。ボクの相棒に欲しかったのに。残念だよ」
「・・・俺に言うな」

 彼女の…コルドの選択を尊重した結果・・・

 冷たくなったコルドは、人魚の一部として、シンが回収することを決めた。

「あ~あ、あのヴァンパイアのクウォーターのことやなにやらで、ボクは事後処理に駆けずり回るんだ。面倒だよ面倒。ボク、あのガキ嫌いなのに」
「…なぜ?」
「だって、この子をいっぱい傷付けた。アンタだって、思ってるだろう?ボクより、この子の側にいた時間が長いんだからさ?駄犬のファング」
「誰が駄犬か。この淫魔が」
「淫魔言うな、駄犬」
「お前が先に言ったんだろうが」
「ウルサいな。人間側への辻褄合わせはどうせ全部ボクの仕事なんだから、罵倒くらい黙って受けろ」

 人間との調整役は、当然ながら元々人間だったモノの方が上手い。俺やシンの出る幕ではない。

「・・・」
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